[R-18]少年合唱団の子が声変わりして綺麗な声を失くし、未練を残しつつヤサグレバンドマンになるやつ
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幼いころ、少年合唱団で独唱をまかされるほどの美声だったとある男子。 だが声がわりは残酷にもその喉から繊細な高音を奪ってしまうのだった。 周囲はししばしばあることだと慰め、後輩の子供たちを指導する道を勧めるが、本人ははねつける。
2017-11-26 21:41:05タバコでのどを潰し、あやしげなつてでギターを手に入れ レーザーとスモークの中で、しわがれ声で叩きつけるように歌う若者。 黒づくめの姿は、かつてのあどけない天使から、やせぎすの悪魔へ変じたかのよう。
2017-11-26 21:45:02あるライブ後の夜、いつものように酒場の片隅で酔い潰れる若者のもとへ、 彼のもとに灰色のコートを着た男がやってくる。 「ずいぶんなすさみようですね。大聖堂に響いていたあなたの無垢な歌声を覚えていますが」 「…ぶっ殺されてえか」 「昔にもどってはいかがです。今からでも遅くない」
2017-11-26 21:49:06灰色の男は一枚のCDを渡す。 「これを」 「あん?」 「天使の歌声です。あなたのお仲間のね」 「ふざけんな」 若者は叩き返そうとするが相手はすでにいない。
2017-11-26 21:50:28若者はCDを放り出して舌打ちする。だが素面にもどってから、なんとなく手にとって聞いてみる ひびきわたるソプラノ。あの日体の内側からあふれていたのとよく似ている。 気づくと頬を涙が伝っている。 「ふざけんな…」 不摂生で痩せた肩が震える。
2017-11-26 21:51:56それから若者の歌には精彩がなくなる。失ったものへの恨みと怒りを載せたしわがれた声に 不安な弱さがまじる。 そこへまた灰色の男がやってくる。 「どうです。あの歌は」 「ありゃトーマだ。神童で有名だった。知らない録音だけど」 「それはそうです。先月録ったんです」 「うそつけ」
2017-11-26 21:56:14「トーマは俺より五つ上だ。この前写真を見たぜ。すっかり肥ったおっさんだ」 「今は違いますよ」 「なんだと?」 「また歌えるようになったんです」 「は、若返りの薬でも飲んだってのか」 「さて…どうです…あなたも試してみませんか」 「くだらねえ!」
2017-11-26 21:58:13だが若者の頭にこびりついて離れない。あのトーマの歌声。 声変り前の神童の喉が奏でる至高の一曲。いや違う。大人のものだ。 しかしあれはまるで 「カストラート」 舌打ちする。下らない。迷信だ。去勢をした歌手。
2017-11-26 22:00:29もう一度CDを再生する。新しい録音。 本当だろうか。若者は煙草を立て続けに吸いながら、じっとヘッドホンを掴んで聴き入る。 かすかに荒い息遣い。興奮が感じ取れる。歌いながら恍惚としている。これだけの喉を得られたならそうだろう。 「くそったれ!くそったれ!」 灰色の男が三度あらわれる。
2017-11-26 22:02:27「さあ。お気持ちは」 「お前は信じない」 「では…これを」 「くそったれまたCDか」 今度のはカイ。南の聖歌隊で一番だった。自分より二つ下だが、声変わりはしているはずだ。
2017-11-26 22:03:44若者はカイとトーマの消息をさぐる。どちらも音信不通。一方は休学、もう一方は旅行中だという。家族に問い合わせてみればわかるかもしれなかったが そうすれば自分の家族にも連絡がいく。うっとうしい父や再婚相手と話はしたくない。 「くだらねえ」
2017-11-26 22:05:47灰色の男はまたやってくる。 「またCDか」 「いえ、どうぞこれを」 紙袋に入った酒瓶。中には透明な酒。度がきつそうだ。そんな気がする。 「…これで…俺がカストラートになるって?」 「いいえ」 答える男の古代の彫像のように固く整った顔立ちを見上げる。 あらためて眺めると、随分背が高い。
