その異世界には女子高生の屍体をあがめる宗教があった。 いい年こいた偉い坊さん達が、防腐処理を施したセーラー服のむくろを寺院の地下堂に安置して、こっそりおがんでいたのである。 でも待って。なんで異世界に女子高生の屍体があるの、というと実は召喚されたからだ。
2018-01-17 21:11:35迷宮という不思議な場所で見つかる謎の財宝「呼び出しの大釜」が作動した結果、ふわふわとビニールロープで首をくくった女子高生の屍体があらわれた。 なんかすごい。 ということで僧侶達は、女神の生まれ変わりとか申し子とかそんな扱いでちやほやした。
2018-01-17 21:13:57以来、女子高生屍体信仰はおとろえず続き、むしろ一部で熱心さを増した。 地方の僧侶は存在すら知らないものもいるとはいえ、本拠である寺院にいる高僧などはもう日課としてプリーツスカートから覗く聖なる太腿にほおずりし、冷たく命なき肉の感触にみずからの崇敬の念をあますところなくぶつける。
2018-01-17 21:17:38誤解なきように申し上げると、決していやらしい意味はない。 もっとも女子高生屍体信仰に熱心な当代の高僧、哲究氏などは、もともと迷宮にもぐって魔物と戦い財宝を掘り出してくる冒険者あがりという硬骨漢で、見た目もたくましい大男だが、いつも厳粛な面持ちで死せる少女の頬に接吻などする。
2018-01-17 21:20:01哲究氏は冒険者時代に稼いだ金を費やし、少女の屍体がより長持ちするようにさらなる加工も行った。 いつか女神が再臨した際、祝福を得られるよう、偉大な似姿を正しくとらえるべく工夫をこらした。迷宮でとれる財宝や秘薬を駆使したのみか、異教である東の帝国の錬金術師にまで協力を仰いだほどだ。
2018-01-17 21:24:16愛。 愛ゆえに。 女神への強き愛ゆえに。 防腐処理をした女子高生の屍体にかくも拘泥する。 そんな哲究氏にとってつらいのは、屍体のそばを離れること。しかも俗世の蒙昧にして愚鈍なやからと接さねばならず、くだらない戯言に耳を傾けないとなると本当に苦痛だった。
2018-01-17 21:26:51でもいかに高僧とはいえ、街の有力者の招きなどがあれば無視はできない。宗教というのはしょせん、衆生とは切り離せない。 たとえ終末には、女神とそれにすがるひとにぎりを除けば、すべてが滅びるのだとしても、それまでは一応、社交はせねばならない。お坊さんも大変なのだ。
2018-01-17 21:30:17「うぬ」 しのつく雨の中、馬車は、寺院の高僧である哲究がよりによって最も近づきたくない場所へ連れて行った。 街の退廃と享楽の中心、色町だ。 目の前にあるのは、色町の顔役である女、赤胴が所有する男娼専門の芝居小屋である。
2018-01-17 21:32:39うわべは寺院もかすむほど立派な石造りの建物だが、中で行われているのは、男娼による歌と踊り、みだらな見世物なのだ。なげかわしい施設である。 「どうぞこちらへ」 上品ぶった男娼のひとりが、両手に雨よけの布を広げて支え持ち、迎え入れようとする。哲究はそれを押しのけ濡れながら中に入った。
2018-01-17 21:35:40一度は傾いたという劇場だが、中はすっかりきれいになり、南方風の豪奢な装飾が飾っている。なにもかも気に入らなかった。 「滅びは避けがたい…」 胸のうちで呟きながら、またもあらわれた上品ぶった男娼の案内を受け、食堂に進む。見事な流木材の扉が開くと、来賓の到着を告げる声。
2018-01-17 21:38:18「あらあらあらあらまあ!濡れちゃって、大変だったでしょ!ちょっと誰か!拭くものお願い!拭くもの!御坊様が風邪引いちゃう!」 さっそくうるさくまといついてくるのが最近、色町の顔役に収まった小太りの女。赤い胴着につけぼくろというおぞましいいでたち。赤胴だ。
2018-01-17 21:39:44「かまうな」 半ば怒鳴るようにして、室内の中央にある大きな円卓の空いている椅子にどっかりと座る。秀でた額の下から鋭い目線をはねあげると、ほかに参席した客を眺める。大柄な北方人の若者あり、ほとんど子供のような生意気そうな小娘あり、白髪の翁あり、年齢も見た目もばらばらだ。
2018-01-17 21:42:52「まだ…そろっておらぬが…時間がない。そろそろ始めたい。よいかな赤胴殿」 白髪の翁がひどく震えた喉で話し出す。おかしな車輪つきの椅子、車椅子というやつに座っている。哲究はいちおう目礼をした。この老人は街を統治する参事会の最長老だ。白髪と呼ぶ。
2018-01-17 21:45:29「はいはい。いいですよ!はい!ちょっとお食事運んで!」 「おい、ここの奴隷どもも給仕しながら一緒に話を聞くのか?」 哲究から見て、円卓の反対側に座った、西の草原部族らしい男が尋ねる。長い髭に獣の毛を編み込んでいて、いかにも荒々しい外見だ。動物を祖先と思い込んで崇めている異教徒共。
2018-01-17 21:49:05横柄な態度で誰か分かった。西方とゆききする隊商の護衛を担う傭兵衆の棟梁だ。 「あら、わたしはかまわない!」 隣に座ったまだ幼い少女が反発するように叫ぶ。やたらと金のかかった服装をしている。この街を古くから牛耳る門閥の娘だろうが、見覚えがない。
2018-01-17 21:51:06哲究はしばし考えてから、顔立ちから見当をつけた。先日、“幻想通貨”なるまやかしの金に多額の投資して失敗し、憤死したという商工組合の代表に似ている。その親族か何かだろう。
2018-01-17 21:52:15「やっだ。うちのものは、皆ここで聞いたことを一言だって外へ漏らしませんよぉ。色町が秘密を守るのはご存じでしょ?ね?ね?…あ、そうだ緑踵、あちらのお嬢様にはあなたがお願いね」 赤胴がそう言って合図すると、例の上品ぶった男娼のひとりが、やたらに気取ったしぐさで皿を並べていく。
2018-01-17 21:54:11さっきの小娘はうっとりとその動きを見ている。 「ねえ。やっぱり売って、緑踵。ほしいの」 「まあまあお嬢様ったら。その話はあとで」 「私お金ならあるんだけど!剛零はうちの醸造所で作ってるんだから!」
2018-01-17 21:56:25すると黙っていた、けばけばしいみなりの老人が下卑た笑みを浮かべる。こちらは白髪の最長老と異なり、かくしゃくとしている。 「ひひひ。剛零じゃと。今日はあの酒は出るんか?」 「もちろんですよ。ほら、お注ぎして…」 赤胴は愛想よくうなずいて控えている別の男娼に指示を送る。
2018-01-17 21:58:01振り返ってさらに次の客にもほほえみかける。 「ええと、あなたは下戸だったわねえ」 「はあ…」 うすらでかい北方人の若者だ。みなりもやたら貧乏くさい。哲究は清貧をたっとぶが、これはいくらなんでも場違いだった。 「えっとえっとぉ。芝麦の泡酒ならいけるかしらあ?」 「はあ少しは」
2018-01-17 21:59:28