【竹の子書房】設楽土筆単著「怪物の花嫁」
- shitaratsukushi
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濃い青の陽気の下、なだらかな斜面の連なる丘がずーっと視界の果てまで続いている。 風はゆるやかに青草の匂いを辺りに運んでいる。 右手の一方までは緑の丘が連なった風景が広がっているけれど、もう左手の方にはこんもりとした森があった。
2011-04-07 18:37:53男は丘を越えて、その森で木の実やら丸々したウサギやらそういうものを採って暮らしていた。 男の隣人などは「森には怪物がいるから」と言って、丘のもっと右手にある海まで魚を取りに行っていた。多分男以外の村人全員が。
2011-04-07 18:38:09男は別に森が怖いと思ったこともないし、夜にわざわざ出かけることもないし、いのししや、自分の身体より大きな獲物を仕留めようなど考えたことなんかなかったから、怪物に会うこともないし捕まることもないと思っていた。
2011-04-07 18:38:21海の漁場は村人が占領していたし、身寄りのない男にとっては森のほうが暮らしていくにはちょうど良かったのだった。 男はウサギやウズラを仕留めるのに小さな罠を森のそこらじゅうに仕掛けておいて、毎日なにかかかっているか見ては、何もかかっていなければ木の実を採って帰った。
2011-04-07 18:38:29一人で森に毎日出かけて行くし、変わった男だと思われていたから、お嫁さんの来手もなかった。 男の方も貧乏だし、住んでいる家も掘建て小屋の様で財産もないから、お嫁さんが来なくてもしようがないと思っていた。
2011-04-07 18:38:44ゆるやかな風が吹く穏やかな陽気の日に、いつものように男は森に出かけていった。 もうすぐしたら森の色はさまざまに色褪せてきて落ちた黄金色の木の葉の下から美味しいきのこが顔を出すだろう。森の果物を干して、冬の間食べて行けるだけの食べ物を集めておこうなどと考えながら、
2011-04-07 18:39:02男が仕掛けた罠を一つ一つ見回っていっていると、茂みのなかから「キーキー」甲高い声が聞こえてきた。 あんなに高い悲鳴はウサギでもウズラでもないなぁと男は首をかしげながら近寄ってみると、男の仕掛けた罠に、小さな小さなおじいさんがかかっていた。
2011-04-07 18:39:09小人は金や銀の細工物を身体につけていて、小人だけれど、大変なお金持ちに見えた。小人は毛むくじゃらで目は真っ赤で乱杭歯の牙が口からはみ出している。耳はちぎれた様にぼろぼろでそれでいてとてつもなく大きく、小人をすっぽりと覆えるほどだった。
2011-04-07 18:39:24男はすっかり驚いてしまって声も出せずに小人を見下ろしていた。 男に気づいた小人が大声を上げた。 「罠をはずせよ! この馬鹿やろう!」 男はどうしたらいいのかわからなくてただぼんやりと立っていた。 小人は男が何も言わずに立っているのを見て、慌てて、
2011-04-07 18:39:42「わかった! すまなかった。わしだって自分の立場くらいわきまえてるさ。なぁ、もう一晩中、この忌々しい罠に引っかかったまんまで腹だって空いてるし、何より用事の途中だったんだ。なんでも、願い事を聞いてやるから、この罠を外してくれないか」と叫んだ。
2011-04-07 18:39:51小人が罠を外してもらいたいということがわかって、男はほっとした。急いで罠を外してやると、小人は自分の身なりをせわしく整えて、「助かった助かった。願い事を聞いてやるからなんでもいいな」と男に言った。 急に願い事を言えと言われても何にも思い浮かばなかった。
2011-04-07 18:40:00食べ物は足りているし、住む所にも困ってない。強いて言うなら、お嫁さんがまだいないということだった。 「じゃあ、お嫁さんをください」 男は恥ずかしげに小人に願い事を言うと、小人は、「わかったわかった、花嫁だな」とつむじ風の様に森の茂みのなかに消えて行った。
2011-04-07 18:40:09まるでつむじ風のような声が小人の走り去った茂みから聞こえてきた。 「わしの末娘はべっぴんだぞ! いき遅れてたから助かったわい!」 男は唖然と茂みを見つめていたが、自分にもお嫁さんが来るのだと考えると、次第にジーンと感動して、その日は何も採らずに家に帰った。
2011-04-07 18:40:17家の木戸がコトッと鳴るたびに、男は期待して飛び上がった。けれど、待っても待ってもお嫁さんは来なかった。男は小さな板をくりぬいて作った窓から月を眺めながら、もしかするとお嫁さんは恥ずかしくってこっそり来るのかもしれないと思い、もそもそとわらの布団のなかにもぐりこんで、
2011-04-07 18:40:26@ts_p ガチガチゴトゴト 鳥が鳴くより前に大きな音で男はびっくりして目が覚めた。 慌てて布団から飛び出してみると、かまどに大きな鍋をくべている影がある。夜明け前なのでとても大きな影だというくらいしかわからなかった。
2011-04-07 20:35:03@ts_p 男は泥棒だと思いこんで大声で叫ぼうと思った。 そのとき、ちょうど窓からうっすらと朝日の明るい光が差し込んできて、大きな影がくっきりと見えてきた。毛むくじゃらでとてつもなく耳が大きくて目は真っ赤で鋭い乱杭歯が、男の目にしっかりと見えた。
2011-04-07 20:35:28男は大声で叫んでわら布団のなかに潜り込んだ。潜り込んだまま、これが夢だったらなぁと思いながら眠ってしまった。 シチューのとてもいい匂いがわら布団の方まで漂ってきて、男は目が覚めた。だんだんわらのなかにまでシチューの濃い肉汁と野菜の美味しい煮込んだ匂いが染み渡ってきた。
2011-04-07 20:35:53けれど、わらの隙間から見える怪物の姿は消えることはなかった。怪物はせっせと働いている。動きは不器用だけれども、シチューの匂いからして料理はおいしそうだし、散らかったままの小屋が片付けられて、空きっぱなしだった穴に板が取りつけられている。
2011-04-07 20:36:05お嫁さんは怪物のままだったが、太陽は傾きかけてきて窓から赤い夕焼けが射しこんできている。男はだんだん空腹に耐えられなくなってきた。 怪物はシチューだけでなく、かまどの隅の石のオーブンで木苺のケーキも焼いていたとみえて、その甘酸っぱい匂いも漂い始めてきた。
2011-04-07 20:36:09男はこのまま出ていっていいものかしらとちょっとだけ考えた。怪物だけれど、一応自分のお嫁さんなので、もそもそとわら布団から出るとシチュー椀を並べた食卓についた。 怪物は男が時々腰掛ける小さな踏み台にちんまりと腰掛けている。
2011-04-07 20:36:24男はそれを見てお嫁さんの大きさにあう腰掛を作らないといけないなぁ・・・と思った。 男は怪物のお嫁さんに名前を聞いてみたが、怪物は怖い顔でじっと男を見ているだけで何にも言わなかった。小人の話もしたけれど、お嫁さんはやっぱり何も言わなかった。
2011-04-07 20:36:34けれど、首や頭や目に見える部分にくまなくつけている黄金の飾りや宝石を見て、やっぱり小人の末娘さんなのかなぁ、と男は思うのだった。 会話も次第に途切れて、男が困っていると、お嫁さんはハーブのお茶を出してくれた。
2011-04-07 20:36:41