2017-11-26 22:08:29「は。いいじゃねえか」 栓を抜き、一息に呷る。喉を焼く火酒。 「あぐ…ぁあああ!!!」 吐く息まで燃えるようだ。 「くそ!くそくそくそ!!」 洗面台に駆け込み吐こうとする若者を羽交い絞めにする男。 「おちついて」 「ああああ!!!!!!あああああああ!!」 叫び声のオクターブが上がる。
2017-11-26 22:10:09浮いた肋をおおうだけだったシャツの胸がはちきれんばかりにふくらみ、 張り詰めた尻でジーンズの後ろが裂け、手足が縮んで男に捕らえられたまま、ぶらさがる恰好になる。 「ちくしょう何をしやがった!」 「随分肉付きがよくなりましたね。まあそれは些末なこと」
2017-11-26 22:12:15「俺を!女なんぞに!!くそったれ!」 「まあそのふくよかさの方が、声量のあるハイソプラノは出しやすいでしょう。さあ囀ってごらんなさい」 男の指が遠慮なくできたばかりの乳房に、尻朶に食い込み痛みのあまり悲鳴がほとばしる。透き通った高音だった。
2017-11-26 22:14:37かつて少年合唱団が歌声を響かせた大聖堂に、灰色の男達の手で夜半いくつもの大きな楽器ケースが運び込まれる。 コントラバスよりも大きなそれらは、会場で開くと、中から裸身の女があらわれる。それぞれ縛られ、さるぐつわをはめられ 胸先や秘所は金属の輪が貫き、弦を張ってある。
2017-11-26 22:20:06穴という穴には玩具が埋まり、肌は奇怪な火酒のために火照り 調律はすっかり済んでいる。 それぞれの面差しはかつて歌壇の席を埋めた清らかな少年の面影をとどめているが、淫蕩な雌の色に染まっている。
2017-11-26 22:22:24「諸君。今宵、失われ、損なわれ、毀たれ、貶められた音楽が、再び蘇るのです」 タクトを持った灰色の男が高らかに宣言すると、背丈から目鼻立ちまでそっくりの男達、奏者が一斉に頷く。 それぞれ愛用の楽器を固定し、弓を持つもの、撥を持つもの、素手で直に触れるもの、熟練の動きで演奏の準備に
2017-11-26 22:24:59まずは音合わせ、かつてのボーイソプラノよりもさらに完璧に澄んだ悲鳴と嬌声があふれ、一つに重なる。 「すばらしい」 指揮者が銀に輝くタクトを振ると、大聖堂の闇の中で、美しい聖歌があふれ出す。 永遠に朽ちることのない、甘美なる旋律。
2017-11-26 22:26:55不死なるものを讃え、完全なるものを寿ぐ曲が、次から次へ。奏者は誰ひとり疲れを見せず、楽器が痙攣し泡を吹くたびに調律を繰り返しながら 何時間もとめどもなく交響を続ける。
2017-11-26 22:29:04独奏を任されるのは、あの若者だった。 少年だった若者。 いや、若者だった女。 あるいは、女だった楽器。 灰色の男のどこか獣じみた爪が、歯が、全身に痣を作りながら、遠い昔に捨てたはずの子供時代の音楽を拾い集め 新しい喉からあふれさせる。
2017-11-26 22:31:46気も狂わんばかりの長尺を一音も外さずたどり終えると、 万雷の拍手が沸き起こり、灰色の男達は無表情に会釈して、アンコールに応える。 何度でも、何度でも。
2017-11-26 22:33:12空が白むころ、男達はようやく散会し、楽器の頭を撫ぜ、耳元に誉め言葉をかけ、あるいは恋人のように口づけを重ねてから、それぞれのケースにしまい 痕跡のいっさいを拭い去って大聖堂をあとにする。 やがて朝の最初の鐘が鳴り、やがて声変わり前の少年達が、無垢な歌声を響かせにやってくるのだ。
2017-11-26 22:35:45日の光の中に響く、はかなくも可憐な合唱は ほんの少し前 夜の闇の中に谺した、永遠に甘やかな歌声と 過去と未来、来し方と行く末を表裏にして、冷えた大気をかき乱す。
2017-11-26 22:38:35