せんしぐ夏休み2018

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

午前五時、アラームを解除してイヤホンを外す、暗い室内で携帯電話のライトだけが瞳に映った。案外起きれるものなのだな、と自分に感心していればちょうどよく「起きれたかい？」というメッセージが届く。 #せんしぐ夏休み

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「起きれたよ」「良かった、忘れ物しないようにね」「時雨もね」ぽつり、ぽつりと送受信しながら妹二人を起こさないように抜け出して、身支度を整えたら纏めておいたリュックを背負った。「いってきます」外は意外と、朝焼けが目に眩しい。

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

駅につくと木陰で涼んでいる時雨を見つけた。朝なのにもう蒸し暑いことに辟易しながら、手を振れば、時雨はふわりと笑って手を振り返す。「おはよう、川内さん」「おはよ、時雨」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

切符を買って快速電車に乗り込むと、うまいこと座れてようやく一息ついた。「時雨のコロコロ上にのせようか？」「とりあえず足元でいいかな」「ん、そか、いいなぁコロコロ」「姉さんに借りたんだ。でも向こうについたら砂利道で苦労するって言われたけどね」「確かに」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「神通さんと那珂さんは元気？」「元気だよー、神通は合気道の試合と強化合宿と、那珂は色んなイベントで歌ったり踊ったりだってさ」「へぇ、すごいや」「そっちのみんなは？」「元気だよ、あ、江風がカブトムシ獲ってきてって」「お、いいねぇ」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「さて、こっからが長い」「着くのは昼過ぎかな」「寝るぅ」「おやすみ」「その前にお腹すいた、朝ごはんまだだったし」「あぁ」「おにぎり！」「僕も食べようかな」「時雨もおにぎり、一個交換しよー」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「鮭おにぎり」「うちは鮭フレークが常備してあるからね、ところで川内さんこのおにぎりイチゴジャムの味がするんだけど」「ほんとだー」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「ごはんですよと間違えた」「そっか」「この前食パンにごはんですよをかけて食べたけど美味しかったよ」「そうなんだ」「やっぱり美味しくない？」「不味くはないよ、イチゴジャムおにぎり」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「もう一個もたぶんイチゴジャムなんだろうな」「交換するかい？」「いやいや、食べますとも」「そう、これは緑茶と紅茶のどっちが合うかな」「緑と赤を混ぜると黒……つまりコーラ！」「コーヒーもいいね」「目がさえる、というより目が覚める味だ、あー、眠気飛んだ。時雨、しりとりでもしよう」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

しりとりだけで時間がつぶれるはずもなく、雑談を交えて、いつのまにか終わっていたしりとりの代わりに色々と言葉遊びや手遊びをしていればようやく目的地に到着。駅員さんに切符を渡して外へ出れば、太陽の光を遮るものは何もなく、青い空と青々とした広い大地が私達を出迎えた。「バスまであと30分」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「いいとこだね」「ね、おじいちゃんも迎えに来てくれたらいいのに」「仕方ないよ、車がないと難しいし免許はもう返したそうだし」「言ってみただけだよ、それにしても、うん」「どうしたの？」「いや、私と時雨の血が繋がってるのってなんだか感慨深いなって」「なにそれ」「なんとなく、うん面白い」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「でも法律だと従姉妹は結婚できるらしいし、そんなに近くもないかもね」「親の親が一緒なのに、それも面白いなぁ」「うん、僕と川内さんは……似てる、のかな？」「んー、似てるところもあるし、違うところもあるよ」「誰とだってそうじゃないかな」「かもしれない」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

バスには誰も乗っていなかった。一番後ろの席に悠々と座る。窓の外はひたすら緑に溢れていて、どこかホッとした。「おばあちゃんとおじいちゃん元気かな」「元気だよ、きっと」エンジン音、蝉の声、隣の時雨が鞄を開ける音。「食べるかい？」差し出されたチョコレートをありがとう、と受け取った。

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

バスから降りて暫く歩くと、時雨は砂利道でスーツケースを引っ張るのに四苦八苦していたが、ようやっと目的地に辿り着く。畑で草むしりをしてるおじいちゃんに手を振り、いらっしゃい、スイカ食べるかい？と言うおばあちゃんに「食べる！」と二人で返事をした。

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

長時間の移動から疲れがどっと来たためにスイカを切ってくれている間に、扇風機のスイッチを入れてその前にごろんと横になる。時雨も疲れと暑さには勝てなかったようで、するりと私の隣に寝転んだ。「あ、にゃん太」「にゃーん」「久しぶり、ぐえ、踏まないでよもー」「わぷ、にゃん太顔はやめて……」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

猫の襲来に耐えながらぐだぐだしていれば、切れましたよ、とのことで、今日は二人しかいないので真ん中あたりを取り合うこともなくシャクリとかじりつく。時雨はかじりつく前にスプーンで種を取り除いていた。「でも中の種はとれないよね」「そこが悩み所だね……」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「な、なんでもないよ」こちらに向けていた視線をそらしてまたスプーンをスイカに差し込んだ。首をかしげ、私はまた、種を吐き出した。

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「今日はもうなにもしたくない」座布団を重ねて安住の地を作り上げ、にゃん太を撫で回しながらそう宣言した。「そうだね、移動で疲れてるし夏休みもまだ始まったばかりだし、ゆっくりしようか」ニコニコと綺麗な姿勢の正座で本を読む時雨はそう言い、私はぐでーっと横になっている。

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「明日、いや明日だけじゃなくて、計画を立てよう、夏休みの計画」「いいよ、何がしたい？」「えーと、海、はないから川に行こう！あとは、虫取りして肝試しに夏祭り、花火もやりたい！」「うん、楽しそうだね」「時雨は、何かやりたいことないの？」「僕？僕は……川内さんと遊びたい」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「おー、何して遊ぶ？」「なんでも、とにかく君と遊び尽くしたいって、思うよ」「遊び尽くすかぁ、そうだね夏だもの、遊び尽くさなきゃ」「そうだよ、夏だもの」「ふ、くくっ。あー、夏だぁ！」「うん、夏だね」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

ひとしきり笑って、心地よい風に身を任せた後の微睡みから目を覚ますと、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐった。「もうすぐお夕飯ができるって」「そっかー、ん、時雨それは随分と懐かしいものを」「懐かしいって川内さんもあるでしょ夏休みの宿題」「内容だよ内容、質問してくれてもいいんよ？」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「じゃあこの問題なんだけどさ……」「ふむ、うんうん、なるほどねー、ところで夕御飯なにかなぁ」「川内さん？」「冗談だって、解き方はあってるよ。ここでプラスマイナス逆にしてる」「あっ、ありがとう」「頑張れ若人」「川内さんはやらないの？」「私は8月31日に命かけてるから」「川内さん……」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

「おふとん敷いた」「あ、僕も」「一緒に寝よ」「暑くないかい？」「あったかいよ」「そう、なら一緒に寝ようか」「うん！」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

お布団を蹴っ飛ばして、時雨をぎゅーっと抱き締めて、汗だくな朝。今日も青い空が広がっていた。「さぁ時雨、遊ぼうよ！」「まずは朝ごはんを食べようね」「はぁい」

蘆蕪（きょむ） @ashi_kabu

ご飯にお味噌汁、焼いたお魚でお腹を満たせば時雨と一緒にお片付けしてすっかり目が覚める。「そうだ」「うん？」「神社に挨拶行こうよ」「あぁ、山の上の」「そう、虫除けスプレーしとかないとね」「うん、日焼け止めもしっかりしなきゃ」「時雨は肌白いからなぁ」「川内さんだって白いじゃないか」