Togetter/min.tを安心してお使い頂くためのガイドラインを公開しました。

米国は満州が中国の領土ではないことを知っていた?(追記しました)

3
西村幸祐 @kohyu1952

僕が講演や大学の講義で使うアジアの地図。1932・昭和7年にシカゴで作成。満洲事変と「KANO」の甲子園の翌年発行。米国は満洲がシナの領土でない事を知っていたから満洲にも国境線。チベット、ウイグル、南蒙も表記。@bluesayuri pic.twitter.com/036ikfipaa

2016-06-16 00:41:20
拡大
エミコヤマ @emigrl

アメリカの出版社が1932年に出版した地図。ネトウヨがこの地図を提示して「満州事変の一年後に米国は、満州やチベットやモンゴルや新疆ウイグルが中国の一部ではないことを認めている!」と言っているのを見かけたんだけど、よく見るとそれらを全部囲んだ太い点線が描かれているよね… pic.twitter.com/TmRZ3bDNX1

2018-03-18 05:42:52
拡大
エミコヤマ @emigrl

このサイズだと確認しづらいかもしれないので、議会図書館サイトにある大きなサイズのものを参照。 loc.gov/item/200663525…

2018-03-18 06:29:53
小川靖浩 @olfey0506

@emigrl …いやそれもおかしい。新疆は東トルキスタンとして独立運動を始める前の年、チベットに至っては当時は立派な独立国だったんだが。さらにフランス領のベトナム、当時から現在まで独立国のタイまで含まれる形になってません?

2018-03-18 09:30:26
エミコヤマ @emigrl

@olfey0506 いろいろおかしいです。あんまりちゃんとした地図とは言えず、どちらにしても当時の米国の姿勢を示す根拠にはならないでしょうね。

2018-03-18 09:34:10
小川靖浩 @olfey0506

@emigrl いや、どこがおかしいのか言わないと。どっちにしても地図は当時の国情を知る題材としてはそれなりに価値のある資料であり、否定するには同時期の「別の書き方をしている地図」の提示が必要出んがな。少なくともあなたの指摘も歴史とは合致していないことは確認できる。

2018-03-18 09:37:42
エミコヤマ @emigrl

@olfey0506 それなりの価値はあるでしょうが、満州やチベット等を中国とは別の色で描きながら、なぜかそれらを中国と同じ太い点線で囲んでいる(タイや仏領インドシナは囲まれてない)、意図のよくわからない地図だと思います。

2018-03-18 09:45:22
エミコヤマ @emigrl

@olfey0506 ほかのおかしな点は、仏領とか英領と書いている場所があったりなかったり(オランダ領は書かれていないし)、香港やマカオが中国に含まれていたり、などいろいろです。当時のアメリカでは地図会社すらアジアの細かい事情に対して大して注意を払っていなかった、ということかもしれませんが。

2018-03-18 09:48:39
衆善奉行 @upasampada

はじめて拝見しました。 色々興味深い。 ミャンマーなんてガッツリインド領になっちゃってるし。 当時のアメリカから見たアジアの図なのですね。 twitter.com/emigrl/status/…

2018-03-18 13:04:45
エミコヤマ @emigrl

@upasampada インド領ではなく英領インドですね。

2018-03-18 13:42:16
衆善奉行 @upasampada

@emigrl なるほど、そういう事でしたか。 ご指摘ありがとうございます。 1886~1937年の間ビルマは英領インドに併合されてたのですね。 この地図は、アジア地域が帝国主義列強の縄張り争いにチェスボードさながらに蹂躙されていたという片鱗を見せてくれる資料なのですねえ。

2018-03-18 14:19:33
ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ @asf17074127

