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鴫原盛之 @m_shigihara
ただ今帰宅。さ、今日も朝までレッツ生原稿! それから、昨日開催の予告をしておりました、某S声社でのライターデビュー25周年勝手企画「ドキッ!25周年だヨ、全員集合~!夏だ一番25時間ツイート祭り」のほうも、準備が整い次第、原稿執筆の合間を縫ってヒッソリと始めさせていただく思います~。
鴫原盛之 @m_shigihara
お陰様をもちまして、1993年7月に某新声社でライターデビューして以来、今年で25周年を迎えました。唐突ではありますが、これから自身の備忘録も兼ねて「ドキッ!25周年だヨ、全員集合~!夏だ一番25時間ツイート祭り」を勝手に開催させていただきます。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
【承前】以下、私の古巣であるアーケードゲーム誌「ゲーメスト」デビュー当時~新声社在籍時代の与太話を、思いつくままテキトーに書いてきますので、おヒマがございましたら宜しくお付き合い下さい。なお今回のツイートは、あくまで私個人のヒストリーですので、予めご承知おきください。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
【承前】普段、ゲームの歴史を世に残すべく、業界のレジェンドの皆様のインタビューをよくさせていただいてますが、たまには自分がやってきたことも残さないとなあ、と。もうだいぶトシくって記憶力も落ちてきてますし(笑)…。では、これより25時間、ガンバッてツイートしてまいります~。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
【承前】なお、「ゲーメスト」の歴史をもっと詳しく知りたい方は、私の師匠である元編集長の石井ぜんじさんの著書、「石井ぜんじを右に」をご一読されるか、または私がインタビューを担当させていただいた下記リンクをご参照ください。(便乗CM) goo.gl/pUaR17 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
まず私がライターをやろうかと思った動機は、何となくゲームに関わる仕事がしたかったから。当時は開発志望で10代の学生だったので、「ライターになればいろんなメーカーへ取材に行けるし、後々就職活動に役立つんぢゃね?」という、スケベ心満載(今でもそうですが…苦笑)状態でした。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
で、いろいろゲーム雑誌を読み漁ってたら数誌で「ライター募集」の告知が載ってるのを発見。じゃ、ダメモトで応募してみるかと履歴書を購入&証明写真の自動撮影機で顔写真を撮り準備開始。ちなみに私の運命を決めたのは、「月刊ゲーメスト」1993年8月号に掲載された募集記事でした。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
以下、当時の記事(※「月刊ゲーメスト」1993年8月号より)を引用。「ゲーメスト編集部 攻略スタッフ大募集 腕に自身のある奴は応募せよ!はらのへったさむれーをやとうだよ、って感じで腕の立つ人を募集しています。●応募に必要なもの ①履歴書(要PHOTO) <※次のツイートに続きます> #game
鴫原盛之 @m_shigihara
【承前】②1コインゲーム&ハイスコア一覧表 ③攻略記事(ゲームは何でもいいです。記事にはタイトル、小見出し、写真や図の指定も入れてください。写真と図の実物は不要です)。●締め切り 7月20日必着 <※次のツイートに続きます> #game
鴫原盛之 @m_shigihara
【承前】●書類選考の際に、面接に来ていただく方にのみ、 ご連絡させていただきます。応募書類はご返却いたしません。ご了承ください。」 <※引用ココマデ> 「1コインゲーム&ハイスコア一覧表と、攻略記事を添付してね」というのが、いかにも「ゲーメスト」らしいですね…。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
で、私が応募用の攻略記事を書いたのは、古い作品だけど一番自信があった「ギャプラス」。「1000万点への道」と題し、レポート用紙に30ページほど書き殴った記憶が。さらに数日かけて、1コインクリアしたりカンストしたゲームをいろいろ思い出しつつ、書類をまとめて応募しました。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
それから保険をかけるべく、「ゲーメスト」のほかにも「Theスーパーファミコン」「マル勝スーパーファミコン」(懐かしい!)にの履歴書を送った記憶が。もう四半世紀も昔のことなので、正確には覚えていないのですが……。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
根っからのゲーセン大好きっ子(デビューは白黒画面のブロック崩し)だし、元々読者でもあったので本命はやっぱり「ゲーメスト」でした。攻略記事をわざわざ署名入りで載せる、あのカッコヨサとクオリティには純粋に憧れてました。今で言えば、人気のゲーム実況者に憧れるのと同じかも? #game
