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映画「メッセージ」で読み解く、情報と生命

おもんねぇから読まなくていいぞ
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うえだしたお @YT1093

生まれ生まれ生まれ生まれて、生のはじめに暗く 死に死に死に死んで、死の終わりに冥し                空海「秘蔵宝鑰」 pic.twitter.com/qCn5wmChdp

2018-07-08 19:56:54
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うえだしたお @YT1093

というわけで、映画「メッセージ」の時間です。 pic.twitter.com/cXzIX4vUP3

2018-07-08 20:00:41
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うえだしたお @YT1093

はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。新約聖書ヨハネによる福音書において、神とはיהוה(ヤハウェ)であり、より広義では、造物主=宇宙創生の起源を仄めかしている。狭義では、世界そのものであった。

2018-07-08 20:06:01
うえだしたお @YT1093

ことばを持たない存在には歴史が存在しない。生そのものが紡ぐ物語は、それを伝える手段を備えてはじめて体系としての歴史に変わる。life は history となり、history の包摂する life の並列を time とここでは呼ぶ。

2018-07-08 20:08:59
うえだしたお @YT1093

かつて、ことばと世界の関係はそう捉えられていた。生命科学の試みが、遺伝と記憶(epigenetics)を手のひらに取り出すまでの、わずかな歴史のなかで。

2018-07-08 20:15:17
うえだしたお @YT1093

映画「メッセージ(原題:Arrival)」はテッド・チャンの短篇「あなたの人生の物語(Story of your life)」を下敷きに、未知なる存在との邂逅と新たなことば=世界との関係性を、抑制的なトーンの下で再構築してみせた。きわめて平易なことばで晦渋なテーマを綴った原作を、みごとに映像化している。

2018-07-08 20:25:14
うえだしたお @YT1093

未知なる存在との出会いは、この物語のはじまりでも終わりでもない。ひとつの結節点である。言語学者のルイーズは政府に派遣された大佐から、短いやりとりを録音したデータを受け取る。「この内容を解読して欲しい」と。 pic.twitter.com/5ZzxTkoxjQ

2018-07-08 20:36:22
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うえだしたお @YT1093

地球をとりまくように現れた謎の飛行物体は、12の地域にそれぞれの窓を開く。原作では looking glass であり、映画では母船のなかの閉ざされた空間である。 pic.twitter.com/x3vIOUkiUb

2018-07-08 20:43:36
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うえだしたお @YT1093

多くの人が、この物語の冒頭から折にふれて挿入される回想シーンにおぼえる、小さな違和感については「時制のゆらぎ」と触れるに留めておく。だが、それはこの物語のもうひとつの核心である。もういちどくり返すのだが、未知なる存在との出会いは、この物語のはじまりでも終わりでもないのだ。

2018-07-08 20:46:08
うえだしたお @YT1093

乳のように霞んだ霧に覆われて「彼ら」は立ち現れる。だが、その姿はたくみに斥けられて、全容を表さない。互いに交わすことばを持たない存在の出会いは、しかしながら静謐であり、他方で途方もない隔たりを感じさせる瞬間でもある。

2018-07-08 20:51:12
うえだしたお @YT1093

この物語は「あなたの人生の物語」である。あなたとは、とりもなおさず最初に登場する女性、言語学者ルイーズの娘を示している。あなたとは、私ではなく、あなたである。それは、他者として「私ではないわたし」を喚起することばではない。あなたにとって私とは、ほかでもない「あなた」なのだ。 pic.twitter.com/LN4kdhhQ2k

2018-07-08 20:56:33
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うえだしたお @YT1093

私と私という懸絶された個の隔たりではなく、あなたにおける、あなたとしての「わたし」をまなざすとき、この物語の核心に一歩踏み出すことができるのだ。このことを念頭に置きながら、作品をふり返ってゆこう。

2018-07-08 20:59:02
うえだしたお @YT1093

はじめての出会いで、「彼ら」はわずかにその姿を表した。そのすがたは人間のように左右相称ではなく、放射相称になっている。ところが全体としては重心をともなわず、方向や位置そのものを前提としていない。 pic.twitter.com/c1P78YO8GG

