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2018年5月3日

関口高史(@parsifa18401874 )氏 著 「誰が一木支隊を全滅させたのか」の衝撃

先日、読了した関口高史「誰が一木支隊を全滅させたのか」個人的まとめ 本人からつい利用許可を頂きました。
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本書を知ったきっかけはTLに流れてきた新刊情報だった

関口高史 軍事研究家 @parsifa18401874

昭和十七年、ガダルカナル戦で最初に投入され、全滅した一木支隊に関する本を発売しています。ご注文は、全国の有名書店、アマゾン等まで、お願いします。 pic.twitter.com/eIj2yG59QD

2018-02-17 21:54:13
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リンク Wikipedia 一木清直 一木 清直(いちき きよなお、1892年10月16日 - 1942年8月21日)は、日本の陸軍軍人。陸軍士官学校卒(28期)。盧溝橋事件当時、牟田口廉也連隊長の指揮下で中国軍陣地への発砲命令を受けた際に「本当に発砲しろという命令ですね」と確認の記録を残している。盧溝橋では永定河中州に進出し、29軍と交戦している。ガダルカナルでは、遮蔽物の無い浅瀬を渡渉中、アメリカ海兵隊が守備するイル川西岸機銃陣地からの一斉射撃を受け、交戦中に敵戦車部隊によって包囲殲滅された。1942年8月18日にガダルカナル奪回作戦の尖 1

興味があり、Amazonでポチる

島の人Part2 @simasyodes

【誰が一木支隊を全滅させたのか ガダルカナル戦と大本営の迷走/関口 高史】を積読本に追加 → bookmeter.com/books/12627792 #bookmeter

2018-04-12 20:34:41
関口高史 軍事研究家 @parsifa18401874

ありがとうございます! ご一読の上、是非、ご感想などをお聞かせいただければ幸甚です。 twitter.com/simasyodes/sta…

2018-04-18 21:40:06

Wikipediaでも「静岡県出身」とあり、私もそう思っていたが本書では否定されている。実際は長野県

島の人Part2 @simasyodes

@parsifa18401874 いま読んでます。一木氏が「静岡県出身」だと思ってました。

2018-04-18 22:18:00
島の人Part2 @simasyodes

コーヒーでドーナツ流しながら関口高史「誰が一木支隊を全滅させたのか ガダルカナル戦と大本営の迷走」一木支隊がミッドウェー攻略でサイパンにいたのは知ってたが上陸訓練で「地形が似てる」かサイパンだったのは初めて知った。

2018-04-21 17:25:56

ちらつく「死の影」

島の人Part2 @simasyodes

。あと、沖縄県民だから「太田実」(一木と太田指揮の陸戦隊が上陸予定だった)の字は(う)となる。一木と太田のその後の「運命」知ってるだけにカフェの外で降りだした雨を見る。

2018-04-21 17:28:46
島の人Part2 @simasyodes

関口高史「誰が一木支隊を全滅させたのか」をいま読んでるが一木支隊を輸送するのが当時第四駆逐隊司令有賀幸作大佐か、前もつぶやいたがミッドウェー攻略部隊に太田実がいたようになにか「死の影」がつくな

2018-04-29 16:36:16
リンク Wikipedia 大田実 大田 實(おおた みのる、1891年(明治24年)4月7日 - 1945年(昭和20年)6月13日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。千葉県長生郡長柄町出身。旧制千葉県立千葉中学校より海軍兵学校41期入校。席次は入校時は120名中53番、卒業時118名中64番。草鹿龍之介、木村昌福、田中頼三などが同期生である。大田は海軍における陸戦の権威者で、第一次上海事変に参戦したほか、二・二六事件では佐藤正四郎麾下の陸戦隊大隊長として東京へ出動している。同部隊の参謀は大田とともに海軍陸戦隊を代表する指揮官となっ 266
リンク Wikiwand 有賀幸作 | Wikiwand 有賀 幸作(あるが こうさく、1897年(明治30年)8月21日 - 1945年(昭和20年)4月7日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。戦艦大和最後の艦長として有名である。長野県南信地方に多い姓である有賀は、「ありが」ではなく「あるが」と読む例が多いが、当人は相手が聞き返すことを嫌い、ありがの読み方で通した[1]。軍帽裏のネーム刺繍もアリガとしていた。

