終末のサイエンティスト

かつて発生した大災厄で人類の大多数が死滅した地球。人々は、各地に造られたのテラポリスとその周辺で生活している。テラポリスの一つ、シンシャの天才科学者・藍洞光俊はシンシャ政府の支援の元、何を行うのか。
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1. 訪問者

夢乃 @iamdreamers

「所長は居るか」 所長室前の控え室にノックも無しに入って来た男は、端末を操作していた水季麗子に言った。 「はい、お約束のありました神河様ですね」 男が首から下げている、来場者用のネームプレートから読み取った情報を端末で横目に確認して、麗子は和かに応じた。 #twnovels

2018-01-14 21:49:22
夢乃 @iamdreamers

「少々お待ちください」 麗子は耳に付けたイヤホンマイクに指を当てた。その間、男、神河繁樹は、右足のつま先を小刻みに動かしながら待っていた。 「所長、よろしいですか? 政府から神河様がお見えになっておりますが。・・・はい、そうです。・・・はい、かしこまりました」 #twnovels

2018-01-14 21:49:44
夢乃 @iamdreamers

指を離すと、麗子は繁樹に向き直った。 「少々、お待ちください。ただ今、取り込み中とのことですので」 「取り込み中ったってねえ、こっちはアポを取っていたでしょ?」 繁樹は苛々と言った。 #twnovels

2018-01-14 21:50:05
夢乃 @iamdreamers

「大体、このご時世にふんだんな予算をそっちの言う通りに出してるんだから、待たせないくらいのことはできないわけ?」 しかし、約束の時間まではまだ十分以上もある。待つのはあんたが時間にルーズなせいだろう、などと言う思いはおくびにも出さず、麗子は笑顔を崩さずに応じた。 #twnovels

2018-01-14 21:50:35
夢乃 @iamdreamers

「申し訳もございません。次回からは時間に余裕を持って対応できるよう、心掛けておきます」 丁寧に頭を下げる麗子に対して繁樹が次の言葉を発する前に、麗子のイヤホンマイクに声が聞こえた。 「いいよ。入って貰って」 麗子は椅子から立ち上がった。 #twnovels

2018-01-14 21:50:56
夢乃 @iamdreamers

「所長の準備が整ったようです。どうぞ」 机を回って繁樹の前を通り、開閉パネルに手を当てて所長室への扉を開く。機嫌悪そうに部屋に入る繁樹を頭を深く下げて見届けた麗子は、扉を閉めてほうっ、と一つ溜息を吐くと、自分の机に戻った。 #twnovels

2018-01-14 21:51:15
夢乃 @iamdreamers

そのまま端末に向かい、しかし、意識の半分はイヤホンマイクから聞こえる所長室の中の様子に向いている。尤も、大した話は聞けないだろう。技術には疎そうだったし。それでもここ、テラポリス・シンシャの情報が判るかもしれない。何かしら。 #twnovels

2018-01-14 21:51:38

夢乃 @iamdreamers

「今日は何? 視察の予定はないよね」 部屋にいた男が言った。この男が天才科学者、藍洞光俊か。繁樹は初めて見るその男を、しげしげと観察した。飄々とした印象。背はそれほど高くない、痩せた体格。尤も、今、太った人間など数えるほどしかいないだろうが。 #twnovels

2018-01-14 21:52:15
夢乃 @iamdreamers

ぼさぼさの頭だが、清潔にはしているらしい。頭を掻きむしってフケを散らすようなことはしていない。白い肌も綺麗だ。少々紅潮しているように見える。身体でも動かしていたのだろうか? 部屋にそんな器具は見当たらないが。 「立ってないで座りなよ。何か飲む?」 #twnovels

2018-01-14 21:52:35
夢乃 @iamdreamers

光俊は、子供のように無邪気な瞳を繁樹に向けて、手でソファを指し示した。 「失礼します。飲み物は結構です」 「そう?」 繁樹がソファに座った。光俊はといえば、向かいのソファの肘掛けに腰掛け、片脚を揺らしている。なんだ、この男は。まるで子供じゃないか。 #twnovels

2018-01-14 21:52:53
夢乃 @iamdreamers

しかし繁樹は、秘書に対した時の勢いを失っていた。確かに、この男には何か他人を従わせる雰囲気を感じる。威圧というわけではない。もっと別の、何か。 「それで、今日は何?」 光俊は最初の質問を繰り返した。繁樹は居住まいを正した。最初から怖気付いてどうする。 #twnovels

