【第2回】自分だけが楽しいエア読書会(課題図書:乙女の密告/赤染晶子)

t_hirosakiさんの「自分だけが楽しいエア読書会」企画に便乗。  ・その時その時で気になった本を読みます  ・読んでる最中雑な感想をTLに垂れ流します ハッシュタグ: #自分だけが楽しいエア読書会
1
史季📚 @shiki_968

【第2回】自分だけが楽しいエア読書会  ・毎週土曜日20:00辺りから開催します  ・その時その時で気になった本を読みます  ・読んでる最中雑な感想をTLに垂れ流します #自分だけが楽しいエア読書会

2018-02-17 20:18:19
史季📚 @shiki_968

【第2回】自分だけが楽しいエア読書会(課題図書:乙女の密告/赤染晶子)

2018-02-17 20:19:13
史季📚 @shiki_968

第143回(2010年上半期)芥川賞受賞作品。ホロコーストを避けるために隠れ家で過ごした日々を綴った『アンネの日記』を元にした作品。みか子は外国語大学で、スピーチコンテストの課題であるアンネの日記の暗誦に取り組む。読むうちに彼女は、少女の頃に読んだアンネの印象とは違うものを感じた。

2018-02-17 20:43:47
史季📚 @shiki_968

アンネはホロコーストの手が目の前に迫る中「わたしはユダヤ人」と名乗る。こんなアンネをみか子は知らなかった。この『知らない』が、本作のキーワードになっている。みか子は教壇で暗誦を披露するも、途中で忘れて、教授に怒られる。麗子は「それ、記憶喪失やよ。スピーチの魔物やよ」と言うのだ。

2018-02-17 20:52:38
史季📚 @shiki_968

「スピーチでは自分の一番大事な言葉に出会えるねん。それは忘れるっていう作業でしか出会えへん言葉やねん」と、麗子は言う。一番大事なことを人間は忘れてしまう。なぜ忘れてしまうのだろう。とても興味をひく問題だ。みか子が忘れてしまったのは「戦争が終わったらオランダ人になりたい」だった。

2018-02-17 21:00:45
史季📚 @shiki_968

ユダヤ人であることをむき出しにして生きていけないアンネの「わたしは他者になりたい」という悲痛な願い。ユダヤ人はイスラエルを追われ、祖国を失った。アンネはオランダに住み、オランダを祖国と呼ぶ時、自己を二つに引き裂かれていた。オランダを祖国と呼べば、ユダヤ人であることを捨ててしまう。

2018-02-17 21:08:07
史季📚 @shiki_968

もう一つのキーワードは『噂』だ。大学内では、女学生の麗子にバッハマン教授との黒い噂が流れる。「乙女たちは熱心にその噂を囁き合う。乙女とは、信じられないと驚いて誰よりもそれを深く信じる生き物だ」「乙女らしからぬ噂ほど、乙女にとって恐ろしく、同時に魅了する噂はない」

2018-02-17 21:14:40
史季📚 @shiki_968

乙女達の噂はホロコーストと似ている。乙女達が「あいつは乙女じゃない」という噂に熱中するように、ホロコーストでは「あいつはユダヤ人かもしれない」という噂に熱中する。人間は本能的に社会性を求め、社会性から逸脱した者を排除しようとする。

2018-02-17 21:25:52
史季📚 @shiki_968

「乙女たちは疑心暗鬼になる。本当に噂を信じているのか。本当に潔癖なのか。それを確認する方法は『噂を囁き合うこと』である。噂が真実かは問題ない。ただ、信じられているかどうかが問題なのだ」「噂はスケープゴートを必要とする。スケープゴートになれば、乙女でいられなくなってしまう」

2018-02-17 21:30:46
史季📚 @shiki_968

もちろん、噂には代償がある。社会性を維持する快楽と引き換えに、個人を抹消する。噂には送信元も宛て先もない。「あなたから聞きたい」「あなたに聞いて欲しい」という願望がない。相手は誰でも良いのだ。噂が告げるのは「あなたは必要ない」という、冷酷なメタメッセージなのだ。

2018-02-17 21:42:32
史季📚 @shiki_968

噂を信じる乙女は、ホロコーストを忘れてしまう。乙女たちは、スピーチの壇上に立ち、あるポイントに到達した途端、言葉を失ってしまう。みか子は、スピーチを成功させるため、乙女であることをやめ、噂の真相を確かめようとする。

2018-02-17 21:49:38
史季📚 @shiki_968

真相を確かめるため、バッハマン教授の元を訪れたみか子は、その様子を誰かに見られてしまう。「わたしは密告される。必ず密告される」噂の標的にされることを恐れるみか子は、忘れていたアンネの日記の最後を思い出す。密告されたアンネは、忽然と姿を消した。なぜここでアンネの日記を思い出したか?

