P-PingOZ第7話 『ひかりの海』

いつかどこかの物語、第02特区、通称OZに暮らす人々の生活を覗き見する番組のTwitter配信アーカイブです 今回の主人公:塾講師(31歳、男性) 前:https://togetter.com/li/1260923 次:https://togetter.com/li/1303211 #p_poz 宛に後追い実況や一言感想をツイートいただけると大変嬉しく思います
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いつかのどこかのお話です。 あるところに、第02特区という島がありました。 みんなはこの島をオズと呼び、日々せいいっぱい生活しています。 この島では、住民の皆が主人公。 そんな彼らの様々ないとなみを、ひととき、覗いてみましょう。

2018-09-22 20:02:24
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今日の主人公は、アサヒ・ピアース(31歳/男性/塾講師)。パートナーを伴ってランタン岬へ赴く、彼の灯籠流しを見守っていきましょう。

2018-09-22 20:06:41
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P-PingOZ 『ひかりの海』/ナレーション:友安ジロー

2018-09-22 20:09:02
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オズに墓地はない。この人工島は、増え続ける死者に寝床を明け渡さなかった。だから僕らは海に祈る。今日の舞台は、海底で眠る魂へ捧げる、祈りの夜だ。1

2018-09-22 20:11:13
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オズの北端、ランタン岬から海へ流れる色とりどりの水溶性の灯籠は、鳥の目線で見おろすと蛍【発光する昆虫。オズには再現人形が存在する】が踊るようだ。例年通り、小型スピーカーと防犯カメラを積んだ巡回ドローンが、古い弦楽四重奏を割れた音で流している。2

2018-09-22 20:14:22
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更に上空を飛び交うのは、メディアのドローンだ。グレイ社の清掃人形暴走事故をはじめ、この年は彼らのエサが多かった。彼らは彼らのエサを貪ればよく、僕らは僕らの主人公を雑踏から見つけるとしよう。3

2018-09-22 20:18:43
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……今日の主人公、アサヒ・ピアースは、岬へ向かう海浜公園の遊歩道にいた。さざめく人波を、パートナーである栂遊飛(つが・ゆうひ/30歳/男性/服飾店副マネージャー)と連れ立っている。太陽が渋々空を明け渡してなお橙色が西の空にしがみついている、そんな時間だ。4

2018-09-22 20:22:34
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太陽の日【一年で最も日照時間の長い日】から1ヶ月後の夜行われる灯籠流しは、元は溟渤教【溟渤教(めいぼつきょう)/オズで最も信仰されている教義】の物だ。それがいつしか無宗教的な行事として認知され、多くの生者が毎年訪れるようになった。5

2018-09-22 20:26:35
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溟渤教では、善人の霊魂は「名前のない海の神様」に守られ、海の御殿で安らかに暮らすという。悪人は魚に囓られながら、その御殿を下で支え続ける。上と下、魂はどちらが多いんだろう? きっと僕が死ぬまでそれは分からない。ただ全ての魂を安んじるべく、海に灯りを送り出すだけだ。6

2018-09-22 20:31:41
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「偉いよねアサヒ。俺んち全然やんないよ、こういうの」故人の思い出話がそこここから聞こえる中で、夜気を楽しむように歩く二人。揃いのジーンズで、無地のシャツにデッキシューズのアサヒと、今夏流行ったドット柄のTシャツにサンダルの遊飛。二人で灯籠流しに来るのは初めてだ。7

2018-09-22 20:36:51
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「いいや、家で毎年来てるの俺だけだよ」「大事な人なんでしょ? 亡くなった時大変だったもんな」「あれなあ」思い出して苦笑する二人。「アサヒと知り合ってすぐだったから、母ちゃんに良い診療所ないか聞いちゃったよね」「本当、あの時は有難うな」「全然……どういう人だったの?」8

2018-09-22 20:40:12
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アサヒは、髪と同じ濃い琥珀色の目を懐かしそうに細めた。「父方の祖父なんだけど、そうだな……命の恩人で、俺の先生」「そっか。それじゃあ今日はちゃんとお礼しないとだな。今年は休み合わせられてよかった」塾の教え子一家に会釈を返したアサヒが遊飛を振り返る。9

