女退魔師が迷い家にすむ座敷童を滅しようとして身も心も屈する話。

そういえば梅雨どきって温泉空いてるって話だけどいまはシニアや海外からの観光客も多いしそうもいかないよね。
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帽子男 @alkali_acid

迷い家(まよひが)に暮らす座敷童(ざしきわらし) すがたかたちは童形なれど、決して油断はできぬ神霊あるいは変化。 住みついている山に道路を通すため、女退魔師は万全の構えをもって臨んだが?

2018-03-26 22:29:14
帽子男 @alkali_acid

前髪パッツンに着物姿。細い目に細い眉。 「かけだしならば甘く見るところだろうが、俺(おれ)ははじめから見敵必殺でゆく…無駄に抗うな」 初めから破邪の霊刀を抜き、奥義をもって斬り払うつもりだ。 「よーくきなされたの」 座敷童はペコリ。 「まんずまんず遠いところから」

2018-03-26 22:32:58
帽子男 @alkali_acid

「お食事になさるだか?お風呂になさるだか?もうお休みになるだか?」 「…は。舐められたな。そんなことで、俺の意表をつけるとでも」 「お食事でしたらの、今日は朝、タケノコがぎょうさんとれましての。タケノコご飯が炊けますだで」 「タケノコご飯…いや、俺は油断せぬ!」

2018-03-26 22:35:01
帽子男 @alkali_acid

もっくもっくもっく 「おかわりはどうなされますだ?」 「もらおう」 「わらびのおひたしも、もうちょっと召し上がられますかの」 「もらおう」 「いまお持ちしますだでの」 「うむ…」 下がる座敷童。見送る女退魔師 「無駄だ。毒を盛ろうが鍛え上げた退魔師の体には通じん…」

2018-03-26 22:37:04
帽子男 @alkali_acid

「そして俺はいつでも…斬れる…奥義を放てる態勢だ」 「お客さん。お風呂は、内風呂になさいますだか?露天風呂の方になさいますだか?」 「露天かな」 「そんなら、ちょこーっとついてきてくだせえまし」 廊下をてくてく進んでいく。 「…こやつ…俺に背を見せるとは…」

2018-03-26 22:39:08
帽子男 @alkali_acid

すり足で結構早く進んでいくおかっぱの小さな姿。 「そうやって無防備にふるまいながら、その実…隙が…隙だらけだ…」 「お客さん。ここが露天風呂になっておりますだで。お着替えの浴衣お持ちしても構いましねだか?」 「ああ、うん…」 「お召し物は、お洗濯させていただいて構いましねだか?」

2018-03-26 22:41:05
帽子男 @alkali_acid

カッポーン 「なるほど…風呂に入れば霊刀をそばから離さねばらなないという策か…姑息…だが俺は油断せん…子供のなりをしても妖怪変化は妖怪変化…それに霊刀は湯煙ごときでは錆びぬ!俺が呼べば空を過って飛んでくる…この程度のはかりごとで」 「お背中お流ししても構いましねだか?」

2018-03-26 22:42:51
帽子男 @alkali_acid

「か、構うわ!」 「そんだか。そんではごゆっくり」 「く…お、俺としたことがやつに弱味を見せるなど…いや待て!流してもらおう!」 「そんだか。そんでは失礼して」 着物の裾だの袖だのをはしょった三助姿の座敷童。白い手足がのぞく。 傷だらけの筋肉質な裸身をさらす女退魔師。

2018-03-26 22:44:46
帽子男 @alkali_acid

「ふふ…怖いか…この胸に走る傷は、河童と戦ったときのもので」 「まんずまんず。たいそうなことでごぜますだ」 ごしごし。へちまで洗ってくれる。 「んっ…きもちいいなこれ…だが…俺は油断せぬ…呼べばいつでも霊刀が」 「おぐしもきれいにさせていただいて構いましねだか?」 「うん」

2018-03-26 22:46:24
帽子男 @alkali_acid

全身隅々まできれいに。 「お湯につかりながら、お酒はお召し上がりますだか?」 「ほう…もらおう…だがのぼせて倒れるなどとは思うな。かつて火山で土蜘蛛と戦ったときは」 「そんでは失礼して」 お盆に燗をつけた酒と杯。湯につかって飲みつつ、あおげば空のむらくもが切れて下限の月。

2018-03-26 22:48:51
帽子男 @alkali_acid

明るい光が照らすは山桜。白い蛾が夢の如く群がり舞う。 眺めていると離れたところからまた座敷童の声。 「お琴などお聴かせしても構いましねだか」 「ああ…だが…油断は…」 母屋の方からぽろぽろと聞こえてくる旋律。 夜のしじまに響き渡る。

