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「関係者証言と史料から見る阿川弘之の戦時中の足跡」解説

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数学史研究者 @redqueenbee1

いつだか執筆した「関係者証言と史料から見る阿川弘之の戦時中の足跡」を解説してみる 戦時中の日本海軍による暗号解読については、当事者の証言が多数存在する. 1943 年 8 月 31 日に海軍少尉任官し、軍令部付として軍令部特務班 C 班に勤務していた阿川弘之は、支那海軍武官暗号解読に

2018-03-10 06:03:58
数学史研究者 @redqueenbee1

関して多数の証言を残した.これは非常に有益な内容を含むが、残念なことに C 班の同僚や上官(戦死)の証言による裏付けが取れない.平仄密を解読した参謀本部第十八班(後の陸軍中央特種情報部)の担当者の氏名すら特定できない.解読された暗号電文(特情)も焼却されてしまった.しかし、周辺情報から

2018-03-10 06:04:32
数学史研究者 @redqueenbee1

阿川の存在を裏付けることは可能である.それを以下に示す. 津村敏行『續海豹士官行状記』(駿河台書房,1953)なる文献がある.著者の津村敏行こと石田寛三(後に日比野姓)は海兵出身の通信将校で、東京外国語学校を卒業して軍令部第十一課に配属された経験を綴っている.

2018-03-10 06:05:17
数学史研究者 @redqueenbee1

「それでも五十乃至七十パーセントは読めるようになつていた.英国海軍も,支那の中国海軍もその暗号はほとんど判つていた. しかし何と云つても,一番正確で数が多くて忙しいのは私の受持である米国の外交暗号であつて,支那における爆撃の効果,其他要人の動き,また米国政府の主な指令は全部これによつて

2018-03-10 06:06:17
数学史研究者 @redqueenbee1

一時間以内には日本海軍だけは知つていた.そして関係ある重要なことは,すぐ外務省や陸軍省や警視庁に知らしてやつた」 この証言から、阿川が軍令部で解読した電文が外務省と陸軍に配布されているはずだという推論が成立する.事実、外務省高官の日記の中に、阿川の足跡と思しき記述が散見される.

2018-03-10 06:07:22
数学史研究者 @redqueenbee1

外務省顧問で中国通として知られた石射猪太郎大使の 『石射猪太郎日記』(中央公論社,1993)は、“白情報”という表現で暗号解読情報に言及している.外務省にも暗号解読部門が存在していたが、暗号電信の通信傍受自体はしておらず、故に外務省自体が解読したものではないことが結論できる.従って

2018-03-10 06:07:54
数学史研究者 @redqueenbee1

軍令部特務班若しくは参謀本部第十八班の手になる情報である.阿川の軍令部在任期間に於ける石射大使の記述を見る. 1944 年 5 月 6 日 「白情報に米は支那の暗号を信ぜずとある」 1944 年 5 月 6 日の記述は、阿川が『知恵の森文庫 海軍こぼれ話』(光文社,1990)に執筆したエピソードを裏書する内容で

2018-03-10 06:09:48
数学史研究者 @redqueenbee1

ある.ワシントンの海軍武官が重慶軍令部に打電した訓令にもとづき,米海軍省と極力折衝せるも,貴国の暗号は日本側に解読せられある疑い濃く,これ以上の機密情報を提供し得ざるを遺憾とすとのことなりきを受けてのものであろう.

