陸軍中野学校の前身についての論文「ヤマ機関の通史」

数学史研究者 @redqueenbee1

去年の論文、「ヤマ機関の通史」を紹介する 目的 陸軍中野学校の前身であるヤマ機関の歴史を祖述する．ヤマ機関に関しては，依拠するべき公文書がほとんど存在しない事実が研究上の障害となっており，歴史学者の要求する精度を満たすことは不可能に近い．しかし，当事者証言は十分揃っており，

数学史研究者 @redqueenbee1

それを照合検証すれば，十分な水準の事実再現度を得られることを示す． 陸軍省兵務局分室発足の背景 1935年8月1日，ソ連駐在から帰国したロシアアナリストの俊秀・土居明夫少佐(陸士29期)が参謀本部欧米課ロシア班長となった．土居の回想を紹介する

数学史研究者 @redqueenbee1

「日本では全く防諜・諜報についての研究教育あるいは法律規則というものが弱いという感じをもったので，日本に帰ってから後に参謀本部のロシア課に班長として就任した時に，参謀本部に防諜並びに諜報の研究教育機関を作る案を作って陸軍省と交渉した．その時に陸軍省兵務課の岩畔少佐が，

数学史研究者 @redqueenbee1

制度を作ることは陸軍省の仕事，費用も出やすいからこっちでやる，ということになった．これが後の中野学校創設の手はじめになったのである．とにかく防諜教育を強力に進めなければいかないという意見を具申すると，陸軍省軍事課あたりには，日本は法治国家だからそんな野蛮国の真似はできない

数学史研究者 @redqueenbee1

という人もあったほどで，実際にソ連その他に隊付をして日本が余りにもあけすっぽなのに驚いた次第である」． 軍事作戦・軍事情報担当部門である参謀本部の土居の主張は，“諜報による情報入手”にも力点を置いて起案したと見られる．

数学史研究者 @redqueenbee1

しかし，軍政を担当する陸軍省の岩畔豪雄（陸士30期）に移管したことで，科学的な情報保全，即ち科学防諜方面に対して力点を置いたものになった． 諜報の対語に当る防諜という単語は，1933年8月に参謀本部第二部（情報部）第四班員兼第五課員となった片倉衷（陸士31期）の造語である．

数学史研究者 @redqueenbee1

青年将校の動向観察・思想調査・諜報関係を担当し，ソ連通商代表部に隠しマイクを備え付ける工作を遂行した片倉は，土居以前に諜報防衛を目的とする反諜報組織を参謀本部第二部に設置する提案を行ったが実らなかった．後に軍機保護法改正の立役者となる岩畔は，片倉が提唱した防諜という概念を一般に

数学史研究者 @redqueenbee1

定着させることに成功する． 1936年8月1日，防諜・軍機保護に関する事項を担当する陸軍省兵務局が設立され，東京陸軍幼年学校長であった阿南惟幾少将（陸士18期）が初代局長に就任した．それまでこの事項を主管していた陸軍省軍務局の権限を委譲された兵務局は，岩畔案に従い，

数学史研究者 @redqueenbee1

岩畔案に従い，既存の憲兵隊とは別個に兵務局長直轄の部局（後に通称ヤマ機関）を極秘裡に創設することを決定した．憲兵隊が同年に勃発した二・二六事件を未然に防げなかった事実と，逓信省と戒厳司令部の通話盗聴及び録音によって事件の全容解明が短期間で格段に進んだ事実は，

数学史研究者 @redqueenbee1

盗聴部門を備えた防諜機関の設置を阿南に決断させるに足るものであったらしい．二・二六事件は，電話盗聴の有効性を軍上層部に対して証明したのである． 警務連絡班の初期スタッフに対ソ諜報分野で活躍する秋草俊（陸士26期），憲兵隊きっての共産主義研究者で東京憲兵隊特高課長の福本亀治

数学史研究者 @redqueenbee1

（陸士29期）など，結果的に皇道派・統制派などの陸軍人事抗争と無縁で，諜報活動経験者を選出したことには着目してよい．哈爾浜特務機関時代の秋草は，満洲電信電話の協力を得て電話盗聴を行った経験がある3）．福本は二・二六事件後，麻布狸穴の駐日ソ連大使館に出入りしていた元タス通信の大倉旭

数学史研究者 @redqueenbee1

を協力者にし，ソ連の外交暗号を盗撮すべく憲兵を潜入させた諜報活動の経験者である（但し失敗）． 二・二六事件の際，日本国内で最初に電話盗聴及び録音工作の現場責任者となった東部防衛司令部部員の浜田萬大尉（陸士37期）は，何故か初期スタッフとはならなかった．

