森美術館「建築の日本」展についての黒瀬陽平氏の批判的レビューに倉方俊輔氏が反論

黒瀬「本展ではぼくの指摘したような内容はすでに乗り越えられている、とお考えなのでしょうか?」 倉方「はい、乗り越えられています」 黒瀬「その乗り越えられている部分を見つけられなかったのはぼくの責任だと思いますが、だとすれば、ぼくがどこを見落としているか」 倉方「twitterはあまりそれには向いていないので・・」
これはひどい 建築
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倉方俊輔 @kurakata
「建築の日本展」の本格的レビューが公開。展覧会は一つのメディアだ。イデオロギーで片付けられるものでも、単なる目の快楽でも、研究発表でもない。批評を呼ぶものでありたいと思っていたので、建築界の一員として嬉しい。「建築討論」関係者のご努力に敬意を表します。 medium.com/kenchikutouron…
倉方俊輔 @kurakata
土居義岳さんの「啓蒙から野蛮へ」は、そうです、そういうことですという文章。趣意は近刊の図録の拙稿と重なっているが、もっときめ細かく、継手が多い。だから建築と思想を勉強するなら、この文中に現れる文献の総覧から始めると○。個人的には「個人」の節が示唆的だった。 medium.com/kenchikutouron…
リンク Medium 62 啓蒙から野蛮へ – 建築討論 – Medium 森美術館「建築の日本」展について[201806 小特集:「建築の日本展」レビュー]

"日本建築とはもちろん近代になって構築された概念である。まず伊東忠太は「建築進化論」(1909)のなかで世界を分節化し、そのなかに日本を位置づけようとしたが、それ以上の理論展開はできなかった。"

"かつて村松貞次郎は『日本近代建築史再考──虚構の崩壊』(1977)のなかで日本近代は虚構だと指摘した。つまり駆逐された大工道具などの伝統が実像であった。ところがいわゆる在来工法も1980年代には消滅したことが認識された。ということは虚構が勝利したのである。忘れっぽい建築界は、こうした理論的帰結のことはとくに意に介しない。いわゆる木質構造は伝統の継承でも再生でもなく、しいていえば輪廻転生なのだが、その連続性をいうのに本展では「遺伝子」などという概念が有用なのであろう。"

"始まってしまった情報化時代のなかでは、まず野蛮とは生(なま)の情報がカオティックに集積されつづけることであり、つぎに文明的なものとは、諸情報を分節し、範疇にわけ、構造を与え、各アイテムにラベルだのタグをつけ、さらにはストーリー化することである。ただそこで生まれ再生産されるのは神話である。そして神話をベタに信じ込むことで野蛮が発生する。そしてこれらの野蛮と文明は、反転をくりかえしつつ循環するのである。"

"「日本」という明快な指標でよく定義された建築があるとおもえたその希望が、すでに形骸化しているのに、100年のちの今甦っている。それは神話である。"

– 土居義岳

倉方俊輔 @kurakata
黒瀬陽平さんの「悪しき『遺伝子』のもたらすもの』は越えようとしているハードルが低すぎて、目を疑う。彼が生まれた83年当時の論と同一なのだから。今これで何か書いた気分でいるなら、この国の悪しき「遺伝子」はまさにそのこと。批評の不在。建築外ゆえ期待していたのに。 medium.com/kenchikutouron…
リンク Medium 234 悪しき「遺伝子」のもたらすもの – 建築討論 – Medium よく知られているように、日本「固有」の民族宗教であるとされる神道が組織されはじめたのは、6世紀に仏教が伝来してからのことである。中世においては、神仏習合思想や本地垂迹理論によって仏教との過剰な融合に向かい、近世においては、仏教的要素の極端な排除に向かった。もともと統一的な体系や自律性を持たず、バラバラに存在していたに過ぎなかった土俗信仰は、外からやってきた..

"本展が悪質なのは、本来は外来の文物を受容することによって生み出されていたはずの多様な方法論を、そのプロセスを巧みに隠蔽した上で、あたかも日本の風土から自然発生したかのようにプレゼンテーションしている点である。全部で9つあるセクションごとに掲げられた導入のテキストは、徹底して「日本は」「日本人は」「日本建築は」といった主語のもとに書かれ、巧妙に帰納と演繹を逆転させている。"

"かつて中沢新一は、日本の仏教の発展史を概観しながら「仮面劇」の比喩で語った。「仏教という体系をとおすことで、日本の潜在的な思想が自己表現をおこなっている」のだと。潜在的に眠っているであろう「固有なもの」を探し求めるのも結構だが、それはあくまで「仮面劇」を演じることによってしか現れないものであることを忘れてはならない。"

"本展は、日本文化論がこれまで膨大に積み上げてきた「仮面劇」に対する研究と考察の成果を簒奪し、そこからいくつかの「固有の」モチーフを恣意的に抜き取った挙げ句、まるで「仮面劇」などなかったかのように、日本建築の「遺伝子」を語っている。帰納が演繹に逆転し、「仮面劇」が忘却される時、近世の神道と同じように、外からやってくるものの排除がはじまるだろう。本展は、この国の歴史において、ある周期でやってくる排他的な「固有のもの」への信仰を体現している。その意味で、この国の悪しき「遺伝子」を提示しているのである。"

