MLBファン松永博宣が語る「昔のMLBファンは大変だった」話

「野茂以前」からのMLBファンは、ネットもなかった時代にどうやって情報を入手していたのか。
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松永博宣 @bo_matsunaga

私はアメリカで生まれましたが、親の仕事の都合で3歳になる前に日本に移住しました。だから私にとって野球は日本のプロ野球であり、MLBはよその世界の出来事でした。ただ、やはり母親がアメリカの新聞を送ってもらって読んでいたので、普通の日本人よりはMLB情報は持っていたと思います。

2018-08-11 07:50:41
松永博宣 @bo_matsunaga

40代後半以上の方なら覚えているかもしれません。私が小学校の頃、確かフジテレビで「大リーグ」の試合が放送されていたのです。検索すると、「毎週日曜日の昼13:00から”アメリカ大リーグ実況中継”という試合放送番組」だったそう。なんで昼の1時に「中継」なのか分かりませんが(笑)。

2018-08-11 07:57:15
松永博宣 @bo_matsunaga

当然というか、フジの大リーグ番組は長続きしませんでした。出ているのが知らない選手ばかりですから、入れ込めないですよね。せめて日本で活躍した選手がいれば話も違うのでしょうが、当時はメジャーレベルの選手が日本に来ることもなく、だから唯一の日系選手レン・サカタをいつも探していました。

2018-08-11 08:07:05
松永博宣 @bo_matsunaga

当時の日本での「大リーグ通」といえば、パンチョ伊東さんとマーティー・キーナートさん。とにかく一般人にはアメリカの情報がありませんから、彼らからメジャー情報をいただくしかありません。真剣に、メモをとりながらテレビを見ていました。ネットが当たり前の今では考えられないことですが(笑)。

2018-08-11 08:14:38
松永博宣 @bo_matsunaga

あと、当時のMLB情報はたまに大記録、珍記録が出たときに掲載する新聞と、テレビではせいぜいニュース番組の中の「海外ニュースコーナー」。ワールドシリーズの時期には、せめて動く映像で選手を見たいとテレビにかじりつくように見ていましたが、映ったとしても優勝シーンの10秒くらいでしたね。

2018-08-11 08:19:13
松永博宣 @bo_matsunaga

そうだ、若い頃のMLB情報源はベースボールマガジンがあった。これはさすがに野球専門誌、見開き2ページでその週の情報を伝えていました(モノクロでしたが)。私はお金がなかったので、書店でこの2ページだけを毎週立ち読みしていました。でもシーズン前に出る選手名鑑別冊は毎年買っていましたよ。

2018-08-11 08:23:08
松永博宣 @bo_matsunaga

MLBの日本市場開拓の一環で行われていたのが「日米野球」。初めて球場で見たのは1984年。ボルチモア・オリオールズ単独チームの来日でした。このときカル・リプケンを見ているはずなんですが、なぜか記憶にない。マイク・ボディッカーの「フォッシュボール」はどんな球なのかと目をこらしていました。

2018-08-11 08:35:20
松永博宣 @bo_matsunaga

日米野球のPR効果、それに日本のプロ球団への「現役大リーガー」入団、反対に日本でプレーした外国人選手のメジャーでの活躍(ガリクソンやフィルダー)もあり、日本の野球ファンの中でMLBの存在はどんどん大きくなっていました。あ、江夏投手のブリュワーズキャンプ参加もありましたね。

2018-08-11 08:46:09
松永博宣 @bo_matsunaga

日本人のMLBへの関心は、1995年の野茂英雄投手から始まると思っている人が多いと思います。しかし、マック鈴木を忘れてはなりません。1994年に彼はマリナーズとマイナー契約を果たし、私はそのニュースをニュースステーションで見たのを覚えています。その年の大リーグ名鑑はマックが表紙でした。

