男の子が魔女を拾う話

村の井戸から虹色の水が出てきてから、全てはおかしくなった
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イメージ画像は「いらすとや」より引用

帽子男 @alkali_acid

男の子が魔女を拾う話

2018-02-12 12:46:08
帽子男 @alkali_acid

ある日、男の子が森の中で魔女を拾う。背が高くて烏みたいに痩せていていぼのついた鷲鼻でしわくちゃで、捻れた杖をついていて黒猫と烏を連れている。とんがり帽子もかぶっている。

2018-02-12 12:48:16
帽子男 @alkali_acid

「すまないねえ」 「おちゃ。たんぽぽの。元気でます」 粗末な小屋でもてなす。 「坊やはここでひとりで暮らしているのかい」 「はい」 「おとうさんおかあさんはいないのかい」 「いません」

2018-02-12 12:49:55
帽子男 @alkali_acid

「そうかい気の毒だねえ…助けてくれたお礼にあたしがあんたにごちそうを作ってあげようかね」 「おやさい。煮込み。あります」 「おお…そうかい…じゃあちょっと味つけを整えてあげるよ」 「ありがとう」

2018-02-12 12:51:02
帽子男 @alkali_acid

魔女はなんか粉とか液とかをたらしたりして、緑の煙が上がったりする。 「できたよ」 「ありがとう」 「お食べ」 「おばあさんは?」 「あたしはお腹が空いてない」 「わかりました」 男の子はもしゃもしゃ食べる。 「猫さんは?」 「猫もご飯はいらないよ」 「烏さんは?」 「烏もご飯はいらないよ」

2018-02-12 12:52:40
帽子男 @alkali_acid

魔女は藤の椅子に腰かけながら家のようすを眺める。子供が一人で暮らしているとは思えないほど片付いている。 「本当に家族はいないのかい」 「いません」 「立ち入ったことを聴くようだけど、なくなったのかい」 「たぶん」 「たぶん?」 「ずっとむかし」

2018-02-12 12:53:40
帽子男 @alkali_acid

魔女はやぶにらみの目で尋ねる。 「詳しく…教えちゃくれないかい…何か力になれるかもしれないよ」 猫が膝に乗り、烏が肩に乗る。 「…よくおぼえていないけど、村があって」 「この森にかい」 「森じゃなかった。むかしは」 「ふんふん」 「村に井戸があって」 「ふん」

2018-02-12 12:55:24
帽子男 @alkali_acid

「井戸から虹色の水が出た」 「虹色の水ねえ。素敵だ」 「でも。その水でそだてたやさいはへんになった。牛や豚もへんになった」 「あんたの親もかね」 「村のひとはみんな」 「それでどうしたんだい」 「おとうさんは…かりゅうどだったから」

2018-02-12 12:57:13
帽子男 @alkali_acid

「狩人かい。すごいねえ」 「へんになったやさいやどうぶつをたいじした」 「人は?」 「え?」 「人もおかしくなったんだろ?」 「ひとも…たいじした」 「そうかい…あんたはどうしたんだい」 「…てつだった」 「そうかい。大変だったね」

2018-02-12 12:59:09
帽子男 @alkali_acid

男の子は話をやめて、お茶のおかわりを持ってくる。 猫がにおいをかいで、そっと鳴く。魔女は手を伸ばして受け取る。烏はこっくりこっくりしている。 「お父さんも変になったのかね」 「すこしずつ」 「お母さんも」 「おかあさんはさきにへんになった」 「…あんたはたいじしたのかい。みんな」

2018-02-12 13:00:49
帽子男 @alkali_acid

「した」 男の子は応じる。魔女は微笑む。 「えらいねえ。しんどかったろう。井戸はどうしたんだい」 「ぼく、そこにおりていった。ふかいふかいところに、虹色のきれいなのがあって」 「そいつはどうしたんだい」 「たいじした」 「そうかい」 「井戸はふさいだ」

2018-02-12 13:02:24
帽子男 @alkali_acid

魔女はお茶をすする。 「この水は井戸水じゃないね」 「雨水をためて、こしてる」 「大変だね」 「ううん。もうこの森、ふつうの森だと思う」 男の子は確かめるように窓の外をのぞく。 「そうさね」 「へんになったどうぶつや、やさいやきはないよ。ぼく、たしかめた」 「あの煮込みも普通だった」

