編集部イチオシ
2018年5月25日

ほんとうは通信技術で勝った日露戦争 ~戦争と情報通信の小話~

どんとこい
122
うえだしたお @YT1093

戦争と情報通信についてちょっとだけ言及しておくかな。

2016-09-23 22:24:56
うえだしたお @YT1093

電信(電気信号による通信)の歴史は意外と古くて、1746年にフランスの物理学者ジャン=アントワーヌ=ノレ(Jean-Antoine Nollet)によって最初の実験に成功している。 pic.twitter.com/CleuOBXQEp

2016-09-23 22:30:55
拡大
うえだしたお @YT1093

その後、1800年代には各国で電信技術の実験が行われ(中略)、1838年に有名なサミュエル・モールス大先生が登場する。トトト、トトトト、トト、ツー(SHIT)のアレである。ちなみにぼくは無線技士の資格を持っているので電信くらいはお茶の子さいさいだったりする。

2016-09-23 22:35:26
うえだしたお @YT1093

当然ではあるけれど、電信の歴史は有線通信からはじまった。それから120年後の1894年にイタリア人発明家、グリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi)の手によって無線通信の実験に成功する。日露戦争開戦わずか10年前の出来事である。

2016-09-23 22:43:22
うえだしたお @YT1093

ちなみにこのマルコーニ、学校教育はほとんど受けていない。独学で実験を行い無線通信を商業ベースに乗せてしまった。その功績を称えて1909年にはなんとノーベル物理学賞を受賞しちゃったほどのMr.サクセスくんなのだ。

2016-09-23 22:44:49
うえだしたお @YT1093

有線通信の歴史に話をもどそう。陸上通信(基地局、アンテナ、ケーブル)にはそれほど手間もかからず、すぐに通信網が張り巡らされたのだが、大陸どうしの通信には限界があった。伝書鳩を使っていたのだ(ウソ)。そんなある日、英国からブレット兄弟(爆走兄弟レッツ&ゴーとは無関係)が登場する。

2016-09-23 22:50:29
うえだしたお @YT1093

1850年、ブレット兄弟はドーバー海峡に世界初の海底ケーブルを敷設する。ただ不幸なことに、海藻とまちがえた欲張りな漁師がケーブルを刈り取ったため、わずか一日にして通信は途絶えてしまった。それでも不屈の兄弟はふたたび敷設して、翌年からはイギリス=フランス間の通信を担った。

2016-09-23 22:53:45
うえだしたお @YT1093

ブレット兄弟の成功からわずか数年のあいだに海底ケーブルは大ブームとなり、それまで通信を担っていた郵船(蒸気船による郵便配達)は廃れてゆく。やがて大西洋横断電信ケーブルが完成するなど、江戸時代の終わりにはすでに、現在の光ファイバーケーブル通信網の理論的ひな形が出来上がっていたのだ。

2016-09-23 22:57:51
うえだしたお @YT1093

ちなみに、日本に海底ケーブルが接続され本格的な大陸間通信網が産声を上げたのは1871年のことであった。デンマークのGreat Northern Telegraph(日本名:大北電信)はまず長崎ー上海間を敷設して、2ヶ月後には長崎ーウラジオストク間を海底ケーブルで結んでいる。

2016-09-23 23:02:49
うえだしたお @YT1093

この年の秋に大久保利通ら主要閣僚が欧米視察団として海を渡るのだが、日本の電信には大きな欠陥があった。大久保がニューヨークから送った通信は数時間後に長崎まで到達していたのだが、長崎から東京までの通信手段がなかったのだ。結局、飛脚や早馬でちょうど3日ほどかけて東京に連絡をとっている。

2016-09-23 23:07:22
うえだしたお @YT1093

これはアカンと思った日本政府は長崎ー東京間の電信(つまり外国から東京へのホットライン)を急務と認識しながら、大北通信が提案した瀬戸内海経由の海底ケーブル(長崎ー東京間)敷設にはブレーキをかけている。なぜか。大北通信(デンマーク)の背後に帝政ロシアの影を見出していたからなのだ。