2018-02-17 21:57:53
史季📚 @shiki_968

噂の中心になっていた麗子は、スピーチを忘れたときにこう言う。「あたしは身の潔白を証明してくれる言葉に出会うのを待ってるねん。あたしを乙女やって証明してくれる言葉を待ってるねん」と。麗子が忘れていた言葉は「無口なアンネ」だった。なぜ麗子はその言葉を忘れていたのだろう?

2018-02-17 22:06:33
史季📚 @shiki_968

おそらく、言葉が麗子の身体に馴染んでいなかったのだ。言葉を覚えることと、身体になじませることは違う。僕はこの本を読んだ時「あ、これは内田樹さんが言ってることが書いてあるぞ」と思ったけど、具体的に何なのかはわからなかった。忘れていたのだ。思い出すためには、本を開かなければならない。

2018-02-18 02:00:14
史季📚 @shiki_968

麗子が思い出したきっかけは、バッハマン教授からアンゲリカ人形を誘拐した重責に苛まれたことだ。もう隠したくない、終わりにしたいと思い壇上にたった彼女は、言葉を思い出した。

2018-02-18 02:31:47
史季📚 @shiki_968

想像だが、麗子はバッハマン教授を諦めたのだろう。彼女はストップウォッチをいつも首にかける程のスピーチ好きだが、それもバッハマン教授に振り向いて貰うためかもしれない。彼女はスピーチを捨てたとき、無口なアンネを自分の中に発見したのだ。

2018-02-18 18:34:26
史季📚 @shiki_968

スピーチ大会を恐れるみか子。バッハマン教授は「忘れることを恐れてはいけません。アンネ・フランクという名前だけを覚えていれば十分です」と諭す。「ホロコーストが奪ったのは人の命や財産だけではありません。名前です。一人ひとりの名前が奪われてしまいました」

2018-02-18 18:39:13
史季📚 @shiki_968

「人々はもう『わたし』でいることが許されませんでした。代わりに人々に付けられたのは『他者』というたったひとつの名前です。異質な存在は『他者』という名前のもとで、世界から疎外されたのです。ヘトアハテルハイスは、あの名も無き人たち全てに名前があったことを構成の人達に思い知らせました」

2018-02-18 18:44:03
史季📚 @shiki_968

「わたしたちは真実を忘れてはなりません。どうか忘れることと戦って下さい」。アンネ・フランクの体験を忘れてしまうのは、私達の彼女の体験がかけ離れているからだ。彼女の経験を知っていても、日常で思い出すことはほとんどない。でも、私達には、アンネのことを覚えるという使命に似た何かがある。

2018-02-18 18:47:48
史季📚 @shiki_968

みか子はスピーチ大会に出て、いつも忘れていた言葉を思い出す。わたしは他者になりたい、と。みか子は真実を語ってしまった。密告者はわたしだ。密告者に名前はない。真実は乙女にとって禁断の果実だった。「わたしはアンネ・フランクを密告します。アンネ・フランクはユダヤ人です」それが真実だ。

2018-02-18 18:53:34
史季📚 @shiki_968

みか子が思い出せたのは、みか子が他者であることを受入れたからだ。「わたしは密告者」とは、アンネが幼い頃イメージしていた可憐な少女でなくユダヤ人だと言っている。「密告者に名前はない」とは、密告者の名前が明らかになっていないという意味と、密告者というレッテルを貼られるという意味だ。

2018-02-18 19:33:49
史季📚 @shiki_968

みか子は噂の元凶というレッテルを自分に貼った。間違ったことで苦しみ続けたくない、と。噂というのは、流すほうもスケープゴートになるほうも他者になる。どちらも替えがきくから、個人を否定するのと同じだ。だから、個人であるためには「わたしがスケープゴートです」と宣言しなければならない。

2018-02-18 19:34:34
史季📚 @shiki_968

この宣言には替えがきかない。なぜなら、この言葉はスケープゴートになった本人しか言えないからだ。他人に「お前は他者だ」と言われると他者になるが、自分で「わたしは他者だ」と言えば個人になるのだ。これは、本書のテーマである、忘れていた言葉を思い出すことに似ている。

2018-02-18 19:40:33
史季📚 @shiki_968

忘れていた言葉を思い出す、つまり、他者の言葉を自分のものにするには、それらの言葉に他者だと言わなくてはならない。それは「言葉の意味がわからない」ということではない。なぜなら「わからないということがわかっている」という状態は、運動を停止している。理解へ至る道は閉ざされている。

2018-02-18 21:11:12
史季📚 @shiki_968

知識を習得するということは思い出すことだ。思い出すという作業でしか、それはなし得ないのだ。歴史を学ぶということは、歴史を思い出すことであり、自分の中に歴史を発見することでもある。本作品は、学ぶことを再定義した良作だった。

2018-02-18 22:42:52