– 黒瀬陽平

黒瀬陽平 @kaichoo
『建築討論』小特集に、現在森美術館で開催中の『建築の日本:その遺伝子のもたらすもの』のレビューが公開されています。建築は門外漢ですが、テーマやキュレーションの側面から「日本文化論」とその困難について書きました。|「悪しき「遺伝子」のもたらすもの」 bit.ly/2HX2qt8
倉方俊輔 @kurakata
ここまで140字の中で最大の評を意図してきましたが、3編はいずれも面白く読み、考えさせられました。多くの方々に熟読いただけたら! 私も引き受けるので分かりますけど、こうしたことは現在ほぼお金が出ず、下手すると批判も受ける、すべては未来に期待しての献身ですから。 medium.com/kenchikutouron…
黒瀬陽平 @kaichoo
筆者としては「新しいこと」ではなく「当たり前のこと」を書いたつもりなので(当たり前のことを書かなければならないような展覧会だったので)、古いと言われることは問題ないのですが、倉方さんは、本展ではぼくの指摘したような内容はすでに乗り越えられている、とお考えなのでしょうか? twitter.com/kurakata/statu…
倉方俊輔 @kurakata
@kaichoo はい、乗り越えられています。ただしそれが見出せなかったら、これは仕方ない。そこが最重要ではありません。それなら揶揄してでも何でも「新しいこと」を書きませんか? それが批評の倫理だと思います。「当たり前のこと」を繰り返すだけが使命となると、随分と社会は馬鹿(ということ)になるので。
黒瀬陽平 @kaichoo
その乗り越えられている部分を見つけられなかったのはぼくの責任だと思いますが、だとすれば、ぼくがどこを見落としているかを指摘した上で批判されるのが筋かと、、 twitter.com/kurakata/statu…
倉方俊輔 @kurakata
@kaichoo twitterはあまりそれには向いていないので・・。それぞれの媒体で可能なことも不可能なこともあります。ともあれ今回、執筆の依頼を受けていただいたことを感謝。ご気分を害されたとしたら、それは私個人の問題であり、建築界が、ではないですから。
倉方俊輔 @kurakata
所属している分野で違うのかもしれないけど、少なくともこちら言説については、年長者を褒めても何も得られない。むしろ既得権益の奴らとは違うぜ、とばかりに業界外や歳下を必要以上に礼賛した方が良いのは分かり切ったこと。そうしたかった・・。
黒瀬陽平 @kaichoo
土居氏のレビューを読み返してみたが、ますます倉方氏の批判の意味がわからない
黒瀬陽平 @kaichoo
帰宅。やはり納得いかないのでツイートする。
黒瀬陽平 @kaichoo
ぼくの『建築の日本』展レビューに対して、同展カタログに寄稿されている倉方氏から「ハードルが低すぎる。批評の不在」などの批判が寄せられました。もとよりぼくは門外漢なので、専門的な分析の甘さや見落としなどの批判は覚悟していましたが、倉方氏の批判の根拠はよくわかりませんでした→ twitter.com/kurakata/statu…
黒瀬陽平 @kaichoo
→一方で倉方氏は、同じ特集に掲載されている土居氏のレビューについては「趣意は拙稿と重なっている」「そういうことです」と評価しています。ですが、普通に読めば、ぼくのレビューと土居氏のレビューは、本展の評価においては一致しているように読めます→ twitter.com/kurakata/statu…
黒瀬陽平 @kaichoo
→土居氏は自身のブログにて、今回のレビューの補足をしていますが、これを見ても、土居氏が本展を評価しているとは言えず、たくさんの保留と皮肉がつけられたレビューであることがわかります。繰り返しますが、本展の評価に限っていえば、ぼくのレビューと近しいものです→ patamax.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/-…
リンク 土居義岳の建築ブログ 1 啓蒙から野蛮へ---森美術館「建築の日本」展について - 土居義岳の建築ブログ https://medium.com/kenchikutouron/%E5%95...

"模型展示はそれぞれが存在意義があって、そういう疑似体験そのものは文句なしに楽しい。ただ諸外国の例からすれば、模型は常設の建築ミュジアムに系統的に並べておいたほうがいい。テンポラリーなものは、もっと主張がはっきりさせたものがいい。だから今回の建築展は、それぞれ切り取れば楽しめるのだが、全体としてうけとめると、まあどうかな。" – 土居義岳

黒瀬陽平 @kaichoo
→(専門的なサーベイでは土居氏のレビューが遥かに優れていることは言うまでもないですが)展覧会への評価という点では、ぼくのレビューと土居氏のレビューは大差ないにも関わらず、倉方氏はなぜ全く違う態度を取ったのか。その根拠はなんなのか→
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コメント

Fav__ͮn̊ĭn̊eͮ @fav__nine 7月8日
カオスラウンジ言説担当であるハズの黒瀬陽平さん、最近は議論した相手を突然無礼者扱いして「真面目に相手して損した」と吐き捨てブロックで議論強制終了!…という無敵必勝パターンを多用されてますね。
posy @sticknumber31 7月8日
ポジ瀬くんまーた畑違いの分野に喧嘩売って怒られてんのか。半端な知識でオタク文化界隈の第一人者を気取っては怒られて、懲りないねぇ… 美術家としてもロクな作品も作れなかった口だけ番長が、ようやるわ。
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