90年代サブカルチャー雑誌~90年代の村上龍受容 あれこれ
- ttt_ceinture
- 9897
- 0
- 3
- 0
@n__n__s うんうん。宮崎哲弥が何いってるんだろうなと。/思考じゃなくて自分の声への反応に終始しちゃうんだよね/レスポンスありだとやりやすくなる
2011-04-15 23:51:18岩上が当時オウム信者ルポやってたとは知らなかった。/宮崎哲哉はその頃、正論デビューを経て週刊文春などで書いてたような (live at http://ustre.am/xzsL)
2011-04-15 23:54:41『宝島30』について。マニアックだ…。 (live at http://ustre.am/xzsL)
2011-04-15 23:53:16マニアックすぎる・・・。雑誌ライター周辺について。俺にとって知らない世界。 (live at http://ustre.am/xzsL)
2011-04-15 23:57:29たしか当時、対小林ってことで、小林をこき下ろす漫画も載った座談の単行本あって、スガ・松沢・宅らが参加してた。 (live at http://ustre.am/xzsL)
2011-04-15 23:59:11@n__n__s よく覚えてないけど、「オタクの社会化」といった論点が当時浮上。小林は世間からのまなざしを受け入れる切通を賞賛、といった立場だったと思う。一方、スガは宅・松沢を持ち上げる、といった構図だったかと。
2011-04-16 00:01:22@n__n__s 当時、人権派はオウムへの疑惑に対して宗教への偏見ではないかと擁護的だったりして、のちに江川が浮上、という構図だったような(うろおぼえ)。当時、宮崎はオウム特番での立花隆の振る舞いを政治的に無意味と批判していたと思う。
2011-04-16 00:05:10@n__n__s 竹熊が「ハルマゲドンと私」とかをQJなどで書いてた頃だね。切通はその後、『僕の命を救ってくれなかったエヴァへ』にいたるような印象。当時のサブカルライター勢は反ニューアカである程度共通してたような。
2011-04-16 00:06:25@n__n__s 香山リカ・竹熊・切通・宅は、「われらのうちなるオウム語り」をやってた気がする。オウム擁護的だった鶴師・宅の路線に反発してSPA!から小林は出て行くんだよね。その前のSAPIOはあんまり保守でもなかった印象。
2011-04-16 00:08:57@ttt_ceinture 確か宅が「SPA!」連載で煽って、「宝島30」が切通に取材、宅がヒートアップして小林よしのりがゴー宣を扶桑社から引き上げたという流れだったような。
2011-04-16 00:20:31@n__n__s この話題は私はこれ以上よく知らない。岡田はたしか宅との対比においてのし上がったし、部分的に小林とも相性よくて、対談もやってた。
2011-04-16 00:13:02