日向倶楽部世界旅行編第30話「もう一つの旅立ち」

兄を殺した、私の仇だ、現れた戦艦娘は那珂を指して叫んだ。それが嘘でも真でも、一つの疑念が野分を貫く…
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三隈グループ @Mikuma_company

【前回の日向倶楽部】 扶桑です、この前一人で映画を見ました、宇宙がテーマで、色々な星が出てくる映画です。 とても面白かったですね、特に印象に残っているのが、登場人物たちが使っていた光る刀、らいとしぇーばー?という名前で、ブォンブォン鳴ってとてもかっこよかったですね、私もあれが欲

2018-01-16 21:30:41
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【前回の日向倶楽部その2】 「私の兄を殺した!お前なんだろッ!」 怒る戦艦娘「長門」の耳を疑うような言葉は、加古も野分も信じなかった。 だが那珂は、その中傷とも言える言葉の数々をただ黙って聞いていた。 やがて彼女は長門を演習場へ招く、それは無言の肯定に他ならなかった。

2018-01-16 21:31:26
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日向倶楽部 〜世界旅行編〜 第30話「もう一つの旅立ち」

2018-01-16 21:31:51
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〜〜 「兄…さん…」 戦艦娘長門はうわ言のように呟きながら目を覚ました、視界には初めて見る天井が広がっており、自身の身体は清潔な布団にくるまっていた。 「気が付いたかね」 戸惑っていると、歳のいった男が様子を見に現れた、着ている白衣から医者である事はすぐに分かる。

2018-01-16 21:32:21
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「…ここはどこだ?」 長門が訊ねると、男は笑って言った 「安心したまえ、トラック泊地の医務室だよ、そして私は医者だ。」 トラック泊地、それを聞いて彼女は自身の顔を触る、これは夢ではないらしい。 「フフ、助かったのが信じられない、といったところかね。」

2018-01-16 21:33:31
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医師が手頃な椅子に腰掛けて言うと、長門は訊ねる 「…私を助けたのか?」 彼女は那珂を殺すためにここへ来た、そして海上で負けた、普通ならそのまま死んでいてもおかしくないはずだが、こうして生きている。 長門にとってその事実は、安堵より疑問が先に来るものだった。

2018-01-16 21:34:22
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そんな彼女の疑問を医師は笑う 「私は医者だよ、そういう生き物だ」 飲むかい?と言って彼は温かい緑茶を差し出す、長門は受け取り、暖まった。 「怪我自体は軽い打撲だけだ、目が覚めたのなら何の問題もない。ああ、治療費はいらんよ、給料はたんまり貰っているからね。」

2018-01-16 21:35:28
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医師は穏やかに笑い、自身も茶を飲み干す。いやに良い待遇に戸惑う長門に、彼はそのまま続けた 「別に今日…もとい今退院でも構わんが、もう夕方も過ぎて夜だ、今夜はこの医務室に泊まって行くと良い。」 彼の言葉で長門が外を見ると、そこには電灯の明かりがポツポツと点いていた。

2018-01-16 21:36:23
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彼の言うようにここに泊まるのが良いかもしれない、だが彼女は訝しんで言った 「…私をどうするつもりだ?」 「えぇ?」 「奴が私を助けたんだ、何か思惑があるんだろう!?恩か?許しか!?何をしても奴を許す気は無いッ!」 布団を取っ払って立ち上がり、戦う姿勢を見せる。

2018-01-16 21:37:21
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だが医師は、物怖じ一つせず笑ってみせた 「ハハハハ…何を言ってるのか分からんが、言ったろう、医者というのはそういう生き物だと。」 「ああ貴様はそうだろう、だが奴は!那珂は何故私を助けた!?何を企んでいるッ!」 長門はますます声を荒げる、しかし医師は変わらぬ口調で答えた。

2018-01-16 21:38:38
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「…彼女が、あの娘が那珂だからだ。」 「またそれか…!」 那珂と同じような事を言う彼に長門は苛立ち、目を背けて吐き捨てる 「奴と同じだ、意味の分からん事をそれらしく並べて誤魔化す、貴様もそういう人間か!」 その言葉を医師は黙って聞き、深く頷いた。

2018-01-16 21:39:32
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「…そうだな、多分そういう人間だ。」 「チッ、薄汚い…」 答えに不快感を露わにする長門へ、彼は自嘲気味に笑って言った 「まあどうとでも言ってくれ、何を言われても君を追い出すつもりは初めから無いからな。好きなだけいて、好きな時に出て行くと良い。」