2018-02-12 13:04:25
帽子男 @alkali_acid

魔女は木の器を置く。 「森はすっかりきれいになったんだね」 「なったと思う」 「ご近所の領主様も同じ意見だよ」 「よかった」 「ここは豊かな村だった。そうだね」 「うん」 「鍬を入れてもう一度拓きたいと考える人もいる」 「それはだめ」 「どうしてだい」 「また虹色の水が出たら困る」

2018-02-12 13:06:21
帽子男 @alkali_acid

鷲鼻の媼(おうな)は鷲鼻をかく。猫があくび。烏が羽づくろい。 「そうだね…もっともだ…でももう大丈夫だというひともいる。だって長いいあだ水は出てないだろ?この森におかしな生きものはもういない」 「うん…でもだめ」 「もしかしてまだいるのかい。おかしな生きものが。一匹ぐらい」

2018-02-12 13:08:01
帽子男 @alkali_acid

男の子は口ごもる。 「いる。かもしれない」 「そいつはどんな姿をしているだろうね」 「…えっと」 「ひょっとして、人の恰好をしているかもしれないね。小さな男の子とかさ」 「…そうかも…しれない」 「魔女の眠り薬を馬一頭倒す分入れた煮込みを食っても…へいきなやつ」

2018-02-12 13:11:11
帽子男 @alkali_acid

男の子は空になった皿を見やる。 「ちょっと…ねむい」 「ちょっとかい」 「すごくねむい気がする」 「うそおつきよ。そんなにねむくないだろう?」 「…うん」 「やっぱりねえ…さて、どうしたもんかね」 「だって…ここは…あぶない…かもしれない」 「ふうん」

2018-02-12 13:12:38
帽子男 @alkali_acid

魔女は嗤った。 「でもねえ。あんた。客にお茶や料理をふるまおうとしたってことは、本当は気づいてるんだろ。ここはもう危なくない。禍は収まった。遠い昔にあんたやあんたのお父さんがカタをつけたんだよ。もういいんだ…あと一匹、変な生きものがいなくなれば、本当に平和になるのさ」

2018-02-12 13:14:13
帽子男 @alkali_acid

魔女は立ち上がる。背が恐ろしく高い。先ほどまでの老いさばらえたところはなく、顔立ちは年齢を超越している。烏がはばたき、影が翼を持つ青年になる。やはり猫がのびをすると、耳と尾を持つ若者の影が踊る。 “姐さん。こいつを頭から” “食っちまいましょうか” そう言っているかのようだ。

2018-02-12 13:17:21
帽子男 @alkali_acid

男の子はくるりと背を向けると、皿と椀を片付けて、汲み置きの水で洗う。 「寝台あるから。よこになって」 「あんたのを取るわけにはいかないね」 「いい。だいじょうぶ」

2018-02-12 13:18:55
帽子男 @alkali_acid

魔女は肩を落とし、使い魔をそれぞれ一瞥する。 「あんた達の手に負える子じゃないね」 「あした川で魚を釣って来る。猫や烏に。流れる水はだいじょうぶ」 「こいつらは悪食だからふつうのもんは口にしないのさ…さて、どうしたもんかね」 「ねむるといい。つかれているでしょう」

2018-02-12 13:21:01
帽子男 @alkali_acid

媼はうめく。 「森の外には領主様の騎士がいるよ。あたしがしくじったと知ったらやってくる。沢山武器を持ってね」 「…まえも来たことある。そんなにこわくない。心配ならいってくる」 「そうかい?」

2018-02-12 13:22:59
帽子男 @alkali_acid

男の子はしばらく家を出ていく。 「かわやは向こう。沐浴のお湯は湧かせる?」 と念を押してから 「沸かせるよ」 「じゃあいってくる」

2018-02-12 13:24:04
帽子男 @alkali_acid

魔女の合図で、烏は飛んであとをつける。 輝く鎧が美しい弧を描いてくちばしのすぐ先を飛び過ぎていく。 主を落とした馬が鞍を置いたままばらばらに駆けていく。 弓を捨てた農民の兵が甲高い声を上げて道を引き返す。 「名誉にかけて」 「うん」 「二度と」 「うん」 「ここには」 「うん」

2018-02-12 13:26:23