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技術・産業―用兵―統帥の上下構造を整理して見える「九七式中戦車開発に関する本当の問題点」とは?

最近特に旧軍関係を語るに当たり、皆が混同して話題にするせいで話がこじれやすい「技術・産業―用兵―統帥の上下構造それぞれの問題と総合的問題」を大別してそれぞれ整理して議論すべき、という提案を「九七式中戦車開発で本来争点とすべき問題点」を一例にして取り上げました。とりあえず連ツイだと長過ぎて見にくいのでまとめました。
戦車 旧軍 軍事
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這い寄る混沌@C96:月曜西こ-23b @Nyarlathotep_44
この前からのチヌ駐退機辺りの話でもノモンハン辺りの話でも思うんだけど、旧軍の問題を語るにあたって技術・産業―用兵―統帥の上下構造(上部構造を見だしたらキリがないのでここで止めるが)が同ラインに置かれたままの状態なのに、それを全部統括して結論を出そうとするのが一番の問題な気がする。
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先程話した「技術・産業―用兵―統帥の上下構造がごっちゃ混ぜに語られてるっても、じゃあどういうのが正しい『整理』やねん」って話になると思うので、ここはみんな大好き九七式中戦車採用の話を例に少し小咄を打ってみようと思う。
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ただまあ、まだここはまだまだ調査中の項目だから、あまり内容に期待しないでね。一応先行研究を見て自分なりに検討してはいるけど、まだまだきちんとした解釈としては弱いものがある。というか推敲中のものは先行研究まんまになるから少し嫌なんだよね。

―「九七式中戦車開発の問題点」についての小咄ここから―

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例えば九七式中戦車は二車種を作って採用を争ったという点は皆がお知りのとおりだけど、これの最大の争点は重量、厳密に言えば架橋資材の浮力を基準にした十二トンという基準を超えないためにどう装備を調節するかという点だった。
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これの要求に対して昭和十一年の陸軍軍需審議会では、参謀本部側は「軽い戦車を採用する代わりに戦闘力の低下は目をつぶり、これには数を増やすことで補う」としており、具体的には主に装甲と速度を下げる措置を取る予定だった。
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武装については機関銃1挺を抜くか入れるかの、他と比べて小さめの点が検討されたぐらいで、特に議論は行われていない。で、実際に二種の戦車を制作して比較試験をやっている最中に日華事変が勃発して、当時性能の良かったチハ車が採用された。ここらへんの話は皆がよく知るところだ。
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この採用関連でよく問題にされる点は「敵戦車に対抗出来ない弱い戦車を採用して現実の驚異に即応するつもりがなかった」という内容で、一例では加登川幸太郎氏の「帝国陸軍機甲部隊」などでもそう取り上げている。
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ただ、これだけだと「次に検討していたチホ車は火力を増加させて~」という点があるので、まあその批判は見当違いという話になる。「次の戦車は敵戦車に対抗出来る火力もたせる予定だったから!」という反論が成立する。実際これは正しい。
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これは技術的問題点と総合的な問題点をごっちゃにしてると起こりやすい。特にチハ車の採用だけで旧陸軍戦車関係全体を問題にするような形だと特に。だから、これらの問題を取り上げるには幾つかジャンルに分けた整理を行う必要がある。

「軍備的要求」での着目点

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まず軍備的要求の点から問題を見てみる。昭和十一年の軍需審議会で「これ(戦車)を運用する方面から考えまして、努めて軽いものを必要とする。しかして一つの戦車としての戦闘力のやや低下するという点は目標の小さいという点を利用しまするし、かつまた数を増加するというような(続く
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続き)手段によりましてこれを補うという意見であります」という参謀本部側の発言に対して概ね沿う形で採用を検討している。また、遡ってまだ日本に戦車隊が存在しなかった時代の大正十四年に策定されたと思われる「陸軍戦時編制中改正の件」の「戦時編制改正理由書」では……
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……戦車隊の新設を第一に掲げているが、ここでは戦車の正式基準を「予想作戦地の状態ならび輸送の難易に鑑み」軽戦車(十トン以内のもの)を主体として、重戦車は一部で採用する予定に留めている。
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この点を考えると、旧陸軍では戦車の採用に際して「予想作戦地の状態と」「輸送の難易」によって決められている考え方に一定の信頼性を置くことが出来る。
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少し大きい話になって、昭和十一年五月に策定された「昭和十一年度以降に於ける陸軍の兵備改善並之に伴う予算に関する件」では、陸軍省が当時の軍備充実について「輓近におけるソ連、なかんずくその極東兵備の数量及び内容の急激なる拡張等の情勢に鑑み(続く
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続き)我が国の兵備にもこの際画期的充実を断行するの必要感じあり。なかんずく在満兵備の増強、航空防空の充実及びこれらの付随事項はその最も緊急を要する事項たり」と記し、既存の二個戦車連隊の増強と二個戦車連隊の新設を提案している。
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また、戻って前述の軍需審議会では低下する戦闘力を数で補うという点を踏まえて考えると、チハ・チニ開発の際には性能を多少犠牲にしても軽く、そして「画期的軍備改善」に対応出来る安い戦車を多数配備する予定であったことが成立しうる。
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安い戦車を求めた、という点は前述の戦車連隊増強の提案と、言わずもがなチハ車採用の経緯が日華事変による陸軍予算の増大にあったという点から容易に説明がつく。つまり、当時の軍備的要求としては「性能を犠牲にしても軽くて安い戦車を大量に作る」ことが求められていた。

「用兵的観点」での着目点

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次に軍備的要求以外の視点も見てみることにする。戦後に戦車開発の主要人物であった原乙未生氏が「戦車の回想」内で日本の戦車開発で生じていた問題点を幾つか指摘している。昔にこの内容自体は話しているのでRTで引用。

昔のツイートの引用分(「戦車の回想」/原乙未生……より)

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『……戦車の戦力としての価値の認識に定見が欠けたと思う。 即ち戦力の要素として一般に兵数即ち火器数を重視したのであるが、機動力、防護力の価値は過小に評価せられた様に思う。防護力によって兵数は節約せられ、機動力によって火力の効果は大いに増進せらるるのである。
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戦車の自走砲としての価値を認識すべきであったと思う。戦車の車体に比し装備火砲が常に貧弱であった。従って用法的には集団使用の例が乏しく、歩兵直協が主となり、分散配属の例が多い。戦車の踏破力の期待が過大であったと思う。(これを認識するためには特に体験が必要であった。)
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堅陣突破に戦車を期待するは過望なることは第一次大戦以来の教訓であるが、歩兵直協用法には突破を要求する思想が去らなかった。もし直協の目的が火力支援にあったのならば火砲の威力をなお増大すべきであった。 踏破力の援助としての工兵的装備(道路啓開、架橋)が欠如した。
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コメント

おㄘんㄘん! @moscowmk23 2018年8月22日
自分は小火器畑の人間なので全く専門外だけど、一つのテーマをまずは「技術、産業、用兵、統帥」の異なる個別のアスペクトに分け、論じ、最後に総合的な観点から結論を出す説明の仕方に恐れ入った。今後真似していきたい。
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