鴫原盛之 @m_shigihara
で、応募して約2週間後、オジサンの声で「新声社の者ですが」と電話がかかってきました。まだ電話を引いたばかりで番号を知ってる人はほとんどいないし、てっきり実家からの電話かなと思ってたのでビックリ。「面接に来てほしい」と言われた刹那、受話器を持つ手が震えました(笑)…。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
面接を受けるにあたり、最初の難関が編集部までたどり着けるかどうかでした。上京して間もないド田舎者ゆえ、都心の地図は必須アイテム。ただ幸運だったのは、以前に友人と一緒に神田のマルゲ屋に行った経験があったこと。編集部がそのすぐ近くだったので、それを頼りに無事到着しました。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
ちなみにマルゲ屋とは、新声社(の子会社)が営んでいたゲームグッズ専門店。最盛期は大阪や名古屋、仙台などにも店がありました。店内にはビデオゲーム筐体も置いてあり、ゲーム大会とかもよく開催していて、実は私も自分で企画を持ち込んだイベントを何度かさせていただいてました。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
で、面接を受けたのは7月下旬の日中で、普段着で行ったら怒られそうだなと思ったのでスーツを着用。当日はかなり暑かったので移動中はネクタイを外してたのですが、緊張のあまり締めるのを忘れてそのまま入室する始末。面接の後に締め忘れに気付いたのは、今でもいい思い出です(笑)。 #game
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面接を担当されたのは、新声社の専務と編集部の課長、それから後に「アルカディア」の総編集長も務められた猿渡さんの3人。専務はご年配の女性で、課長は恰幅のいい&濃いヒゲを蓄え、猿渡さんはロックミュージシャンみたいな風貌で皆さんすごいオーラを放ってたのでまあ緊張しました…。 #game
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で、面接では緊張しながらも応募動機や勤務可能日、好きなゲームなどの質問をされました。過去に本誌で攻略記事を載せてたゲームであっても、「あれは嫌いです」だの「あれは面白くない」だの、大の大人を前に好き勝手に言いたい放題。何たる無礼&失礼千万なガキンチョか(苦笑)…。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
実は面接を受けた時点で、ライターどころか同人誌の経験もゼロ。ハイスコアラーとして全一スコアを出したこともないのに、なぜか採用されました。当時の「ゲーメスト」と言えば、このゲームやったら日本一みたいなライターばかりだったのに、私が拾われたのは今もって謎です(笑)。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
今思うと、私が採用されたのはおそらく、当時は対戦格闘ゲームの最盛期で景気がよく、拡大路線を突き進んでいたので人手が不足していたからでしょう。もっとも、私は「ストII」ブーム期に部活やら受験勉強やらで忙殺され、対戦格闘ゲームをほとんど遊んでなかったのですが(苦笑)。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
採用後、最初に編集部へ行った日に課長に社内を案内され、社長にも挨拶しました。すごく大きな会社かなと思いきや、当時の編集部はいつ行っても10人ほど(当時のライターは全部で15,6人ぐらい)しかいなかったと思います。少数精鋭でやってるんだなあというのが第一印象でした。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
で、私が最初に頼まれた仕事はなんとジグソーパズルの組み立て。1000ピース近くあったと思いますが、編集者と一緒に数日間かけて完成させました(笑)。編集部に入ったときには、既に次号の制作進行がスタートしていたこともあり、原稿をすぐには書かせてもらえませんでした。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
ちなみに、そのジグソーパズルは、さっき書いたマルゲ屋神田店の店内に飾るためのものでした。確か、何かの格ゲーのキャラだった気がするのですが、何のキャラかはもう忘れました。パズルを組み立てるためだけに、電車に乗って都心へ連日向かうのは何だか妙な気分でしたね(笑)…。 #game
鴫原盛之 @m_shigihara
原稿を書く仕事がない間は、青焼き(死語)を印刷会社へ持って行ったり、メーカーに基板を借りに行ったり、デザイン事務所に絵素材を届けたり写真撮影などの雑用をやってました。物を受けたりもらったりするだけの簡単な仕事ですが、電車の乗り換えを間違えないかと毎回ドキドキでした…。 #game
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