大田実は沖縄戦での「沖縄県民斯ク戦ヘリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」の電文で知られている。
有賀幸作は最後の戦艦大和艦長である。
共に悲劇的な最期を遂げる。
また、本書を読み進めると一木支隊にはノモンハン事件の生き残りもおり、一木氏の「結末」を知ってるだけに「宿命」なものを感じた。

リンク Wikipedia ノモンハン事件 ノモンハン事件(ノモンハンじけん)は、1939年(昭和14年)5月から同年9月にかけて、満州国とモンゴル人民共和国の間の国境線をめぐって発生した紛争のこと。1930年代に日本(大日本帝国)とソビエト連邦の間で断続的に発生した日ソ国境紛争(満蒙国境紛争)のひとつ。満州国軍とモンゴル人民共和国軍の衝突に端を発し、両国の後ろ盾となった大日本帝国陸軍とソビエト労農赤軍が戦闘を展開し、一連の日ソ国境紛争のなかでも最大規模の軍事衝突となった。清朝が1734年(雍正12年)に定めたハルハ東端部(外蒙古)とホロンバイル草 37

大本営は当初、米軍兵力を「ほぼ正確」に掴み、強固な陣地を形成していたのを知っていた。

島の人Part2 @simasyodes

関口高史「誰が一木支隊を全滅させたのか」をいま読んでるが米軍のガ島上陸時に大本営(海軍からの情報)は「米軍兵力は1個師団1万5千」ほぼ正確に掴んでいたのは初めて読んだ(威力偵察程度で兵力を過小評価してたまたま近くに展開してた一木支隊を宛てたと今までなっていた)

2018-04-26 20:25:15
島の人Part2 @simasyodes

しかも海軍の航空機や潜水艦の事前の偵察で米軍が強固な陣地や多数展開していたのも掴んでいた。(これも初めて読んだ。兵力を過小評価して敵情不明の中に一木支隊が突撃して全滅したことになってた)

2018-04-26 20:35:31
島の人Part2 @simasyodes

ページ進めるごとに(ううう)となってる。 pic.twitter.com/uwnJrWLTPN

2018-04-30 20:25:16
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従来これまで、ガダルカナル島に上陸した米軍を日本軍は「過小評価」し、また敵を「侮った」一木清直は「敵情不明」なまま、強固な陣地に「無謀な銃剣突撃」を繰り返し、部隊を全滅させた。・・・
と私も思っていたが本書ではそれを「根底」から覆していく。
しかし、やがて米軍の兵力は「従来の説」のようになっていく様子が本書では語られている。

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コメント

mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2018年5月3日
連合艦隊は日本領土に押し寄せる英米の艦隊を撃退するための軍備を勧めたわけで太平洋を拠点を確保しながら米国へ攻め寄せるのは想定外。軍備や練習で想定外のことをやっても上手くいくわけがない
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なんもさん @nanmosan 2018年5月5日
これ連合艦隊だけの問題でもなく、大陸の戦線にかかりっきりで兵力を出し惜しまざるを得なかった陸軍にも問題あるんですよ。ぶっちゃけ海軍がアメリカには勝てないと言えなかったように、陸軍も中国に負けそうだなんて口が裂けても言えないまま対米参戦してるわけです。むろん当の陸軍は負けてるつもりがなかったですが、実際のとこ対米戦があろうがなかろうが戦略的には完全に負けてまして、近い将来には国家予算的に、満州と一部沿岸地域の守備兵力を除いて全面撤兵するしか手はなかったんですけどね。それで中国が許してくれればw
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mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2018年5月8日
中国は当然、フィリピンもそうだけど、現地の民衆に嫌われたら都市部しか支配出来ない。 地図上は全土を支配していても実効は点(都市)を結んだ地域だけ。 都市部以外が服従していない状態ではゲリラを殲滅する事が困難で泥沼の非正規戦で消耗してしまう。 現代でもイラク戦争後の米軍がそんな感じ。
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