もし二点線が極東の境界を示しているなら、朝鮮と満州の間にも二点線が書かれているのはおかしいよね。 pic.twitter.com/8INr8XA74W

2018-03-25 01:53:11
拡大

コメント

緑川⋈だむ @Dam_midorikawa 2018年3月18日
なるほど「満州は中国の一部」というのは「東トルキスタンは中国の一部」「チベットは中国の一部」「モンゴルは中国の一部」と同等の主張ということか
4
小川靖浩 @olfey0506 2018年3月18日
…というか、当時のチベットは立派に独立国だったんだがな。チベット併合って1950年だぞ。まさか「チベットは清朝以降一貫して中国領だった」とか言い始めるのか?今度はそっちが歴史修正主義に陥るんだがな
11
🈂トリ @satori_Lv35 2018年3月18日
そもそも中華人民共和国の建国は1949年なので1932年にには存在していない。この地図のChinaって中華民国(現台湾)だよな、その前の清は満州族が建てた王朝、今の中華人民共和国と関係ない。
7
gioder @giorogiorogior5 2018年3月18日
歴史的にみると、満洲はツングース系主体のエリアで、歴史的地域としての「中国」(長城以南の漢人主体エリア)とは全くの別物。その意味ではモンゴルやチベットと同じ。だけれども、清末に満洲を任されていた趙爾巽が結局は中華民国に帰順して退き、最終的に後釜となった張作霖に至ってはその政府中枢に思いっきり参画してしまっているので、「満洲が中華民国ではない」というのはかなり苦しいところもある。
2
叢叡世Степин Будимир @kusamura_eisei 2018年3月18日
あんまりこの時代の“国際的”ってのは意味ないんだよあ。 チベットを認めていたのはインド帝国とイギリスだし、モンゴル(もうこちほー)を認めていたのはソ連とトゥヴァ。
3
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2018年3月22日
この話題で分かりやすい(あるいは逆に混乱させる)喩えで、「豊臣秀吉の”唐入り”が成功したら、秀吉は皇帝になって王朝を開いたかもしれないが、現在の日本は中国の一部になっていただろう」というね(笑)征服者、侵略者が、溶け込んでしまって逆に一部になる。中国への「婿入り」現象ともいう。
1
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2018年3月22日
秀吉が大陸を支配した世界での、数百年後のイギリスかどっかの事典記述→【日本[にほん]  現在の中華人民共和国日本省(省都大阪)に存在した独立国家のこと。17世紀初頭まで中原からは「東夷」と呼ばれた蛮族の地だったが、英雄ヒデヨシ(大の太宗)が出るに及んで中原を制し、以後中国の一部となった。ちなみに『源氏物語』はもともとこの国の古典で、昔は日本古語で書かれており、現在のように中国語となったのは18世紀以降のことである--】※井沢元彦による
0
言葉使い @tennteke 2018年3月22日
この手の議論で注意しないといけないのは、「米国~を知っていた?」の〝米国〟が、政府首脳なのかエリート層なのか一般市民かを考えないといけない。たぶん一般市民はこんなこと知らない。
0
言葉使い @tennteke 2018年3月22日
gryphonjapan 信長が日本を統一したら、中国ではなく南方を攻めに行ってそれなりに成功するけど、有力武将を占領地に送るから日本国内を統治する人材が枯渇して、日本の発展が急激に低下する可能性を言った人がいました。
0
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2018年3月22日
gryphonjapan 別にifの話をしなくても、中国には金、元、清と外来民族王朝の実例があるのに
1
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2018年3月22日
tennteke もし海外での大幅拡大に成功したら、信長の死後広がりすぎた版図をまとめるのが難しくて分割統治となり、相互のつながりが希薄になるアレキサンダー大王やチンギスハーンみたいなパターンの方がありそう
1
kartis56 @kartis56 2018年3月22日
シャムやフレンチインドシナはインドの一部だったんだ…知らなかった
1
kartis56 @kartis56 2018年3月22日
二点線は極東の境界でしょ?
0
kartis56 @kartis56 2018年3月22日
satori_Lv35 民国政府が自国の領土に満州を含めなかったかどうか、この図だけだとはっきりしないかな… アメリカは日本による満州建国を承認してないはずだし、そっちから見ても国別としてはなんか変な気が
0
ユーコン @yukon_px200 2018年3月24日
基本的に支那にあった王朝の版図は長城までだと思うんだよなぁ。自分らで決めて国境線にしたんだから
0
小川靖浩 @olfey0506 2018年3月25日
実際のところこの地図が「いつ発行された」のかわからんのが話をややこしくしている背景にあるわけだしな。1932年はちょうど3月に満州国が建国し、さらに翌年に九か国条約によって事実上満州国が連盟に認められなくなる前におそらくは書かれたものだと推測するところではある。実際、「満州国は独立している」と日本は公式で承認しているから国境に関しては朝鮮地方との境になるわけなんだし、おそらくはこの地図が書かれてたタイミングが「極東地域の緊張が最も高まっていた時期」なんだろうな
0