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『高畑勲氏が死去…昨年夏頃に体調崩し入退院を繰り返す』 宮崎駿監督(77)と並ぶ日本アニメーション界の巨匠で、ジブリ映画「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」などを監督した高畑勲氏が5日、東京都内の病院で死去した。82歳だった。 sanspo.com/smp/geino/news…
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高畑勲は単にアニメ監督の重鎮というだけでなく日本的「アニメ」の礎を築いた作家だ。高畑勲がお子様向けと思われていたアニメに、ある意味で実写を超える実証主義と本格的なドラマ演出を導入しなければ日本的「アニメ」の隆盛はなかった。高畑勲がいなければ宮崎駿も富野由悠季も生まれなかったのだ。 twitter.com/mainichi/statu…
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高畑勲の名を高めた「アルプスの少女ハイジ」を、多くの日本人は他のカルピス劇場作品(例えば「フランダースの犬」)と同じように観ていたが、欧米での評価は明らかに違った。高畑作品の世界は誤解によるトンデモ欧米ではなく、その徹底した実証主義で欧米人の鑑賞に耐えうるレベルになっていたのだ。
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ディズニーのスタッフが、宮崎駿作品の特徴として「あえてドラマティックにしなくても細やかな日常を生き生きと描くだけで面白くなる」を挙げていたが、それこそ、高畑勲が発見し提示したものだった。アルプスの山での新しい生活に新鮮な驚きを感じる少女をじっくり描くだけで、視聴者は熱中したのだ。
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「アルプスの少女ハイジ」は、当時は「革命的」な作品だった。アクションもギャグもない、少女の日常をじっくりと描くアニメーションがヒットするなど、誰も思わなかったのだ。しかし、この作品の「リアルなディテール」と「本格的なドラマ」が、世界に浸透する優れた「日本的アニメ」の基礎となった。
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高畑勲は、見慣れた筈の仕草や動きをじっくりと描いて何気ない日常を観客に「再発見させる」ことこそアニメーションの力だ、と主張し実践した。だから、ディテールの正確性や細密さに徹底的に拘り、アニメーターや美術に際限なく描き直しをさせた。それはスタッフに日常を再発見させる作業でもあった。
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精緻な美術で知られる山本二三が日本家屋の背景画を見せると、高畑勲に「よく観察して下さい、屋根瓦って一枚一枚色が違うんですよ」と指摘された。「火垂るの墓」で米櫃にお米をザーッとあける絵を描いたアニメーターは「米粒って一つ一つ違う方向を向いている筈だよね?」と描き直しをさせられた。
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宮崎駿と高畑勲は共に厳しい演出家だったが、優れたアニメーターでもある宮崎駿は、これはダメだという絵はリテイクに出さずに自分で描いてしまった。一方、絵を描かない演出家である高畑勲は、際限なく描き直しをさせた。アニメーターには、高畑勲はより厳しいが成長する充実感もあると思われていた。
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高畑勲は最も厳しい演出家と言われていたが、二人の大先輩である名アニメーターの森やすじは、世評と違って「宮崎駿の方がやり難い」と話していた。理由は「高畑君には、最後は『そんなにゴチャゴチャ言うならお前が描いてみろ!』と啖呵をきれるけど、宮崎君にそう言うと自分で描いちゃうんだよな」。
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宮崎駿はプロデューサーとしては旗振り役的な役割だったが、高畑勲は見事な実務能力と現場管理能力を発揮した。しかし、演出家になると全く逆で、宮崎駿は意外に制作費や納期を守る作家だったが、高畑勲は、自分の演出作品については、制作費はおろか劇場公開から逆算した納期すら全く考慮しなかった。
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押井守は、自分の作品がエンタテインメント性が低いのに監督を続けられてきた理由は「予算と納期を守ることには信頼があるから」だと話していた。その意味で、高畑勲の予算も納期も守らない姿勢は蛮勇と言ってよい。しかも、彼はプロデューサーとしては非常に有能だったのだから「判ってはいた」のだ。
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時間も金も無視した高畑勲の演出スタイルは軋轢も生んだ。「となりの山田君」が終わって「千と千尋の神隠し」の制作に入ろうとした宮崎駿は、スタッフが山田君で疲労困ぱいして使い物にならない状態であるのを見て激怒した。となりの山田君の興行的失敗で、高畑勲はいったん長編アニメが作れなくなる。
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しかし、ニューヨークのMOMA(ニューヨーク近代美術館)でスタジオ・ジブリの全作品を一挙上映するイベントが開催された時、MOMAのキュレーターに「ひとつだけ、パーマネント・コレクションとしてMOMAに永久保存したい」と希望された作品は、高畑勲の「ホーホケキョ となりの山田くん」だった。
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「火垂るの墓」で納期を守れず未完成の状態での劇場公開になってしまった高畑勲は、次の「おもひでぽろぽろ」では、宮崎駿がプロデューサーとして付かなければ監督が出来なかった。そして「となりの山田くん」で、宮崎駿にも匙を投げられてしまう。その高畑勲に、再び監督させたのは氏家齊一郎だった。
