丹生谷貴志ツイートまとめ(2017年10~12月)

丹生谷貴志さんの2017年10~12月のツイートをまとめました。
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nibuya @cbfn

余談。今年は確か「ヨベルの年」で、ユダヤ・キリスト教圏は一種の集合的前意識(集合的無意識ではない)が働いて何やかや「再築」が姦しいのはそのせいかもしれず、神秘主義的陰謀論では「大デフォルト」の年ということにもなろうが・・・要は一種の「大みそか」・・だから何ということでもなく・・・

2017-10-06 09:47:15
nibuya @cbfn

余談。さして興味はないのだが季節もの、村上春樹風作が本当に今年の有力候補なら、しばらく英国に順序(!)が巡っていないから結局英国あたりに針が振られると予想でき、カズオ・イシグロさんあたりになると思っていたのでさして意外を感じないが、「実は日本人の受賞でもある!」式の騒ぎは鬱陶しい

2017-10-06 10:28:12
nibuya @cbfn

余談。南総里見八犬伝を或いは大菩薩峠を読んでいる人を見ればいつか自分もそうしたいと書く島尾敏雄はそれを実行しなかったろうしその気もなかったろう。言葉が言葉を夢見ひたすら増殖して行く場所へ散逸してしまいたいという崩壊的な夢想だけがあり、件の二作がどうであるかは問題でなくてただ・・・

2017-10-07 06:51:44
nibuya @cbfn

漸く黒沢さんの『散歩する侵略者』、原作はボディスナッチャー型で面白いも詰まらないもないが、語源のままの気功用語でいう「”気”が狂う」ことのエフェクトへの黒沢さんの固執。元”気”、”気”丈、”気”が散る、”気”が合わない、天”気”、”気”が違う、”気”が狂う、”気”象、病”気”等々

2017-10-11 08:36:35
nibuya @cbfn

ああ、”気”が触れるという言い方もあった。どうでもいい事だが台詞の微細に三島由紀夫(!)の影? 赤く炎の様に揺らぐ陽を見て怯える妻への一言「あれは夕陽だ」、或いは広場で宇宙人侵略を演説する主人公の最後の一言「言っておいたからな!」・・・”気”が触れる・・・”気”象が触れる・・・

2017-10-11 08:54:48
nibuya @cbfn

・・・ちなみに「あれは夕陽だ」は三島さんの短編『ラディゲの死』、赤く炎上する森林を見て驚くコクトーへのラディゲの言葉・・・正確には「あれは夕焼けだよ」という台詞だったか・・・

2017-10-11 09:00:14
nibuya @cbfn

さらに、二度現れる交通事故の場面は歴代(!)の交通事故場面の中でも驚異的な映像処理・・・ああ、黒沢さんやってるなあ・・・と・・・どうやって撮ったんだろう? ちなみに近所の(?)四條畷の、僕の感覚では野原にあるような広大なモールで『散歩する侵略者』・・・

2017-10-11 09:11:05
nibuya @cbfn

SF小説をドキュメンタリーとして読むこと。その設定を信ずるということではない。選別基準要点は設定の尤もらしさではなく「文体」。例えばカフカの全作が絶対的ドキュメンタリーだと断言し得るのは無比の文体故だ。実際上それに値するSFは殆ど存在しない。逆に言えば僅かながら確実に存在する。

2017-10-12 10:09:18
nibuya @cbfn

「あれは夕陽だ」の前に置いたはずのがなぜか消えていた。まあ、『散歩する侵略者』の台本にぼんやり三島由紀夫(!)の影を感じたというだけ。異様な西空に怯える妻に宇宙人=夫が言う台詞。或いは広場での演説の場面「まあ、あんたらは動かないね。ともかく言っておいたからな」という感じの台詞。

2017-10-12 10:32:59
nibuya @cbfn

私事。上村清雄さん逝去の知らせ。芸大の先輩。ドナテロが専門で、もう一人のウッチェロ専門の先輩と、アルトーがその二人の芸術家について書いた詩を爆笑しながら読んでいる光景を思い出した。上村さんのお陰で美術史最悪の空気が笑いと酔いに変わった。素敵な助手だった。要するに、哀悼・・・。

2017-10-19 09:56:29
nibuya @cbfn

『自由への道』の人物たちは成る程「予定行動」を配備すまいとする「作者」によって一見「自由の中に投げ込まれ」ている、しかし彼らはサルトルが「存在と無」と名付けた「神学的位相」の中に一種の「銀河-巡礼者」のように動く。その意味でそれはモーリャックの神学的メロドラマに劣らず神学的だ・・

2017-10-23 11:40:36
nibuya @cbfn

余談。謙虚を説く傲慢な文体、断言不可能を説く断言的文体、ファッショを糾弾するファッショ的文体、美学を語る高級官僚的文体、伝達の不可能を説く仲間的親密さの文体、亀裂を語る滑らかな文体等々、無自覚な自動作用で書かれる文体が透明を装うタールのように私たちの「世界」を塗り固めていて・・・

