『魍魎の匣』と後期クイーン的問題

推理作家協会賞70周年記念評論・書評応募原稿とそれにまつわるつぶやき
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@quantumspin

まとめを更新しました。「似非としての後期クイーン的問題」 togetter.com/li/1146614

2018-01-01 13:18:29
@quantumspin

『魍魎の匣』と後期クイーン的問題|琳 @quantumspin|note(ノート) note.mu/quantumspin/n/…

2018-06-30 13:55:57
@quantumspin

推理作家協会70周年評論・書評の第二回分が掲載されていますね。残念ながら入賞はなし。奨励作に秋吉亮平さん『通俗的な、余りに通俗的な――初期連城文学試論』が選ばれています。mystery.or.jp/review/index.h…

2018-03-17 17:08:27
@quantumspin

拙論『『魍魎の匣』と後期クイーン的問題』は残念ながら選外。〝我田引水〟と思われてしまう論理展開の弱さが反省点でしょうね。正直、4000字には窮屈なテーマでした。

2018-03-17 17:20:50
@quantumspin

ただ、『後期クイーン的問題を京極作品に当てはめることについての妥当性を問う』とまで言ってしまっては少々違和感を感じてしまうのは私だけかしら。

2018-03-17 17:24:56
@quantumspin

よく知られている通り、後期クイーン的問題の語源とも言われている笠井潔『探偵小説論』では、『鉄鼠の檻』が後期クイーン的問題に引き付け論じられているし、恐らくはその前提にある鷹城宏『あやかしの贄』も後期クイーン的視点から京極作品を論じている。

2018-03-17 17:37:16
@quantumspin

さらには柳川貴之『境界線上の陰陽師』もまた、京極作品を後期クイーン的問題の応答として読解した論評に他ならないし、横濱雄二『憑物落とし、あるいは二つの物語世界の相克』も柳川同様の問題意識に貫かれている。

2018-03-17 17:43:22
@quantumspin

こうした議論の積み上げを踏まえて新たな視点を提案したつもりだったので、論理展開の脆弱性を指摘されるならともかく、『後期クイーン的問題を京極作品に当てはめることについての妥当性を問う』と言われてしまうと、私などはやはり違和感を感じざるを得ないのだ。

2018-03-17 17:49:57
@quantumspin

とはいえそういう文脈の説明をすっ飛ばした私の評論が拙いのであり、結局のところ4000字には窮屈なテーマを選んでしまったのが敗因なのでしょう。

2018-03-17 17:56:28
@quantumspin

次回次々回がんばります。

2018-03-17 17:58:10
@quantumspin

批評と研究との違いというのも実はあまり詳しくないのだが、なんとなく、解釈を発明するか真理を探求するかの違いのように使い分けていたりする。

2018-06-03 22:05:19
@quantumspin

じゃあ理論(モデル)は解釈だから批評に属するものであって、研究には属さないのかとか、いろいろつっこみどころありそうな話ではあるが。

2018-06-03 22:09:30
@quantumspin

探偵は研究者なので「真実はいつもひとつ!」といいたがりますが、評論家はたぶん発明家なので「当業者は容易に想到し得ない!」と言いたがっているイメージがあります。

2018-06-03 22:16:50
@quantumspin

自分が評論をやるきっかけとなったのは法月さんの論文ですが、彼の評論が客観的真理を目指していないのは一目瞭然であって、テクストの限界にまで作者の意図を押し広げようとする、どこか暴力的なまでの解釈は発明としか言いようがない。

2018-06-03 23:04:16
@quantumspin

ああいうぶっとんだ読み方を見せつけられると、もはや普通の読み方には戻れなくなるので、ある意味で評論とは「呪い」の一種のようにも思っています。

2018-06-03 23:26:47
@quantumspin

発明といえば、発明は(技術的)矛盾から生じるとかいった雰囲気の議論を展開したのはアルトシューラですが(うろ覚え)、メタレベルから矛盾を包括してしまう思考プロセスはどこか弁証法を連想してしまいます。

2018-06-04 20:45:57
@quantumspin

この弁証法という論法は謎解きっぽいためミステリ評論と相性がいいのか、私は結構な頻度で使ってしまいます。先の『『都市伝説パズル』と後期クイーン的問題』の論理展開も弁証法的と言えるんじゃあないかと思います。

2018-06-04 20:56:34
@quantumspin

しかし弁証法のような(批評)論法はあくまで批評的であって、たしかに謎解きっぽくはあるけれど、探偵が行う推理とはまた別物に感じます。唯一の真相にたどり着くためには、やはり手掛かりは無矛盾でなければならないように思います。

2018-06-04 21:15:08
@quantumspin

そういう意味で、大分前の話題になりますが、たぶんミステリ評論はミステリではないような気がしていますが、もしかしたらミステリ研究はミステリと言ってよいものかもしれません。

2018-06-04 21:23:11
@quantumspin

芥川研究をそのまま小説化した某名作もやはり研究であって評論ではないからこそ、(日常の謎派)ミステリと呼ばれるのだろうと感じます。

2018-06-04 21:35:51
@quantumspin

とはいえそんな話をし始めると、じゃあ憑き物落としは探偵小説(客観的真理の探求)ではなく批評(発明、呪い)の類だったのか、という疑問がまあ湧いてくるわけで、そのあたりをもう少し形式的に論じたのが落選した『『魍魎の匣』と後期クイーン的問題』なわけです(宣伝)

2018-06-04 23:01:06
@quantumspin

批評=呪いの倫理について考えていくと、個人的にはやはり〝憑物落とし〟に辿りついてしまいます。最近『『魍魎の匣』と後期クイーン的問題』という評論を書いたせいでもあります。

2018-06-28 18:19:41
@quantumspin

もし批評=呪いという等式が成り立つとすれば、呪いとは他律ですから、批評はリベラリズム的な意味において倫理に反しています。一方憑物落としとは他律状態を自律状態に変換する作業ですから、これは極めて倫理的行為という事になります。

2018-06-28 18:23:17
@quantumspin

一方で批評=発明という等式も成り立ちそうですから、そうすると発明(人工物)は呪いの一種であって、個人の自由を侵害する、倫理に反する行為という事になるようにも思えます。確かに人工物は世界認識を一変させますし、文化的行為を律しもします。

2018-06-28 18:34:57
@quantumspin

そうすると、人工物に対する憑物落としが発明に対する倫理的行為という事になりますが、これは結局のところ、道具に使われるのではなく道具を使いこなしなさい、といった話になりそうに思えます。

2018-06-28 18:40:48
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コメント

@quantumspin 2018年8月5日
まとめを更新しました。
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