【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」】

横山光輝「三国志」を一話ずつ解説してみようというコーナー。第169話「太史慈の最期」の巻。 ※解説はbotさんの個人的見解です。 ※今回の話は、大判・横山光輝「三国志」第10巻に収録されています。
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横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」01】 第169話です。タイトルでネタバレしていますが、今回で太史慈さんが退場となります。 前回、手痛い損害を受けた孫権。決着もつけられず、あたら有能な士を多く死なせてしまった、と嘆きます。

2018-06-19 12:33:20
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」02】 これを教訓となさいませ、と呉の重臣、張紘が孫権に諌めの言葉をかけます。我が君(=孫権)は若く、ともすれば血気にはやり、無茶をされる。そんな勇気は捨て、王者の道を歩むことに心をつかうべき、という言葉に、孫権も以後は慎むと答えます。

2018-06-19 12:38:41
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」03】 さて、戦況は膠着状態となっていたわけですが、ここで、太史慈が孫権に進言します。実は、太史慈は部下の戈定という者を敵兵に紛れさせ城内に忍び込ませていると言います。この戈定、張遼の馬飼いと兄弟でして、兄弟で城中から火の手を上げると。

2018-06-19 12:41:11
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」04】 その後、城門を開ける手はずだというと、ほう、と孫権は興味深げな顔をします。願わくば、五千の兵をもって城内になだれ込み、張遼の首をとってみせる、という太史慈の言葉に、手はずが整っているならやれい、と孫権は太史慈の策を認めます。

2018-06-19 12:43:57
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」05】 さて、合肥城の城内は、例の兄弟が行動を起こそうとしています。皆が寝静まった頃を見計らって、火を放ち、謀反人だ、裏切り者だと叫んで、敵を混乱させ、そのどさくさに紛れて城門を開くという手順を確認。成功すれば出世は間違いなしです。

2018-06-19 12:45:33
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」06】 張遼は将校たちが、大きな戦果をあげたのだからよく働いた部下たちに酒の一杯ものませてやってはいかがでしょうという進言を、ならん、の一言で却下。戦はいつまで続くかわからんのに、一日の勝利で戦に勝った気分でいるのはおかしいと言います。

2018-06-19 12:48:11
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」07】 今までどおり、気を緩めず、夜回りも厳しくするようにと厳命。将校たちは手柄を立てた時くらい部下を慰労してやればよいものを、とぶつくさ文句を言います。張遼は、兵士たちの士気が緩んでいる雰囲気に危機感を持っています。

2018-06-19 12:50:12
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」08】 戈定らの兄弟は、馬の飼料と思われる干し草に火を放ちます。火はすぐに燃え広がります。そして、謀反だ、裏切りだ、と叫びながら走ります。この事態に兵士たちも起き上がり慌てます。このままいけば、大混乱になるのは間違いなさそうです。

2018-06-19 12:52:09
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」09】 騒ぎを聞いた張遼も起き上がります。鎧を持ってくるようにと命じ、鎧を装着。慌てて現場に飛んでいくわけでもなく、起こった事態について考えを巡らせていたのでしょうか。部下が、謀反人が現れたと報告にやってくると、あわてるな、と一言。

2018-06-19 12:54:08
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」10】 自分は寝ていなかったので、最初から騒ぎの声を聞いていた。裏切り者、出火だと叫ぶ声は二色ぐらいでしかなかった。おそらく、二、三人の者が城内を混乱させるためにやっているのだろう、と冷静に分析。乗せられてはならぬ、兵を静めよと命じます。

2018-06-19 12:56:07
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」11】 みだりに騒ぐものは切り捨てよ、と言われ、部下たちも落ち着きを取り戻します。少人数で混乱を起こしても、こちらが乗らなければ、敵は手出しできぬはずだ、と敵の意図を考えます。この事件、城外と示し合わせた上のことかと推理します。

2018-06-19 12:58:03
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」12】 ここで李典がやってきて、馬糧小屋に火をつけている者を二人捕らえたと言います。戈定らはあっさり捕まってしまっていました。張遼は即座に二人の首を刎ねさせます。そして、西門に兵を集結させろと命じます。

2018-06-19 12:59:43
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」13】 そして、口々に謀反人だ、裏切り者だと叫ばせながら城門を開けと言います。李典はどういうことか、と疑問を呈すると、張遼は、おそらくこの混乱は示し合わせたうえの行動だから、きっと敵は外で待ち受けているに違いないと張遼は説明。

2018-06-19 13:01:04
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」14】 納得した李典は、ただちに兵を集結させます。 さて、城外。太史慈は城内に火の手が上がったのを確認します。手はず通りに城門が開いたのを見て、よしいくぞと、城に突撃します。城内に入ったところで張遼が合図を出します。

2018-06-19 13:02:55
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」15】 予め敵がやってくる方向がわかっていれば、こんなに簡単な狩りはありません。弓矢で呉軍を狙い撃ち。太史慈も何本も矢を受けついには落馬。ついでに助けようとした部下にも容赦なく矢が突き刺さります。

2018-06-19 13:04:53
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」16】 大将を失った呉軍は一斉に退却。張遼は追撃を命じ、そのまま呉軍に突入せよと命じます。 呉の陣営では、味方の兵がズタボロの状態で戻ってきます。太史慈の作戦は失敗だと聞いた呉軍。さらには敵襲を受け、大混乱に陥ります。

2018-06-19 13:07:09
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」17】 魏軍は目についた呉軍を次々に斃し、火矢を放って呉の陣を燃やしていきます。 夜が開ける頃には、戦場は呉兵の死体が多数転がっている状態。呉は大損害をこうむりました。

2018-06-19 13:09:51
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」18】 結局、この陣を解き、南徐(なんじょ)の潤州まで敗退せざるを得なくなりました。 この戦いで呉が得たものは何もありません。それどころか、太史慈始め、有力な将を多数失う結果となりました。

2018-06-19 13:27:25
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」19】 太史慈としては、孫策以来の功臣だったわけですが、なんとも無念な最期となりました。吉川三国志では、心残りが多いと言って死んでいったという描写がありますが、横山版では、うぐぐ、の三文字で絶命。こちらの方がリアルだったと思います。

2018-06-19 13:31:17
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【横山光輝「三国志」講座169「太史慈の最期」20】 かくして、呉は手痛い大敗を喫したわけです。一方、劉備玄徳の方の周辺も異変が起きるわけですが…、これはまた次回となります。 今回はここまで。

2018-06-19 13:32:21