2018-01-16 21:40:32
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彼は湯呑みを盆に乗せて立ち上がる 「ああ、私はもうしばらくいるから、腹が減ったら言ってくれ。簡単な食事くらいは作れるからな。」 そう言って医師は珍妙な柄の暖簾をくぐり、隣の部屋へと姿を消した。 残された長門は舌打ちし、もう一度ベッドに横たわった。 〜〜

2018-01-16 21:41:26
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〜〜 同じ日の夜、那珂と長門が対峙した日の夜、一人の男が執務棟の廊下を歩いていた。 彼はこの泊地の提督、その日のスケジュールを終え、執務棟の中、執務室の隣にある自室へと帰宅する途中であった。 夜はすっかり更けており、執務棟はその業務を終え、ほとんどの明かりが消えていた。

2018-01-16 21:42:25
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薄暗い廊下を歩き、執務室の扉に鍵を挿す、しかしそこで彼は首をかしげる。 「開いてる…?」 那珂は戸締りを忘れる人間では無い、つまり鍵が開いているのは、誰かがまだいるという証拠であった。 提督は恐る恐る扉を開く、明かりは付いておらず、月明かりだけが執務室を照らしていた。

2018-01-16 21:43:27
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「おかえり」 そこから聞き慣れない声がした、だが見覚えのあるシルエットから、それが那珂のものであることはすぐ分かった。 「なんだ那珂か…ただいま。」 提督はホッと胸を撫で下ろし、上着をのそのそと脱ぎ始める、黒いコートには花びらが一枚引っかかっていた。

2018-01-16 21:44:23
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その間、那珂は無言だった。 用事があるならすぐにでも言うはず、彼は何かに勘づいて彼女の方を見た、逆光で表情は見えない、しかしうっすらと光るその目は確かにこちらを見ていた。 一体何が、そう思い彼は訊ねた 「…こんな時間だけど、何か用事?ご飯でも食べる?」

2018-01-16 21:45:24
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その問いに那珂は黙っていた、黙っていたが、やがて立ち上がり、窓の方を向いて言った。 「今日ね、私を殺そうとした人が居たの。」 「えっ…」 思わぬ言葉に息を呑む提督に、那珂は静かに続ける 「…永井さんの妹さんだった、お兄さんの仇だって、そう言ってた。」

2018-01-16 21:46:22
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彼女は執務室の窓に手をやり、窓の景色をぼうっと見つめる 「私、何してるんだろうね…那珂なのに。毎日毎日、那珂、那珂、那珂って呼ばれてるのに」 そして振り返り、微笑んだ 「忘れようとしてた、忘れちゃいけないのに、私、忘れようとしてたの!ねえ!」

2018-01-16 21:47:29
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そのまま那珂は言葉を投げつける 「仕方ないじゃない、五年…六年?ううん、時間じゃない、ふふっ、止まってる。私は那珂だって、もう喋らないでよ!ねえ、何か言って?」 独り言と会話とが入り混じった音が執務室に響く、提督はただ、黙って聞いている事しか出来なかった。

2018-01-16 21:48:22
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やがて那珂は口を紡いで壁にもたれかかる、そうやってしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。 「…提督、映画行くって約束、なかった事にして。」 「那珂…」 提督は言葉をかけようとしたが、へばり付くような何かがそれを許さなかった、出すべき言葉は無となって闇に消えた。

2018-01-16 21:49:26
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夜の執務室、二人だけの空間が静寂に包まれる。だがそこに流れる空気は、穏やかな朝とは違うものだった、そこには何もなかった。 やがて大時計が一回だけ、ゴーンと鐘を鳴らす、そしてその音に背を押されるように、那珂は提督に向かって静かに歩き出した。 闇の中、二人は静かにすれ違う

2018-01-16 21:50:35
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「…街は、楽しかったよ。」 那珂はすれ違い様に囁き、執務室を出て行った。 やがて誰もいなくなった執務室、明かりのない暗闇に、提督は一人残された。 「…兄貴、兄貴ならどうにか出来たのか?なあ…」 何もない闇に向かって呟く、返事は当然、無い。

2018-01-16 21:51:29
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「俺じゃなくてよ…何とか言えよ、畜生…」 力無い言葉を吐き出す彼を、大時計が見下ろしていた。 その時計は、鐘を鳴らしたままで止まっていた。 〜〜

2018-01-16 21:52:21