2018-03-26 22:50:30
帽子男 @alkali_acid

浴衣というか襦袢というか、着替えは白絹なのか肌に快い。 「く…油断はしないつもりだったが…これは…かなり…」 「洗面台はそちらになっておりますだ。そんで、お布団は鶴の間に敷かせていただきましただ。何かあればお部屋の呼び鈴を鳴らしてくだせ」 「よかろう…首を洗って待ってろ」

2018-03-26 22:52:35
帽子男 @alkali_acid

「やつの企みは読めた。こうして俺をくつろがせ、だらしなく寝入ったところで牙を剥くつもりだな」 歯をしゃこしゃこ磨き、糸ようじなぞも使いながら瞳を光らせる女退魔師。 「だがそうはいくものか」 さらに髪に椿油、肌に凝乳などもきめて布団に戻る。

2018-03-26 22:54:51
帽子男 @alkali_acid

布団に入り、かっと双眸を開く。 「さあ来い!…俺は決して油断せぬ。姿形が子供だからといって!母性をくすぐられるやわな女ではないのだからな!」 ふっと蝋燭が消える。あたりが暗く。 「いよいよ来るか…やつが攻めかかるときが斬る最大の好機」 しじまが訪れる。 「来るか…」

2018-03-26 22:56:52
帽子男 @alkali_acid

「来る…来る…きっとくる…く…ぐう…」 ふかふかの枕に頭をうずめたまま( ˘ω˘ )する女退魔師。 どれほど時間が経ったろうか。 どこかで声がする。 「お客さん。おはようごぜえますだ」

2018-03-26 22:58:00
帽子男 @alkali_acid

「ぬかった!!」 跳ね起きる女退魔師。手を掲げると霊刀が飛んできて掌に収まる。 「決着をつける!」 「朝風呂に入られますだか?朝餉になさいますだか?二度寝をされますだか?」 「え…朝風呂かな…」 「内風呂?露天風呂?」 「露天かな…」

2018-03-26 22:59:42
帽子男 @alkali_acid

日の光のもとで見ると、露天風呂から見下ろす斜面には、山桜のほかにも雪柳やさまざまな野の花が咲き誇っている。 「ふ…花で退魔師の気をそごうとは…なんとも舐められたな」 鶯が鳴く。ホーホーホーホケキョ。 ホキョ。ホケ、ホキョ。 「へたなやつがいるな」

2018-03-26 23:01:42
帽子男 @alkali_acid

朝餉は小さな川魚の甘露煮に温泉卵に菜花のおひたしに白飯にたらの芽のお味噌汁。桜の花の砂糖漬けと薄い緑茶も出る。 「お弁当はお入りですだか?」 「お弁当?」 「おむすびとお茶だども」 「もらおうか」 笹の皮に包んだおにぎりと竹の水筒に入ったお茶。 昨日のタケノコご飯の残りらしき。

2018-03-26 23:05:20
帽子男 @alkali_acid

「またいらしてくだせまし」 「ああ…いずれな」 迷い家の戸口を出て三、四歩進んだところで、さっと振り返る女退魔師。 「ってちがああああう!!!!!」 だがそこにもう屋敷はなかった。

2018-03-26 23:06:35
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 「いや退魔師協会一の凄腕と聞くあなたに依頼してよかった。このバイパスが通れば、物流がとどこおりがちな海側に新しい導線ができますから、大雪などの災害のときにも安心です」 「…むう」 「流石に一刀無敵と名をとるだけのことはおありだ」

2018-03-26 23:08:54
帽子男 @alkali_acid

「これまでも我が社のものが警備員なども連れて何度もあの妖怪?をどかそうとしたのですが、みんな妙にくつろいだ表情で帰って来るばかりか…"春が終わるまではいいんじゃないですかねえ?"などと腑抜けたことを」 「むむぅ…」

2018-03-26 23:10:53
帽子男 @alkali_acid

「さっそく環境影響調査にかかります!いやー助かった助かった」 背広に眼鏡の若い男がうれしそうに仕事に戻っていく。 女退魔師は霊刀の鞘を握りつつ、考え込む。 「次はもうちょっと…油断してもいいか…」 などとひとりごちながら。

2018-03-26 23:13:07
帽子男 @alkali_acid

女退魔師である必然性がいっさいなかった。

2018-03-26 23:22:23