- toshi3636_1
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沖縄がすきで、何度も仕事や旅でいっている。スタンプカードがたくさんになるくらいに行っている。そして、沖縄のことがわかり始めたかな、と思ったのは、三十回目か、四十回目か、沖縄のことがわからなくなった頃だった。
2018-08-09 07:06:18オリオンビールを飲んだり、島らっきょうを食べたり、三線で歌をうたったり、沖縄そばを食べたり、コーレーグスを入れたり、そんなふうにあちらこちらでかけて、沖縄はこういう感じ、というイメージが出来たのが、沖縄経験の第一段階だったと言えるだろう。
2018-08-09 07:07:54それが、沖縄の方々一人ひとりの顔が見えてきて、みなさん違っていて、個性があって、いろいろなことについてもそれぞれの考えがあって、つまりは沖縄はこう、沖縄はこんな感じ、ということが言えなくなった時に、初めて、ああ、自分は沖縄のことが少しわかってきたのかもしれないと思った。
2018-08-09 07:08:50もう一つ、さまざまなことについて、沖縄の外からきた人が沖縄について何かを言うのは、ほんとうに難しいことだということも心にしみてわかるようになった。何かをこうだと思ったり、認識すること自体も、慎重にならなければいけないような、そんな間合いがあることを感じる。
2018-08-09 07:10:28一度、嘉手納で仕事があったとき、思い立って那覇からずっと国道58号線を歩いていったことがあった。5時間くらいかかった。それで、点ではなく線として沖縄を体験した。嘉手納の方が笑っていて、でも、高校生の時に自分もやったことがありますとおっしゃった。時間をこえて何かがつながった。
2018-08-09 07:11:52メディアやニュースを通して伝わってくる沖縄のあれこれを見て、それだけで反応する、ということはぼくにはできない。沖縄のことがわからなくなったときに沖縄がわかり始めたという実感はほんとうにむずかしく、そして愛しいことで、翁長知事が亡くなったというニュースに接した時、こみ上げてきた。
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