〈あたし、アラバマから来たんだ。すごく遠くまで。アラバマからずっと歩いてやってきたんだ。すごく遠くまで。〉 「八月の光」 フォークナー
2018-06-30 13:09:23諏訪部浩一 訳 岩波文庫版 最初の1ページを光文社文庫版と読み比べて、こっちにしたのだが、文章のリズム、言葉の選択がいい 日本語でしか読まないわが身にとって、翻訳は大事 旅に出て、乗り物の中で読みたい一冊(上下だから2冊になるけど)
2018-06-30 21:28:16彼は日暮れを、夜が訪れる瞬間を待つ。(中略)陽光を蓄えた木や草の葉が、それさえなければ夜となる、かすかな光をためらいながらそっと吐き出す瞬間ーー夜自体はすでに訪れているのに、なおもわずかな光が大地にもたらさらるあの瞬間を。 「八月の光」 フォークナー
2018-08-19 13:08:51さあ、もうすぐだーー彼は思うーーもうすぐだ、さあ 彼は自分自身にさえ「名誉と誇りが、人生が、まだいくらかは残っている」などと言うことはない。 「八月の光」 フォークナー
2018-08-19 13:08:53だけど、本当に人に害を与えるのは、死んだ人たちだ。一つところに静かに横たわってて、こちらを捕まえようとはしない死んだ人たちーーそういった人たちから逃れることはできないんだ。 「八月の光」 フォークナー
2018-08-19 13:30:08その道は木々の間をぬってのぼっていき、町の灯が再び、鉄道が通っている谷間の向こうに見え始めた。しかし、彼が後ろを振り返ったのは、丘の頂上に達してからだった。そこからは、町が、町の輝きが、広場から放射状にのびる通りにある明かりの一つ一つが見えた。 「八月の光」 フォークナー
2018-08-22 23:21:27彼がやってきた通りが見え、もう一方の、彼を陥れそうになった通りも見えた。さらにその先の、それと直角をなす方向には、町の中心部を囲むずっと明るい城壁が見え、その手前には、彼が心臓を打ち鳴らし歯をむき出しにしながら逃げ出した、あの黒い穴があった。 「八月の光」 フォークナー
2018-08-22 23:21:27そこからは何の光も発されずに、息や臭いもここまでは届かなかった。その穴は、八月の揺らめく光の花輪で飾られながら、黒々とした見通せないものとして、ただそこにあったーーそれは原始の穴、混沌そのものであったのかもしれない。 「八月の光」 フォークナー
2018-08-22 23:21:28この部分を読みながら、なぜか「天気輪の柱」を思い浮かべてしまった フォークナー 1897年生 宮沢賢治 1896年生 敢えてこじつけて言うと、鉄道がここではないどこかにつながる装置であった時代ということか
2018-08-22 23:21:29ただ、フォークナーの描写で鉄道にそれほど比重を置かれているわけではない むしろ、馬車の方がよく出てくる 鉄道は匿名的であるが、馬車はそうではない それは、同じく架空の土地である、イーハトーブとジェファーソンの対比と相同しているような気がする まあ、それもこじつけか、思い込みだけど
2018-08-23 19:15:46少年はまた歩き出した。色のあせたオーバーオール は、つぎはぎだらけで窮屈そうだった。靴は履いていなかった。やがて少年はすり足になった。そうして前に進んでいくと、チョコレート色をした細い脛や、丈が短すぎるオーバーオールのすり切れた脚のまわりに、赤い土埃が舞いあがった。 「八月の光」
2018-09-17 23:55:19少年は歌い始めた。単調で、音程は外れていたが、リズム感にあふれたいい声だった。 みんな思っているんだろ 思ってねえやついねえだろ あの黄色いねえちゃんの プディング隠れてなきゃいいと 「八月の光」 フォークナー
2018-09-17 23:55:21〈私は祈りの習慣を捨てるべきではなかった〉と彼は静かに考える。そして足音がもう聞こえなくなる。 「八月の光」 フォークナー
2018-10-26 23:44:31耳に届くのはとぎれなく続く無数の虫の声ばかりとなり、彼は窓辺にもたれ、大地の熱く静かな、豊かで汚れた匂いを吸い込みながら、若かった頃のこと、若者であった自分が暗闇を愛していたことを思い出す。 「八月の光」 フォークナー
2018-10-26 23:44:32彼は夜になると木立の中をひとりで歩きまわったり、そこで座っていたりした。そうしていると大地が、木々の皮が、生々しくも残忍なものとなり、喜びと恐怖とが相半ばする奇妙で不吉な雰囲気がいっぱいに広がって、彼の中にそうした感覚を呼び起こすのだった。 「八月の光」 フォークナー
2018-10-26 23:44:33声に出してみれば、重さで耐えられないような言葉が、暗がりの中ではなく、カズさんの体の中に入り沈み込んでしまったと不安になって、手を引くと、「大切だよ」と、呟くようにカズさんは言う。 「軽蔑」 中上健次
2018-10-26 23:44:35返答が返ってくる間も、かすれた低い声が聴こえた後も、駐車場の雑木の茂みから、涼やかな虫の声が途切れる事なしに響いていた。 どうしてその虫の声の響きが自分の耳にとまるのか分からない、と真知子は思う。 「軽蔑」 中上健次
2018-10-26 23:44:36「思ったんです……」その声はまた消える。窓の外ではひっきりなしに虫が鳴いている。それから平板な、抑揚のない声が続いていく。彼女も頭を少し下げたまま座っており、まるで彼女も同じ静かな熱心さでその声に耳を傾けているかのようだ。 「八月の光」 フォークナー
2018-12-09 17:54:07ハイタワーは動いていない。禿げた頭と、固く握った拳を突き出した二本の腕が、シェードつきランプが落とす光の中に長々と横たわっている。開いた窓の外に聞こえる虫の声はやまない。弱まってもいない。 「八月の光」 フォークナー
2018-12-09 17:58:20彼はいまそのことを思い出しながら、静かな書斎の暗い窓辺に座り、夕暮れが終わるのを、夜と疾駆する蹄が訪れるのを待っている。銅色の光はもうすっかり消え失せ、世界はーー色合いも質感もステンドグラスを通した光のようなーー緑色に染まって浮かんでいる。 「八月の光」 フォークナー
2018-12-09 18:05:31彼は身を乗り出す。二つの瞬間が触れあおうとしているのをすでに感じとっている。一つは彼の人生の総和で、それは毎日夕暮れと夜の闇の間に新しくなるのだが、もう一つは停止した瞬間で、そこから例のもうすぐがまもなく始まるのだ。 「八月の光」 フォークナー
2018-12-13 23:24:22