2016-09-23 23:11:41
うえだしたお @YT1093

当時のヨーロッパは大国のほとんどが姻戚関係にあった。当時の帝政ロシアではアレクサンドル二世の治世下にあったのだが、皇太子ニコライ(長男)が22歳で早世したため、デンマーク王室から嫁にくる予定だったマリー・ダウマーが急遽スライド登板、弟の皇太子アレクサンドル三世の妻になっている。

2016-09-23 23:18:08
うえだしたお @YT1093

つまり、日本がデンマークの影に露助の黒い陰謀を見出してもなんら不思議ではなかったのさ。そういう時代だったんですね。

2016-09-23 23:18:47
うえだしたお @YT1093

んで、なんやかんやありまして日本は長崎ー横浜間の海底ケーブル敷設を長らくお断りし続けてきたのであります。送信網が陸上ではなく海底経由で敷設されたのはなぜかと言うと、たんに用地買収やら設備投資などカネの問題なんだけど、当然ながら海のほうが安かったのだ。

2016-09-23 23:23:54
うえだしたお @YT1093

当時の日本政府はいまより賢かったので「露助に通信の秘密を握られるよりも、カネはかかっても独自の通信網を持ったほうがマシやな」と考えたわけ。結局、1873年にはむりやり地上通信網を完成させて大北通信の提案は廃案に追い込みました。よかったね。

2016-09-23 23:25:54
うえだしたお @YT1093

さて、日清戦争(1894~1895)を経ていよいよ露助の脅威が増してきました。ここで大活躍するのが日本陸軍の至宝、児玉源太郎少将(当時)でした。児玉は英国と手を結び、ケーブル敷設船(沖縄丸)とケーブルを秘密裏に購入します。やがて、九州ー台湾経由で欧米と通信網を結んだわけです。

2016-09-23 23:30:43
うえだしたお @YT1093

日清戦争から日露戦争までのわずか10年のあいだに、児玉は「児玉ケーブル」という通信網を日本ー台湾ーインドーアフリカーヨーロッパ間に広げたわけです。実際には日台間でケーブルを敷設して、もとも大陸通信網にあった本回線と接続しただけなんだけどね。

2016-09-23 23:33:35
うえだしたお @YT1093

こうした準備期間のあいだに日英同盟(1902年)を結び、児玉ケーブルは赤線と結ばれます。赤線(All Red Route)は遊郭ではなく赤道航路のことで、英国王室御用達の王国郵船(蒸気船)にルーツを遡ります。とにかく英国と結託して通信網を張り巡らせたわけ。児玉さんすげぇよ。

2016-09-23 23:36:34
うえだしたお @YT1093

ちなみに、海底ケーブル敷設船「沖縄丸」は名前を変えて「富士丸」と偽って、かの激戦地203高地を西方に頂く旅順港まで秘密の通信ラインを敷設している。つまり、日露戦争当時にはもう立派な通信手段が確保されていたわけなのだ。

2016-09-23 23:39:42
うえだしたお @YT1093

そしてこれは周知の事実なんだけど、朝鮮半島や南シナ海には光ファイバー網が張り巡らされている。現代の児玉ラインとでも呼ぶべきもので、中国の原潜や北朝鮮の水没船(潜水艦とも呼べない代物)が出港した時点で補足、必要な情報を自衛隊と米軍で共有している。

2016-09-23 23:41:26
うえだしたお @YT1093

日露戦争当時には立派な情報網が完成していたということ。通信の歴史は浅くて意外と深いのだ。バルチック艦隊の航路はあらかじめイギリス諜報部の秘密通信で日本側に送られてきていたりもする。イギリスの執拗な嫌がらせには石炭や水の補給への干渉もあって、バルチック艦隊は当初より不利だったのさ。

2016-09-23 23:46:09
うえだしたお @YT1093

ちなみに、日本海海戦(1905年)におけるバルチック艦隊の発見に際しては、国産無線機(三六式無線機)が通信に使用されていた。中継を必要とした精度の低いものではあったけれど、ぶじ信濃丸ー三笠を結び、バルチック艦隊の発見を伝えることに成功している。

2016-09-23 23:55:24
うえだしたお @YT1093

余談ながら、バルチック艦隊の発見は一般人(漁民)によっても行われている。「久松五勇士」で検索すると詳しい記述があるけれど、バルチック艦隊の航路は有線で逐一報告されており、信濃丸による探索後は無線で三笠に伝えられていた。五人の命がけの航海は徒労だったのだ。かわいそうに。