数学史研究者 @redqueenbee1

浜田は，1939年に暗号解読機関たる中支那派遣軍司令部特種情報班班員に転出後，日米開戦までヤマ機関上海支店に転属し，背広・長髪で上海に勤務した．

数学史研究者 @redqueenbee1

警務連絡班に関する岩畔豪雄の証言を引く． 「もう一つ一番悪いのは，防諜対策というものをやりました．これは全然悪いことですが，どういうことをやったかと言いますと，外国公館の電話の盗聴とか手紙の開封なんというものは，私が責任者でございました．（笑い）」

数学史研究者 @redqueenbee1

「法令もなにもないですよ．実力行為です．各国はみんなやっておりますからね．ドイツもポーランドもみんなやっておるのです．ところが，そんないやなことは誰もやりたがらないのです．それから私は，逓信省の人で，梶井剛という人で電々公社の総裁をなさった方ですが，あれが工務局長をやっておって

数学史研究者 @redqueenbee1

電話なんかをみんなやっておったわけです．あすこへ行って，「こういうわけだから頼む」ということで行くと，それが，ぼくばかり思っていたわけでがないので，言下に「やりましょう」ということで，あすこの技手を一人差し向けてくれましてね．それで，どこかの局で公館に行く電話はちょっと継げば

数学史研究者 @redqueenbee1

ぼくのところでも聞けるようになっておりました．その頃からテープレコーダーも使っておりました．それはわれわれの時に始まったものです．それから，手紙も，普通の手紙は絶対開けない．これも郵務局のほうに話して，外国公館に出す手紙，来る手紙は中央郵便局を全部経由しておりましたから，

数学史研究者 @redqueenbee1

そこでパッと押えてしまうわけです．それをサーッと持って来て二時間以内に全部開封してしまうのですね」

数学史研究者 @redqueenbee1

逓信省の高級官僚は属人的判断で陸軍省の盗聴行為を幇助し，尚且つ逓信大臣に判断を仰がなかったらしい．二・二六事件時に盗聴に加担した高級官僚が現職のままだったこともあり，岩畔案を実現する障壁は当時低かった．二・二六事件当時に逓信省電務局情報委員会兼任事務官であった宮本吉夫の証言を引く

数学史研究者 @redqueenbee1

「ぼくが渡辺音二郎に電話の盗聴をやれと言つた．罐詰になつてどういう様子かわからないから聞けと言つたら，それは憲法違反だという．ぼくは今でも憲法のことをやつておるが，国家あつての憲法じやないか，今日本が潰れるかどうかという時，通信を聴取していかんということはないと言うて全部聞いた」

数学史研究者 @redqueenbee1

戒厳令施行前の段階で逓信省は根拠法令無しに盗聴を実施した．大日本帝国憲法第26条に違反する行為だが，逓信大臣の許可もあり，法的整合性の検討が一切なされないまま，前例が確立された．前例は法に準ずる以上，逓信省側には岩畔の要請を拒絶する論拠が存在しなかった．

数学史研究者 @redqueenbee1

ヤマ副機関長となる福本亀治の証言を引く． 「たしか昭和十一年秋頃であったと思う，田中（新一）兵務課長から局長室に集合を命ぜられ，田中兵務課長，岩畔豪雄兵務課員及び参本ロシア課の班長秋草俊中佐等と共に集合した．阿南兵務局長より『現在の国際情勢に就て縷々説明の後，我国も国際情勢に

数学史研究者 @redqueenbee1

即応して先づ「極秘裡に科学的防諜機関」を至急設立する必要があると思うので極秘裡に急いで機関の設立を研究せよ』との指示があった．そして取り敢えず秋草中佐と私とが専任となって檢討するように命ぜられた．私と秋草中佐との初めての出会いであった．爾来，

数学史研究者 @redqueenbee1

秋草中佐と私とは二者一体の関係で秘密戦機構の創設や秘密戦業務の策定，軍秘密戦勤務要員の養成，陸軍中野学校の創建等と半生を共にすることとなった」 「秘密的諸施策や工事等に関し逓信省の担当課に直談したところ，担当課長は極めて剛腹な人で，自己一人の責任に於て秘密的諸工事の一切の実施

数学史研究者 @redqueenbee1

を承諾せられた．又文書諜報等に関しては担当課長の責任に於て承諾され，関係往復文書に対する諸工作実施に関しては担当課長一人の責任で承諾を得たので，運搬車（秘密文書等の運搬）の運行等に関し特に警視庁交通部長の黙認を得た」