2018-08-11 09:30:42
松永博宣 @bo_matsunaga

もはや日本人メジャーリーガーが誕生するのは時間の問題のように思われました。そして、それは高い確率でマック鈴木だろうと私は思っていました。そんな中、MLBはストでワールドシリーズが中止、翌年の開幕が危ぶまれる中、逆に一流のメジャーリーガーが日本に来るという現象が起こります。

2018-08-11 09:37:28
松永博宣 @bo_matsunaga

ロッテがボビー・バレンタインを監督に招聘するというのです。彼と一緒に日本に来たのがフリオ・フランコとピート・インカビリア、今のJリーグでいえばイニエスタとポドルスキが日本の同じチームプレーするような超豪華な状況でした。そして二軍監督にレン・サカタが就任しました。

2018-08-11 09:43:03
松永博宣 @bo_matsunaga

そして、日本に来たメジャーリーガーとすれ違うように、日本から野茂英雄が渡米。ドジャースに入団し、少し遅れて開幕したMLBで大活躍、新人王に。ストでMLBからファンの心が離れかけていたのを呼び戻したと言われています。しかし、最初の頃の日本のファンの声は意外に冷たいものでした。

2018-08-11 09:46:03
松永博宣 @bo_matsunaga

むしろMLBの知識のある人が、「野茂なんかメジャーに行っても通用しない」としたり顔で言っていたのを覚えています。野茂くらいの速球やフォークは向こうの3Aクラスでは普通だと。「新聞派」の年配者は、自由契約とはいえ近鉄との契約を残したままドジャースと契約した彼を非難する人もいました。

2018-08-11 09:49:03
松永博宣 @bo_matsunaga

しかし、野茂が初勝利をあげた時から風向きは完全に変わります。日本じゅうをあげての「野茂ガンバレ」の大フィーバー。なんとも節操のないことです。野茂の登板試合はNHKが中心になって主に録画放映、ドジャースの攻撃はカットされ、いつ見ても野茂が投げているという奇妙なものでした。

2018-08-11 09:53:42
松永博宣 @bo_matsunaga

「野茂だけ」を追いかける日本のマスコミを、日本のMLBファンは冷ややかに見ていました。「野茂の試合」を放送するテレビの解説者もあまりに勉強不足。聞いたことのないようなプロ野球の元選手のおっさんが「このバッターは一番ですから足が速いんでしょうね」なんて言ってました。ほんとですよ。

2018-08-11 09:59:27
松永博宣 @bo_matsunaga

野茂人気に乗って書籍もたくさん発売されました。まだメジャー情報が多くなかった(ネットがなかったですからね)ので、私は「野茂特集本」は全部買っていました。そんな中、専門誌「月刊メジャーリーグ」と「スラッガー」が創刊。日本のファンは毎月メジャー情報を手に入れられるようになったのです。

2018-08-11 10:02:58
松永博宣 @bo_matsunaga

実家のスクラップブックには、新聞に載ったわずか3行程度のメジャーの話題の切り抜きが、盛り上がるほどに貼りつけてあります。今はネットでMLBの最新情報が手に入りますが、それでも1990年代、できたばかりのMLBの公式HPは、オフでニュースのない時期の更新は数日に1回のペースでした。

2018-08-11 10:10:50
松永博宣 @bo_matsunaga

ネットの素晴らしいところは速報性ばかりではありません。掲示板やコミュニティサイトで、多くのMLBファンの声を聞くことができます。子どもの頃から情報を集めていた私は、こっそり自分はMLB通と思っていましたが、私など足元にも及ばないマニアが大勢いたのです。びっくりした、でも嬉しかった。

2018-08-11 10:14:11
松永博宣 @bo_matsunaga

若い人と話をすると、生れた頃から日本人メジャーリーガーがいる世代と、野茂以前も知っている世代の価値観の違いに気づきます。もちろん今のほうがいろんな可能性に溢れていて良いのですが、私は私で、ファンとしての大きな過渡期を経験できたことを幸福に思っています。Baseball is my life!

2018-08-11 10:19:18