2018-01-14 21:53:13
夢乃 @iamdreamers

「本日は、担当がわたくしに変わりましたのでそのご挨拶と、それに、政府の要望をお伝えに参りました」 「ふーん。錫峰さんはどうしたの?」 光俊は、以前この研究所の担当者の名前を出した。 「錫峰は、拡張した農場に回りました」 「そう。それで君が。名前は?」 #twnovels

2018-01-14 21:53:39
夢乃 @iamdreamers

「神河繁樹と申します」 何故か、この初対面の男を前にすると、敬語になってしまう。年齢もさして変わらないし、威厳もあるようには見えないのに。 「神河さんね。これからよろしく。で、政府の要望って?」 光俊はソファの肘掛けに座ったまま聞いた。 #twnovels

2018-01-14 21:54:08
夢乃 @iamdreamers

きちんと座る気はないらしい。 「はい。今こちらの研究所で開発している例のモノをですね、あと二年以内に完成させて戴きたいと」 「それは無理」光俊は即答した。 「無理を承知で、なんとかなりませんか」 「あのねぇ、神河さん、この研究の資料、読んだ?」 #twnovels

2018-01-14 21:54:36
夢乃 @iamdreamers

「はい、一通り」 「だったら知ってるでしょ。ボクがこの研究にどれだけかかるか出した見積り」 「はい」 十二年前、当時まだ十八歳だった天才少年が政府に持ち込んだこの計画に、政府は食い付いた。 #twnovels

2018-01-14 21:55:02
夢乃 @iamdreamers

百年以上前に発生した大災厄の影響もようやく落ち着き、各地のテラポリスに集まった人々が、農場を周囲へと拡張し始めた頃だった。まだ被害が完全に終息したとは言えず、不安を抱えたままの拡張ではあったが。しかし、一般市民とは別に、政府は別の不安も抱えていた。 #twnovels

2018-01-14 21:55:26
夢乃 @iamdreamers

大災厄によって降り注ぐムーンダストを排除するため、どのテラポリスもそれを迎撃するための兵器開発に躍起になった。そのおかげで、テラポリス近隣であればムーンダストの心配はほぼなくなったが、ムーンダスト自体の数が減った今では、政府は疑心暗鬼に陥っていた。 #twnovels

2018-01-14 21:55:48
夢乃 @iamdreamers

空に向いていた兵器が、自分たちのテラポリスに向けられるのではないか、と。そんな状況だったからこそ、政府は持ち込まれた機動兵器開発計画などという、子供の夢の産物に飛び付いたのだと言える。尤も、持ち込んだのがただの子供だったなら、一笑に付されただろう。 #twnovels

2018-01-14 21:56:07
夢乃 @iamdreamers

これを言い出したのが、十二歳で博士号を取得し、テラポリス・シンシャの発展に多大な貢献をしてきた天才少年・藍洞光俊であればこそ、政府もこの計画にゴーサインを出すことに決めたのだ。 「だったらさ」 光俊は着ている白衣のポケットから取り出した二個の金属球を弄びながら言った。 #twnovels

2018-01-14 21:56:25
夢乃 @iamdreamers

「ボクがこれに何年かかるって言ったか、知ってるでしょ? 知らないの?」 「・・・二十年、と聞いています」 「知ってんじゃないの。それにさ、後から追加した機能も入れると、五年は余計にかかるよ。政府も了解したことだから、これも知ってるよね?」 #twnovels

2018-01-14 21:56:48
夢乃 @iamdreamers

光俊は畳み掛けるように言った。 「存じておりますが、周りの情勢がそれを許さなくなってきているのです」 繁樹は初めて対面するこの男への態度をまだ決めかねていた。この所長がいなければプロジェクトは進まない。かと言って、あまり下手に出て要求を突っぱねられても困る。 #twnovels

2018-01-14 21:57:06
夢乃 @iamdreamers

しかし、この男の目を見ると、どうにも強く出る気になれない。萎縮する、というのとは違うが、自分よりも上の存在である、というオーラを放っているかのようだ。やりにくいな、と内心で考えながら、繁樹は続けた。 #twnovels

2018-01-14 21:57:26
夢乃 @iamdreamers

「ここのところ、隣接するテラポリス、テンホウの動きが活発になっています。政府の見解では、ここ、シンシャへの武力侵攻を画策しているのではないか、と」 「そうさせないように交渉するのが政府の役目でしょ」 光俊は面倒臭そうに言った。 #twnovels

2018-01-14 21:57:50
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