こよみと火山たんの日光旅行

2018年8月の、火山たんとこよみによる日光旅行です
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3枚目・天海僧正像

リンク Wikipedia 天海 天海(てんかい、天文5年(1536年)? - 寛永20年10月2日(1643年11月13日))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての天台宗の僧。南光坊天海、智楽院とも呼ばれる。大僧正。諡号は慈眼大師(じげんだいし)。徳川家康の側近として、江戸幕府初期の朝廷政策・宗教政策に深く関与した。 『東叡山開山慈眼大師縁起』に「陸奥国会津郡高田の郷にて給ひ。蘆名修理太夫平盛高の一族」と記されていることから、三浦氏の一族である蘆名氏の出自で、陸奥国に生まれたとされる。しかし同縁起には「俗氏の事人のとひしかど、氏姓も 3 users 62
リンク www.shinkyo.net 日光二荒山神社 - 神橋 - 5
和こよみ*旧暦たん/賀茂こよみ⛩️日本文化史V @yamatokoyomi

そして日光といえば~東照宮! この精緻さがすごいっo(*・_・*)o✧*。 pic.twitter.com/sC2vu0o0by

2018-08-24 11:08:47
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リンク Wikipedia 東照宮 東照宮(とうしょうぐう)とは、東照大権現たる徳川家康を祀る神社である。 徳川家康は今際の際に金地院崇伝、南光坊天海、本多正純を呼び、次のように遺言したとされる。 元和2年4月17日(1616年6月1日)、家康は駿府城で死去。柩は久能山に運ばれ、遺言に従って江戸幕府は同年12月(翌1617年1月)に久能山に東照社を創建した。これに伴い、朝廷は翌元和3年2月21日(1617年3月28日)、神社としての東照社に「東照大権現」の神号を宣下するとともに正一位を贈位、さらに、神格化された家康本人に対しても同年3月9日 9
和こよみ*旧暦たん/賀茂こよみ⛩️日本文化史V @yamatokoyomi

豆乳スープと生湯葉包みの中に黒米が入っていますの。 pic.twitter.com/KpuirT44F4

2018-08-24 12:20:40
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忘れちゃいけない、日光の本来のご霊場 二荒山神社…と、修復中で撮れなかったけど輪王寺 pic.twitter.com/3O9G6rXU1I

2018-08-24 17:26:10
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リンク Wikipedia 日光二荒山神社 日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)は、栃木県日光市にある神社。式内社(名神大社)論社、下野国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。 宗教法人登記上の正式名称は「二荒山神社」であるが、宇都宮市の二荒山神社(宇都宮二荒山神社)との区別のために地名を付して「日光二荒山神社」と称される。古くは「日光三社権現」と称された。 ユネスコの世界遺産に「日光の社寺」の構成資産の1つとして登録されている。 関東平野北部、栃木県北西にそびえる日光連山の主峰・日光三山を神体山として祀る神社である。境内は次 1 user 9
リンク Wikipedia 輪王寺 輪王寺(りんのうじ)は、栃木県日光市にある寺院で、天台宗の門跡寺院である。明治初年の神仏分離令以後、東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称される。近世まではこれらを総称して「日光山」と呼ばれていた。現在、「日光山」は輪王寺の山号とされている。また、「輪王寺」は日光山中にある寺院群の総称でもある。 輪王寺の境内は東照宮、二荒山神社の境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、「日光の社寺」として世界遺産に登録されている。 創建は奈良時代にさかのぼり、近世には徳川家の庇護を受けて繁栄を極めた。国宝 1 user
和こよみ*旧暦たん/賀茂こよみ⛩️日本文化史V @yamatokoyomi

こちらは中禅寺湖のほとりに建つ二荒山神社中宮祠… 中禅寺湖って名前、昔はこの中宮祠の別当寺が中禅寺って呼ばれていたことから来ています。明治時代に分離移転して、今は近くの立木観音が中禅寺。 pic.twitter.com/jYW3dPOXBU