2018-07-08 21:07:26
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うえだしたお @YT1093

あるいは性差さえ持たないふたつの個体に対して、ルイーズと同じ解読チームの同僚である、物理学者のドネリーは「アボットとコステロ」という名で呼んだ。名前をつけること=命名とは、未分化の存在を喚起させる試みのひとつである。こうして「彼ら」は特別な存在として立ちのぼった。 pic.twitter.com/JXuAFArR94

2018-07-08 21:22:52
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うえだしたお @YT1093

ところで、最初のコンタクトを終えて滅菌室を過ぎ越したあと、大佐への報告を済ませるシーンのやりとりで「カンガルー(kangaroo)」の逸話が出てくる。いわく、クック船長がアボリジニとの邂逅を果たした際に不思議な動物を指して名前をたずねたという。原住民はこうこたえた。「わからない」と。 pic.twitter.com/5NTZJdp2xU

2018-07-08 21:26:36
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うえだしたお @YT1093

この逸話は、クック船長の「あの動物は何だ?」という問にたいして、原住民が「カンガルー(わからない)」と答えた、という逸話として広く膾炙している。ところが、言うまでもなくこれは後世の創作に過ぎない。実際にクックの船団に同行したヨセフ・バンクス(博物学者)の手記から否定されている。

2018-07-08 21:32:08
うえだしたお @YT1093

厳密には、アボリジニ(Guugu Yimidhirr族)のことばで「gangurru」と答えたのだ。gangurruとは「飛び跳ねる獣」くらいの意味である。

2018-07-08 21:34:08
うえだしたお @YT1093

われわれの記憶に新しいところでは、大いに盛り上がった平昌五輪の会場そばに並んだ謎の彫刻のエピソードがある。現地を訪れた日本人記者が、「あれはなんですか?」とたずねたところ、清掃のおばちゃんが「モルゲッソヨ(모르겠어요)」と答えた。この像はやがて「モルゲッソヨ像」と呼ばれる。 pic.twitter.com/xOQPtVIcgD

2018-07-08 21:36:38
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うえだしたお @YT1093

おでん文字を解するひとにはすでにおわかりのように、モルゲッソヨとは彫刻の名称ではない。「判らない」を意味するモルダ(모르다)に、「~です」を表す語尾ゲッソヨ(겠어요)を加えて「わかりません」という丁寧な返しをしただけなのだ。

2018-07-08 21:39:39
うえだしたお @YT1093

でも、おおいに楽しませてもらったのでモルゲッソヨ像のままでよいわ。

2018-07-08 21:41:07
うえだしたお @YT1093

「アボットとコステロ」の話に戻ろう。ルイーズとドネリーは、ふたつの個体をこう呼ぶことにした。ちなみに、原作では「フラッパー」と「ラズベリー」なのだが、映画では「アボットとコステロ」を採用した理由のひとつに、先ほどの「カンガルーの逸話」を巡ることばあそびがある。

2018-07-08 21:58:16
うえだしたお @YT1093

1940年代のアメリカに、一世を風靡したヴォードヴィリアン(芸人)がいた。日本でいう漫才、漫談のたぐいで、間と場(観衆と芸人)の関係性を楽しむ娯楽であったようだ。アボット&コステロは、早口でまくし立てるコステロ(ボケ)に、アボット(ツッコミ)がうまく手綱を握る話芸で人気を博していた。 pic.twitter.com/6aGI1pISi9

2018-07-08 21:58:34
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うえだしたお @YT1093

彼らの持ちネタに「Who's on first?」というやりとりがある。誰が一塁手だい?というアボットに対して、コステロはフー(名前)だよと答える。誰なんだよ?フーだって言ってるだろ、ということばあそびなのだ。 pic.twitter.com/B7o9fFdPkl

2018-07-08 22:05:58
うえだしたお @YT1093

正直、この漫才クソおもんねーわ pic.twitter.com/bipj12aaTo

2018-07-08 22:06:37
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うえだしたお @YT1093

映画では原作の呼称とことなり、未知の生物をコステロとアボットと名付ける。コミュニケーションにおける困難を象徴する、なかなか凝った遊び心なのだ。

2018-07-08 22:11:39
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