芝村裕吏さんのデザイナーズノート:Aの魔法陣と東国争乱を例に

芝村さんにお伺いした、Aの魔法陣と東国争乱のデザインアプローチについてのお話。 ゲームデザインは目的に応じて様々な方法がありうる、というのが個人的理解。 ゲームの自作を志す諸氏の参考になれば。
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芝村裕吏 @siva_yuri
しかし。つくづくつぶやく話題がないものだ。自分で言うのも何だが、俺の生活、暇だな。
芝村裕吏 @siva_yuri
お暇が一番ですか。 ふむ。そう言われるとそんな気になるのが楽天主義者のいいところですね。 ではいつも通り怠惰で猫な生活を楽しもう。
od @odododod
@siva_yuri お休みのところ申し訳ありません、話題をひとつ。Aの魔法陣は設計段階では数式記述であった、と以前雑誌のインタビューで目にしました。東国争乱も数式で設計されたのでしょうか? また、それはプレイヤーとシステムの数理モデル化ということなのでしょうか?
芝村裕吏 @siva_yuri
Aの魔法陣は設計段階では数式記述であった、と以前雑誌のインタビューで目にしました。東国争乱も数式で設計されたのでしょうか? また、それはプレイヤーとシステムの数理モデル化ということなのでしょうか? ですか。
芝村裕吏 @siva_yuri
ゲームデザインも漫画の原作も、あるいは男女の愛し方であろうと、100万の方法があります。私の場合は気分で変えますね。 方法論が変われば結果が変わるのです。
芝村裕吏 @siva_yuri
逆説的に複数の手法で競作して比較したりフィードバックする時もあります。 Aの魔法陣の時は日本語を使うのがエレガントでない気分だったので、まずは全部を数式で表現し、しかるのちに日本語化しました。
od @odododod
@siva_yuri ありがとうございます。なるほど……実はゲームを自作しようとしたり知人の自主製作ゲームに意見しようとしたりすると、「あれ、今自分が言おうとしてるのはAの魔法陣でいうところの○○だぞ?」とたびたびなりまして。設計の汎用性に驚嘆している次第です。
芝村裕吏 @siva_yuri
東国争乱では私の担当の編集者が足し算が(私を前にてんぱってた関係で)出来ない人だったので、まずは足し算抜きで遊べるゲームの開発をすることにし、足し算のない世界の人間はどう物事を認識しうるのかを脳科学などを交えて勉強しました。
od @odododod
@siva_yuri これはまず数式で記述したことで一般性が生まれ、ついでそれを日本語化するにあたっていろいろな翻訳が可能性としてありうるがために、さまざまなゲームに対応した翻訳=応用的適用が可能となっている、ということなのかな、と思いました。
芝村裕吏 @siva_yuri
同物事が見えるかの差異があれば、所詮は初歩の数学の問題です。しかるのちに基本の基本、論理演算を組み合わせて足し算のない世界に足し算を作り、これを代用にしてシステムを記述し直しました。
芝村裕吏 @siva_yuri
AND,OR,NOTを使って、電卓を作ったことがあると思います。それの応用で新しい事はしてませんね。
od @odododod
@siva_yuri なるほど……すみません、実はまだ東国争乱が入手できておりませんで……入手の際にはデザイン技法に注意して拝見させて頂きます。
芝村裕吏 @siva_yuri
その上で、基礎システムは別にどうでも良い話でして、東国争乱の主眼となる部分は現代の学説に沿った史観の再現にこそありました。 そう言う意味では歴史の知識を現代の最新にアップデートして、再分析かけるほうに時間をかけました。
芝村裕吏 @siva_yuri
戦国時代とはなんで、どんなものか。それをどう表現すべきか。 現代人が戦国時代を見て、分析したり判断したり、なるほどと思う尺をどうするかが、ゲームデザインの肝でした。 このあたりは東国争乱のデザイナーノートにも書いております。
芝村裕吏 @siva_yuri
戦国時代とはなんで、どんなものか。それをどう表現すべきか。 現代人が戦国時代を見て、分析したり判断したり、なるほどと思う尺をどうするかが、ゲームデザインの肝でした。 このあたりは東国争乱のデザイナーノートにも書いております。
od @odododod
@siva_yuri なるほど、これまで解説などで伺ってきた「生産力の増大を背景とした、山城から平城への移行」などの要素からいっても、シミュレーションの本義からいっても、たしかに主眼は史観の再現ですね。そこを見失っての数式云々の議論は眼目を外してますね。失礼しました……
芝村裕吏 @siva_yuri
上野の科学博物館のミュージアムショップで、計算尺がおいてあります。時間と距離を対数に取った計算尺です。 対数によって人間の分かる感覚に落とし込む、いいアイデアですね。では東国争乱では何を尺にしたかというと、米です。
芝村裕吏 @siva_yuri
当時は米が経済の尺度でした。 これは、信長以降だんだんと崩れ、最期江戸の元禄時代で完全崩壊し、米は経済力指標とはいえなくなります。 加賀の一部などで8公2民などの極端な税制にでる背景はこのあたりにあります。
芝村裕吏 @siva_yuri
ですが、戦国時代そのものにおいては、米は米本位制というべき状況にあり、このあたりをどう、現代人に認識させて腑に落ちる状況に引き込むかが、もっとも大切な部分でした。
芝村裕吏 @siva_yuri
デザイン手法において東国争乱では、このあたりの尺と、認識のさせるための、哲学を打ち立て、しかるのちにそれを表現するという方法をとってます。 数学的なだけの手法とどちらが優れて居るかと言えば、最初に言ったとおり、甲乙はないですね。
芝村裕吏 @siva_yuri
odさんの発言:実はゲームを自作しようとしたり知人の自主製作ゲームに意見しようとしたりすると、「あれ、今自分が言おうとしてるのはAの魔法陣でいうところの○○だぞ?」とたびたびなりまして。設計の汎用性に驚嘆している次第です。(続く)
芝村裕吏 @siva_yuri
odさんの発言2:これはまず数式で記述したことで一般性が生まれ、ついでそれを日本語化するにあたっていろいろな翻訳が可能性としてありうるがために、さまざまなゲームに対応した翻訳=応用的適用が可能となっている、ということなのかな、と思いました。 ですか。
od @odododod
@siva_yuri なるほど、理解できました。たしかにシミュレーションを本義とする以上はシミュレーションの記述こそに軸足がおかれるはずですよね。ありがとうございます。
芝村裕吏 @siva_yuri
まあ、元が数学の所産なので、抽象化とそれの応用範囲は親譲りですね。 でもまあ、それだけです(笑) だからといって数学は庶民に愛されているとはとても言えないので、まあ、数学はわからんけれどもパスカルは偉大だべと言われる程度に親しみやすく翻訳したいものですね。
芝村裕吏 @siva_yuri
ということで、以上説明終わり。次。
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