2018-08-24 17:33:20
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リンク 日光旅ナビ 日光二荒山神社中宮祠|日光旅ナビ 男体山山麓に鎮座する神社 26
リンク Wikipedia 中禅寺 (日光市) 中禅寺(ちゅうぜんじ)は栃木県日光市の中禅寺湖畔・歌ヶ浜にある天台宗の寺院である。世界遺産に登録された日光山輪王寺の別院であり、坂東三十三観音霊場の第18番に位置付けられている。 寺伝によれば784年(延暦3年)、日光山の開祖である勝道上人が船で湖を遊覧していた際に、湖上に千手観音の姿を感得し、桂の木に立木のまま千手観音像を刻んだ。この「立木千手観世音菩薩」を本尊として、中禅寺が開かれた。 当初は、二荒山神社の神宮寺として、男体山登拝口近くに建立され、「補陀洛山(ふだらくさん)中禅寺」(現在の日光二荒山神
リンク Wikipedia 中禅寺湖 中禅寺湖(ちゅうぜんじこ)は栃木県日光市の日光国立公園内にある湖。日本の湖沼では25番目の面積規模を有する。 中禅寺湖は、2万年前に男体山の噴火でできた堰止湖である。人造湖を除く広さ4km2以上の湖としては、日本一標高の高い場所にある湖である。また、栃木県最大の湖である。1周は約25kmであり、歩くと9時間ほどかかる距離である。湖のすぐ北には男体山がそびえ、北西には戦場ヶ原が広がる。 中禅寺湖は、現在は観光地として知られるが、日光山を開いたとされる勝道上人が発見したとされる湖であり、かつては神仏への信仰に 15
和こよみ*旧暦たん/賀茂こよみ⛩️日本文化史V @yamatokoyomi

中宮祠の門はちょっと仏閣風。ほのかに神仏習合の名残なかんじですね~ pic.twitter.com/R0ELUA56px

2018-08-24 17:41:19
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和こよみ*旧暦たん/賀茂こよみ⛩️日本文化史V @yamatokoyomi

この中宮祠の背後にそびえ立つ男体山、山自体がご神体で、中宮祠はその登山口です。日光は、もともと全体が修験道のご霊場なのです。 登拝口から覗く登山道…霊山の「気」を感じますね~ pic.twitter.com/MOnA7rPI6g

2018-08-24 17:44:02
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リンク Wikipedia 男体山 男体山(なんたいさん)は栃木県日光市にある標高2,486mの火山。山体は日光国立公園に属す。日本百名山のひとつ。日光二荒山神社の境内地で冬季入山禁止(霊峰男体山の登拝期間は、毎年5月5日から10月25日まで)。 栃木県の中西部、日光市街地からいろは坂を登った、中禅寺湖の北岸に位置する。関東地方有数の高山であり、成層火山らしい円錐形の大きな山体は関東一円からよく望まれる。古くから山岳信仰の対象として知られ、山頂には日光二荒山神社の奥宮が置かれている。また、一等三角点「男体山」(標高 2484.15m)が設置 1 user 6
リンク Wikipedia 戦場ヶ原 戦場ヶ原(せんじょうがはら)は、栃木県日光市の日光国立公園内にある高層湿原である。標高は約1,390mから1,400mであり、広さは400haに及ぶ。 戦場ヶ原という地名は、山の神がこの湿原を舞台に争いを繰り広げたという伝説に由来している。 戦場ヶ原のうち174.68ヘクタールの地域が、奥日光の湿原としてラムサール条約登録湿地となっている。 戦場ヶ原は、標高約1,390から1,400メートルの平坦地に広がる400ヘクタールの湿原である。その東側を(南から順に)男体山、太郎山、山王帽子山、三岳およびその山麓 2 users 5
火山たん/三原あかり/地学系Vtuber @volcano_tan

@yamatokoyomi 男体山はなかなか見えなかったんだよね〜… ということで、今日はこよみちゃんと一緒に栃木は日光を巡ってきたんだよ〜♪ pic.twitter.com/tLywleyeTt

2018-08-24 17:52:00
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火山たん/三原あかり/地学系Vtuber @volcano_tan

@yamatokoyomi 日光といえば、中禅寺湖に華厳の滝!落差97mの瀑布は凄まじい迫力だったんだよ〜! pic.twitter.com/5EcMGSy2dK

2018-08-24 17:55:01
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リンク Wikipedia 華厳滝 華厳の滝(けごんのたき)は、栃木県日光市にある滝。発見者は勝道上人と伝えられ、仏教経典の1つである華厳経から名づけられたといわれる。華厳渓谷周辺では他に阿含滝、方等滝、般若滝、涅槃滝もあることから、五時の教判から、それらと同様に命名されたものと考えられている。 男体山の噴火により堰き止められた中禅寺湖からの地表を流れる唯一の流出口大谷川にある滝。落差97mの滝を一気に流れ落ちる様は壮観で、日本三名瀑のひとつにも数えられている。霧降の滝、裏見滝と併せて日光三名瀑とも、湯滝、竜頭の滝と併せて奥日光三名瀑とも言 3