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日本テレビはジブリを全面的にバックアップしていたが、会長の氏家齊一郎が評価していたのは高畑勲で「ホーホケキョ となりの山田くん」がお気に入りだった。氏家が高畑勲を好きな理由は「あの男はマルキシストだ。俺には判る」だった。氏家齊一郎は遺言で「高畑勲に、もう一度監督を」と遺していた。
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氏家齊一郎は読売の渡邉恒雄と日本の右翼化を先導したと言ってよい人物だが、共に左翼からの転向者だった。左翼的な価値観やモノの見方に憧憬があったのだろうか?それと現実の行動に、どう折り合いを付けていたのだろう?二人共、実は改憲には反対で、特に9条は変えるべきでないと明言していた筈だ。
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アニメにおける児童文学を創っていた高畑勲には、あるコンプレックスがあった。ある時、宮崎駿は高畑勲に「宮さん、実は僕は勉強が苦手だとか勉強が嫌いだという子供の気持ちが判らないんだ。子供の頃から勉強が大好きだったから」と打ち明けられた。勉強が苦手で疎外される心理が判らないのだと言う。
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これは「おもひでぽろぽろ」を観ると良く判る。原作では「数学が苦手な文芸少女」が家族から疎外されるニューロティックな雰囲気が印象的だが、物語は非常に原作に忠実なアニメからは、その雰囲気が見事に消えている。高畑勲はむしろ、数学の苦手な主人公の少女に当惑する家族の方に感情移入している。
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高畑勲は「勉強でアニメを作る」と言われるほど、扱う対象を徹底的に勉強し研究してから制作に挑み、それを作品に反映させた。「平成狸合戦ぽんぽこ」ですら「あれは創作ではなくドキュメンタリー」と呼んでいる。多摩ニュータウン造成時に、実際に多くの怪異現象が目撃され報道された背景があるのだ。
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高畑勲の徹底した勉強と制作過程における際限のない描き直しは、どこかスタンリー・キューブリックを思わせる。キューブリックは、延々と続くリハーサルとリテイク、それ自体が「もう一つの創造」なのだと語っていた。二人とも、そのプロセスそのものに価値を見出し、楽しんでいたのではないだろうか? pic.twitter.com/lwbZ6K91tD
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今だに謎に包まれている(個人的には)のが、高畑勲の絵コンテ作業だ。公開されている「高畑勲の絵コンテ」はアニメーターが清書したものだ。最初に自筆でラフな絵コンテを描いてそれをアニメーターに清書させているのか?それとも最初からアニメーターに指示しながら絵コンテを作って行くのだろうか?
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アニメ作家の絵コンテは、出版されたり雑誌に掲載されたりして公開されているから、私達の目に触れる。出崎統、富野由悠季、押井守などの絵コンテは絵柄に特徴があるから一目で判る。多くの絵コンテはラフな絵で描かれているが、宮崎駿は最終画面とほぼ同一の完成された絵コンテを自筆で仕上げている。
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これは「アニメーターは絵コンテを基に作画するから完成画面と近くあるべき」という高畑勲の主張による。りんたろうも完成された美しい絵コンテを描くから東映動画の伝統なのかもしれない。富野由悠季のように「コンテは作画のイメージを拘束しない為にむしろラフであるべき」と主張する演出家もいる。
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出崎統はアニメーター出身の演出家だが、TVシリーズでも助手の絵コンテマンを一切使わず、全て自筆で絵コンテを描いた。これは異例のことで、彼は「コンテ芸術家」と呼ばれた。出崎統の絵コンテは非常にラフな独特のタッチだが、杉野昭夫というアニメーターとの信頼関係があったからなのかもしれない。
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「アルプスの少女ハイジ」や「母をたずねて三千里」には富野由悠季が絵コンテマンとして参加していたが、高畑勲や宮崎駿との協力関係はどんなものだったのだろう?非常に興味がある。高畑勲の「演出している姿」は、宮崎駿に比べると意外に明らかになっていない気がする。私が知らないだけだろうか?
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コメント

ヒジャチョンダラ @citabow 2018年7月4日
自己責任で無いのであれば、成仏したのではないですかね?
name @jkgkikllh 2018年7月4日
左翼は平凡な市民の生活を描きがち。万引き家族の是枝裕和監督とか。
sukebenayaroudana @Sukebenayarouda 2018年7月4日
富野由悠季の自伝「だからぼくは」で、コンテ千本切りと揶揄された下積み時代(虫プロ退社後からガンダムでヒットをとばすまで)、高畑勲のコンテを描いたことを回想するとき、「高畑氏は思考が重すぎるため、コンテを自分で描ききることができないので自分たちに外注したのだろう」と推定しています。
ehoba @htGOIW 2018年7月5日
途中の考察は良いんだけど、最後の謎の現代論もどきがウザい
まっつん @mazdadesu 2018年7月6日
ジブリアニメ以外の日本アニメは富野由悠季の系譜だろうよ
सतूप(浮屠) @bot25026838 2018年7月6日
いいから野坂昭如の原作読んでからポエムに浸っておくれよhttp://www.shinchosha.co.jp/sp/ebook/E646191/ 別にいい話じゃない(誰かしら経験ある)から当時売れたんだよ。
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