ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。

箱［いぬ いぬ］🏳️‍⚧️（倉田タカシ） @deadpop

ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。ニューヨークはとても大きな街だと聞いています。四畳半が二つ、あとは道路との境に細い庭があるそうです。庭には二羽のニワワ（一羽二羽と数える小動物）がいて、午前二時に目覚めて遠吠えをするそうです。お客さん、この街は初めてかい？

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。飛行機雲が、隣の席で眠っている人の鼻からうずまき状に出ています。これはとてもいい感じですね。こんなふうに飛行機雲を出している人は、お金持ちになるか、ずんだ餅になります。私は後者を期待しています。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。飛行機雲が機内に充満して、旅の気分を盛り上げてくれます。雲のなかから時おり誰かが顔を出し、かゆいところはないかとたずねます。ミネソタがかゆいと思います、とわたしは推測をのべ、すると、ミネソタが本当にかゆいことに気づくのです。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。もちろん、これは飛行機ではなく洞窟ですが、ニューヨークだって洞窟ですし、みんなの心も洞窟です。どの洞窟を選ぶかは、アナグマのその日の気分で決まります。きょうのアナグマは浮き浮きしていて、木の穴にはまって抜けなくなりました。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。乗客はみんな、嬉しさのあまり大声でニューヨークの歌をうたっています。かの地には、たくさんの大きな四角いものがある、というような歌詞です。みんな、そんなものが本当にあったらどうしよう、という顔です。私も心配になってきました。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。機内食は冷凍みかんです。「みかん・オア・みかん？」と訊かれたので、みかん、と答えたら、私の膝にこの黒くて凍ったものが置かれました。どんどん体が冷えていきます。発音がよくなかったのでしょうか。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。機内食は冷凍みかんです。冷凍こぶたの口にくわえられて出てきます。こぶたの眼だけが凍っておらず、とても雄弁に動いています。こう語っているのです。みかんの白いすじは、みかんに寄生する別の生き物ですが、食べても害はありません。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。この飛行機、お菓子でできているんです。全粒粉ビスケットの胴体にウェハースの翼、みたらしだんごのみたらしだんご。みたらしだんごは本当に飛行機の構成要素なのでしょうか。ビスケットやウェハースにたれがかかると不安になるのです。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。この飛行機、お菓子でできているんですよ。つまり、サンタクロースです。デコレーションケーキにのせるサンタクロースの頭だけを集めて飛行機の形にしています。そうすれば飛ぶのです。無数のサンタが笑っています。笑いが止まると落ちます。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。この飛行機、お菓子でできているんですよ。お菓子でできた飛行機に、疲れきった中年男性ばかりが乗っているんです。みんな切実にお菓子になりたがっています。ニューヨークにいけばお菓子にしてもらえるのです。大抵は金太郎飴になります。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。この飛行機、お菓子でできているんです。古代のエジプト人たちが作り、墓に納めたお菓子です。現代の技術では作れないんですよ。破壊もできないし、人が吸い込まれてニューヨークへ運ばれるのも止められません。古代エジプトはすごいですね。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。この飛行機、お菓子でできているんです。具体的には綿あめでできていて、それが綿あめでできた雲のうえを飛んでいるんです。きのこの形をした大きな大きな綿あめも前方に見えます。この機の行き先のあるあたりです。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。この飛行機、お菓子でできているんですよ。しかも、機長は長さ６フィートのかりんとうで、長さ100フィートの小学生にかじられたような跡があります。なにをきいても返事がないので、ダメかもしれない。ただ、お菓子であることはいいです。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。機内は真夏の暑さだけれど、あの街はいつもさわやかな秋です。どんぐり、そう、大きなどんぐりがときどき落ちてきて車を壊しますが、それ以外はさわやかです。銀杏、そう、家ほどの銀杏の実がたくさん腐っているけれど、概ねさわやかです。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。ニューがつく街ほど古いとはよくいいますが、ニューヨークは三万年前に滅びた廃墟です。草一本なくて草、そう昔の人はいいました。いまは草があります。それを食べて暮らします。およそ五億が草を食べて暮らしていて、草。そういわれます。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。機内食はどんぐりです。これは吉兆だ、と隣の乗客がいいました。どんぐりがですか、とわたしはたずねました。いや、アテンダントが枯木の束であることだ、と隣の客。それには気づいていませんでした。紅葉が美しく、秋の訪れを感じます。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。この飛行機、とても長いんです。ちょうど羽田からニューヨークくらいまでの長さです。わたしはその通路をずっと歩いているので、とても旅らしい旅をしているといえるのではないでしょうか。時々、いのししが出ます。いのししは白い骨です。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。ニューヨークへ向かわない電車のなかにも、これを書いているわたしがいます。どちらが勝つかは量子力学で決まります。巨大な量子サイコロを、テレビタレントが転がし……猫がテレビに飛びかかり……テレビが倒れる……猫の勝ちです……

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。ちょうど機内食に寿司が出たので、その米粒に書いています。なぜ、あなたはこれを読むことができているのでしょうか。なぜ目の前に長さ1メートルの米粒があり、そこに文が書かれているのか。ぜひ米粒に書いてわたしに教えてください。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。今回は大変な難産でした。というのは、わたしの顔の毛孔に住んでいる小さな生き物のことですが、難産だったがたくさんの卵を産んだそうで、喜びに包まれています。隣の乗客もお祝いの言葉をくれました。ニューヨークまではあと５年です。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。この飛行機、内側の壁にご飯粒がくまなく貼り付けてあるんです。だからなんだか安心できるんですね。生産農家の人の似顔絵がすべてのご飯粒に描かれていて、だから機内の気圧が一定に保たれているんだなあと思いました。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。でも、機長が飛ばしかたを間違えるとオールドヨークに着くそうです。オールドヨーク、それは畳の腐った四畳半。トイレ共同、風呂はなし。つまりにゅうよ…いま、機長が、あっ、と小さな声をあげました。機内がカビくさくなってきました。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。ニューヨークは飛行機から必死で逃げています。いま、飛行機がニューヨークを撃ちました。ニューヨークはぎりぎりのところでよけて、それが嬉しかったのでしょう、栃木県になりました。わたしたちの旅が終わりました。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。乗客はみんな眠っています。みんなとても複雑な寝息をたてていて、それらが重なって、ゾウがつぶやくような声になります。土をたべたいな。そろそろ土をたべたいな。ゾウは何度もつぶやきます。

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ニューヨークへ向かう飛行機のなかで、これを書いています。紙がないので仕方なく目の前の座席の背にしたためていますから、あなたがいまこうして読めるというわけです。自分が乗っているのはバスだったはずだ、と不思議に思われているでしょう。では、窓の外を見てください。……いかがですか？