2016-09-23 23:59:40
うえだしたお @YT1093

映画「日本海海戦」にも久松五勇士は出てくる。ぼくは長いこと松山英太郎だと勘違いしてたんだけど、弟の松山政路のほうが漁民を演じていたらしい。

2016-09-24 00:02:48
うえだしたお @YT1093

松山英太郎なんて、若い人には通用せんだろうな。昔そういう俳優がいたのだ。うちの死んだ爺さま(スケベ)に顔が似ていたのだ。松山英太郎は残念なことに爺さまより早く死んだ。爺さまは彼の三年後に死んだ。しかしながら、今思えば笹野高史のほうが爺さまにはそっくりである。 pic.twitter.com/vbtf2RCNUA

2016-09-24 00:09:17
拡大

コメント

うえだしたお @YT1093 2018年5月25日
久松五勇士「エッサ、ホイサ」
0
Destroyer Rock @hondapoint 2018年5月25日
確か西南戦争でも電信を使って素早く政府側が対応しましたよね。
3
うえだしたお @YT1093 2018年5月25日
西南戦争当時、電信は熊本北部の植木、西は長崎まで伸びていましたが、鹿児島までは届いていませんでした。戦況に応じて兵力の配置を柔軟に変更できた点も、政府軍の有利につながったと言えますね。
1
Destroyer Rock @hondapoint 2018年5月25日
YT1093 兵力が少ない上に情報まで握られたら勝てる戦も勝てないっていうことですね。情報の大切さは日露戦争でも同じですな。
0
とまとのゆっきー @vicy 2018年5月25日
なんか一帯一路みたいだな。
0
うえだしたお @YT1093 2018年5月25日
敵を尻(ぷりケツ)、己を白樺(武者小路実篤)、(有斐閣の判例)百選自ずと行政法だけは買わないという孫子の兵法です。
0
Destroyer Rock @hondapoint 2018年5月25日
YT1093 兵は機動(詭道)なりも孫子ですね。
0
うえだしたお @YT1093 2018年5月25日
内田孫子「QBを潰しに行け」
0
緑川⋈だむ モデルナフルチン @Dam_midorikawa 2018年5月25日
YT1093 有名な「ダンナハイケナイ、ワタシハテキズ」電か
0
うえだしたお @YT1093 2018年5月25日
松谷みよ子「現代民話考:軍隊編」より、高知県、式地俊穂さんのお話 ある若妻に戦地の夫から(朝鮮西部の要衝、鎮南浦=チンナンポから)電報が届いた。 (軍隊では電文を短く打つよう指示されているため)「チンタツ、サセニコイ」とあった。 (鎮南浦を出港します、佐世保に会いに来てくださいという趣旨である)
1
うえだしたお @YT1093 2018年5月25日
電文を受け取った若妻は困り、顔を赤くしながら佐世保行きの準備をしていたところ、 ふたたび夫から電文が届いた。こんどは「チンタタズ、サセニクナ」である。 若妻は困り果てて実家の父親に相談することにした。 怒った父親は娘婿に「チンタツモ、タタヌモサセニイク」と返信したそうな。
1
Destroyer Rock @hondapoint 2018年5月25日
YT1093 西南戦争勃発の原因が「ハヤクシサツオエキキョウセヨ」 の電報だった。 西郷派が電報を見て、 「早く(刺殺)終え帰京せよ」と読んで政府が暗殺を企んでいると決起した。 しかし、本当は「早く視察終え帰京せよ」という意味でだった。 俗説だけどね。
0
うえだしたお @YT1093 2018年5月25日
中原尚雄(薩摩出身の警吏)の逸話ですね。彼は特命を帯びて帰郷したのち、私塾の生徒に捕縛されて激しい拷問を受けることになりました。このとき漏らした帰郷の理由が「視察」か「刺殺」かと議論されましたが、一般的には前者と受け取られています。西郷を殺害、暗殺するために帰ったと答えることはあっても、刺殺といった手段を先に答えるとは考えがたいですね。
0
dag @digital_dag 2018年5月25日
日露戦争が初の電子戦だったとか聞いたことあるなぁ。どっちも通信に同じ周波数使ってたとかなんとか
6
dag @digital_dag 2018年5月25日