2018-03-10 06:10:22
数学史研究者 @redqueenbee1

阿川が格闘した暗号”平仄密”については、参謀本部第二部ロシア課に在籍していた木村登(後に讀賣新聞社)が、今野勉責任編集『昭和の戦争 8 ジャーナリストの証言 諜報戦争』(講談社,1985)に、興味深い関連情報を執筆している. 参謀本部ロシア課には,中央特種情報部から重慶軍が発信した作戦情報の解読文

2018-03-10 06:12:20
数学史研究者 @redqueenbee1

が配布されていた.コンサイス用ライスペーパーに印刷されていたので,配布されると,すぐ中特情とわかるようになっていたという.この中特情が来ないことに,東大法学部出身の下田吉人少尉が気付いた.煙草好きの少尉は,この紙で煙草を巻いていたので,中特情が来ないことにいち早く気付いたが,二週間

2018-03-10 06:12:44
数学史研究者 @redqueenbee1

若しくは一ヶ月ほどして,また配布されるようになった.この中断は,徳安の戦闘或いは湖南省か江西省で重慶軍と戦闘があった際,日本の師団参謀が戦死若しくは捕虜となり,参謀が所持していた中特情が重慶軍に露見した事件によるという.

2018-03-10 06:13:19
数学史研究者 @redqueenbee1

解読されたことに気付いた重慶軍は当然コードを変更した.支那武官暗号を解読したのは,東大卒の見習士官で,殊勲甲の感状を受けたという.阿川の平仄密との格闘の時間は一ヶ月以内であったはずである.

2018-03-10 06:13:29
数学史研究者 @redqueenbee1

また,軍令部で平仄密解読に従事した柴垣芳太郎は,自著『老舎と日中戦争』(東方書店,1995)で当時を回想している. 「アメリカの指導で中国暗号は長足の進歩を遂げ,解読はほとんど不可能と思われたが,最新の平仄密と呼ばれる暗号が,偶然ローマ字書きの外国の地名が手がかりとなって,陸軍側で解読成功,

2018-03-10 06:15:05
数学史研究者 @redqueenbee1

海軍もその報告を聞いて,味方暗号の機械を利用して,陸軍より早く情報を翻訳出来たが,内容は戦局の不利から,これはという情報は入手出来なかった」

2018-03-10 06:15:15
数学史研究者 @redqueenbee1

『海軍省極祕第七號 昭和十九年七月一日調 應召海軍豫備士官名簿 上巻 昭和十九年七月海軍省調製』なる公文書がある.内容は1944年7月1日当時における応召海軍予備士官の名簿であるが、名簿は成績順に書かれている.

2018-03-10 06:17:46
数学史研究者 @redqueenbee1

この名簿から、海軍通信学校時代での全員の成績が判断できるが、阿川の成績は 15 位であることが判明した.また、「頭の悪い奴は特信にはいらない」と豪語し、海軍通信学校教官として学生を締め上げた服部正也の成績は一期主席である.

2018-03-10 06:20:05
数学史研究者 @redqueenbee1

軍令部から支那方面艦隊司令部付として漢口に転出した当時の体験は,「二世の兵士」という文章で詳述されている. 「同じ町に,陸軍の部隊で,我々と同じ通信諜報暗號解讀の仕事をしてゐる隊があつた.「隼九千八百何部隊」といふ風な名前で,私たちは普通「隼の特情」と呼んでゐたが,此所にもやはり二世の

2018-03-10 06:20:55
数学史研究者 @redqueenbee1

兵隊が可成多勢働いてゐた.彼等は時々自轉車に乘つて,「至急親展軍極秘」といふ上官の手紙を私たちの所へ持つて來る.それは大抵煙草の無心であつた.海軍はさういふ物資が陸軍よりはよほど豐富であつたのだ.歸りがけの一寸うちの隊の二世の連中と立話をして行く. さうして二世同士の親しさで,彼等は

2018-03-10 06:21:14
数学史研究者 @redqueenbee1

外出すると陸海軍さそひ合せて,よく江岸を散歩したりしてゐたやうであつた」 「隼の特情」とは第5航空軍特種情報部(通称隼第9899部隊)漢口支部である.ここで働いた二世兵士 J・B・ハリスは,「ぼくは日本兵だった」(旺文社,1986)で,阿川とは違う戦争を描写している. 本文終り

2018-03-10 06:22:09

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