2017-10-25 09:25:21
nibuya @cbfn

余談。「人民の末までものみな歌う明日」という意味では誰も彼もが歌う今、ブルトンの夢見た革命の明日が広がりつつあるかのようだ。もっとも「人民の末」が間断なく浸る「ポップ」は未だ殆ど下逹供給品に過ぎない。しかし臨界ではあるとして、衝撃で起こる結晶化は解放への散乱か凝固の氷結か等々・・

2017-10-25 10:57:12
nibuya @cbfn

超余談。YouTubeのゲーム実況である人が『シリアスサム3』を十分ほどで「クソゲー」と言ってやめていた。これは最低2時間続けないと凄さ(!)がわからない、ゲームが達した真の「超絶パラノイア=音楽ゲー」で、フィル・グラスの駄音を聴くくらいならこれを3時間やった方が遥かに崇高である

2017-10-29 12:01:09
nibuya @cbfn

余談。東京往復。時間潰しに旧古河邸散歩。初木枯らしの異様な晴天、陸奥宗光云々の御託は不要、豪邸やら広大な庭に興味はなく、ただここを領する時間の恐ろしいほどの退屈さに襲われ、夜と炎と人間関係の幽鬼でもなければ退屈さで狂うだろうと、幽霊たちを探してしまうのはゴシック小説の悪影響・・・

2017-10-31 08:28:06
nibuya @cbfn

余談。形式上始めと終わりがある以上小説は読み始められ読み終えられ映画は見始められ見終えられ音楽は聴き始められ聴き終えられ、しかし絵画はいつ見始められいつ見終えられるのか私にはわかった験しがない。ボッティチェリを巡って蓮實先生は絵画を見始め見終わるべきものへと擬態させようとし・・・

2017-11-03 03:04:38
nibuya @cbfn

どうでもいい余談。「私は”世界の時空”に散在する者たちを、生死に関係なく”今ここにいないものたち”を、呼び出し纏ってここにいるのだから、私は要は心霊スポットそのものであり事故物件であり・・・等々」。

2017-11-03 03:33:30
nibuya @cbfn

余談。「絵画とは”滲み”であり”斑”である・・・三次元化された”滲み”はもっぱら墓標・暮石・慰霊碑となるだろう」というベンヤミンの短い不思議な”絵画論”・・・考え込む・・・考え込む・・・

2017-11-03 03:47:57
nibuya @cbfn

余談。「日本人」はプラトン的観念の思考体質を持たない。結果「日本人」に於いて「概念」と「観念」は見分け難く似てしまい「概念」はいわば実働化された「観念」であるかのように振る舞う。要は「紋切り型」として生に固着する。「日本人」が小中高生から老年に至るまで異様に観念的なのはそれ故だ。

2017-11-10 10:25:18
nibuya @cbfn

余談。クレマンス・ラムヌー、 ギリシア研究者、『言葉と物の人ヘラクレイトス』『夜と夜の子供たち』が主著、小林康夫さんがいつかこの、ブランショの序文を持ったヘラクレイトス論を訳したいと言っていた記憶がある。著作の少なさに早生の人かと思っていたが意外に長命だった。僕には謎の人・・・

2017-11-24 00:40:49
nibuya @cbfn

ちなみに、ラムヌーは、彼女自身の証言によれば当初は詩と絵画における「夜」をバシュラール的視点で研究することに着手し、その探求の中でいわゆる前ソクラテス期ギリシア哲学の研究に「迷い込んだ」研究者・・・世代的にはバルトらに近く、リオタールらとナンテールの設営にも参加している・・・

2017-11-24 06:43:00
nibuya @cbfn

余談。先日「篠沢教授」が亡くなった。むろん面識も何もない。彼がモーリス・ブランショを専門としていたことは、仏文界(?)でどう記憶されているのか。ブランショの処女作『謎の男トマ』の初版が稀覯本であった頃、日本でそれを所有する希少な一人であることを誇らしげに書いた文を読んだ記憶・・・

2017-12-01 10:07:12
nibuya @cbfn

昨夜、新長田映画資料館で宇野邦一さん鈴木創士らとの講演、久しぶりの、青山真治言うところの宇野さんの円月殺法なリズムはなかなか手強く、僕は楽しんだけどお客は知らない。久しぶりの神戸の夜・・・最後は相変わらず無人の街の駐車場からバイク帰宅、要は寒い。ベケットの新訳が進行中との情報・・

2017-12-03 11:26:36
nibuya @cbfn

明日は対談(!)の仕事で金井美恵子・久美子さんたちと六甲山の予定・・・普段大阪東端の部屋から全く動かない生活なので今月は僕には異常に目まぐるしい。金井文学(!)について考えることとそれを金井さん本人を前に口にすることは完璧に別事態なので、頭は緊迫、実際は何も考えようもなく白想・・

2017-12-03 11:33:29
nibuya @cbfn

コトバには絶対的に外部は存在しない。世界は超周密なコトバの織物としてのみ「ある」。織物だから始点の解れのよなものがあり、それを辿るか引き手繰るか、それが「書字刻み」の動きをなし織模様を確認するか糸玉に変えるがどのみち世界には内も外もない。織物の解れ箇所は今現在70億余りあるそうだ。

2017-12-05 09:44:20