日露の通信兵が「良質な通信を行うためにはレベルを大きくべきか、異なる周波数に合わせるべきか」で殴り合いの喧嘩になったとか。
4
マクガン @Makugan32 2018年5月26日
宮古島の久松小学校では、日露戦争に日本が勝てたのは、久松五勇士のおかげだよー(意訳)と教わったり教わらなかったり…
5
うえだしたお @YT1093 2018年5月26日
電子戦のシミュレートは1899年の英国海軍が演習で行っているため、日英同盟以下の日本海軍連合艦隊へは、助言という形で伝わっていたと見るのが自然だと思います。実際、日露戦争では巡洋艦春日、日進が駆逐艦から無線で弾道修正の指示を受けながら射撃を行っていましたが、旅順のロシア海軍から電波妨害を受けて一時的に撤退しています。
1
うえだしたお @YT1093 2018年5月26日
久松五勇士の奮闘は、日本人が自らの生命、自由、安全だけではなく、公的秩序=より大きな国民のために、身の丈に応じて自分にできることをやったという意味で、後世に語り継ぐ価値のある行為だと思います。公徳心の在りかたを問う意味で忘れがたい逸話ですね。
2
TgrxFZ9Y3 @Y3Fz9 2018年5月26日
日露戦争時の日本は海底ケーブルを作れなかったから無線技術が発展した。WW1は英国を多くの国がケーブルで経由してたのでやりたい放題だった。米国すら出し抜けた。太平洋戦争の激戦区も海底ケーブルを経由してる場所だった。 http://www.tanken.com/kaitei.html http://www.tanken.com/kaitei8.jpg
4
TgrxFZ9Y3 @Y3Fz9 2018年5月26日
ここを取られるとどういうことになるかは、再びスノーデンが思い出させてくれたわけだ。 あらゆる通信を暗号化して情報を必要とされる時間内に解けなくても、別の方法で穴がある。 だがそこを利用しないといけないジレンマ。
2
うえだしたお @YT1093 2018年5月26日
ほう、探検コム、きわめて詳細で面白いですね。文体から察するところ読売あたりの記者でしょうか。よいものを拝見させて頂きました。
0
あえいおう @fjtn8703 2018年6月4日
アレクサンドル3世の王妃の姉はイギリス王エドワード7世の王妃で仲が良かったみたいだけどね。この時代は王室の婚姻の影響力はあまりない時代。まあデンマーク王のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン対策だったのかもしれないが。
0
tera045 @tera9719 2018年6月4日
>朝鮮半島や南シナ海には光ファイバー網が張り巡らされている。 聞いたことない。SOSUSのことじゃないよね?
1
raven @raven2020 2018年6月4日
情報でバルチック艦隊に勝った日本海軍が、なんでWWIIではガバガバ暗号とポンコツ航空無線機と電探後回しで戦争やってたのか……(太平洋戦争 日本の敗因〈3〉電子兵器「カミカゼ」を制す)。日露戦争では英国が手取り足取り教えてたからできただけとか?
0
火雛@香港加油 @HibinaKageori 2018年6月4日
1800年代にもう海底ケーブル作れたのか!!
0
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2018年6月4日
マルコーニさんは無線機の売り込みも自分でやってたんだけど、「ろくな学歴もないイタリア人の自称発明家が怪しい機械持ってる」「電線なしで通信できる?アホか」となってしまうので税関通るたびに苦労してたらしい
1
首くくり春夫 @Uzoumuzou1467 2018年6月4日
ここまでしっかり情報をちゃんと扱ってたのに、37年たってなんであそこまでガバガバのガバンチョになってしもたんや。
0
首くくり春夫 @Uzoumuzou1467 2018年6月4日
最近の保守界隈は明治を神聖視している感があるけど、こういう話を聞くとそう思うのも仕方ないかという気もしないではない。(まぁこの裏ではトホホな話も沢山あったのでしょうが)
0
つら @tsuramisan 2018年6月4日
第零次世界大戦と呼ばれる理由の一つ、これが題材となるであろうINREさんの新作ゲームが楽しみ(ダイマ
0