2018-09-22 20:45:24
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「遊飛には祖父の写真、見せてなかったっけ?」遊飛は頷く。「見る?」「見たい」「分かった」二人の歩みがスローダウンし、肩を寄せアサヒの携帯端末を見る。「これ」「おー。目元そっくり。あ、けど、爺ちゃん頑固そうな」アサヒの祖父は私立の高校で音楽を教え、大変厳格だったという。10

2018-09-22 20:49:51
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「そうだね。頑固っていうか、真面目っていうか。礼儀とかマナーに厳しくて、一通り叩き込まれた」「そうだ、忘れてた!」それで何か思い出したのか、遊飛が声をあげる。「うちの親が、またアサヒに会いたいって」「ご両親が?」今度は遊飛が携帯端末のショートメッセージ画面を見せる。11

2018-09-22 20:56:58
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「そそ。今までのパートナーで、アサヒが一番ちゃんとして好きって。爺ちゃんのお陰じゃん? ほら、ここ」「本当だ。こんなに褒められると恥ずかしいな」「……なあ」照れるアサヒに、決まり悪そうに遊飛が切り出す。「うん」「本当に、お前の実家行かなくて良かったの? 同居の挨拶」12

2018-09-22 21:02:02
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「良いんだ」答えるアサヒは、何かを諦めている素振りだった。「遊飛は実家にいたんだから、ご挨拶に行くのは当然だけど、実家は俺のこと心配してないから」「けどさ」「良いって。あ、飲む物買っていい?」あからさまにはぐらかし、アサヒは移動販売のワゴンに向かって遊飛の手を引いた。13

2018-09-22 21:07:39
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ワゴンの近くまで来たところで、アサヒが遊飛の手をほどいた。「遊飛ごめん、通話」「おう」ジーンズから携帯端末を取り出し、画面を確認したアサヒは首の後ろを掻くと通話に応じた。「アサヒだけど。どうしたの?」話しながら通行人の邪魔にならない歩道の脇へ向かう。14

2018-09-22 21:13:53
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「……え。はあ、おめでとう」ガス灯を模した街灯の下、アサヒは硬い声で応対していた。「用件なに。今外なんだけど」アサヒの様子を、数歩離れた遊飛が意外そうに見つめる。「え? ……なにそれ? ……いや冗談じゃないよ」アサヒの身振りから怒気がにじむ。「待ってって、考えるって何を……」15

2018-09-22 21:17:45
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それきり、アサヒは一言も発しない。通話を切られてしまったようだ。「……なにごと?」携帯端末を片手に微動だにしなくなったアサヒへ、遊飛が尋ねる。「ごめん。上の姉が妊娠したって連絡があって」遊飛は短い顎髭を掻いて、更に訊く。「おめでたい話に聞こえるけど」「俺に養えって」16

2018-09-22 21:22:35
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「は? え、なんで?」あっけに取られる遊飛を置いて今までより広い歩幅で歩き出したアサヒを、遊飛も慌てて追う。「二人目以降は0歳児から住民税がかかる。俺が一番稼いでるから、それででしょ」オズには墓地だけでなく、揺り籠もない。17

2018-09-22 21:26:09
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惰性で人口コントロールを続ける行政は、数年前に第二子以降に市民登録税の他、住民税を支払うよう義務付けた。アサヒ達の遠く後ろ、すいぎょく地区で淡くエメラルドに光る行政府ビル。街の観光シンボルにもなっている消えない虹がかかっている。あそこには、僕らの目も、耳も、声も届かない。18

2018-09-22 21:29:16
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……美しい夜景だ。19

2018-09-22 21:33:15
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「祖父から聞いた話だと、昔は3人目からだったんだけどな」追いついた遊飛がアサヒの両肩を払う。【この動作には、雨を払う事から転じてネガティブな出来事を払う意味がある】「いや、だからってお前に押しつける姉ちゃんも大概だぞ。なんつってんの」「また連絡するから、考えといて、って」20

2018-09-22 21:35:50
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見かねた遊飛が移動販売ワゴンで冷たい炭酸水を二本買い求め、片方をアサヒに渡した。「で……どうすんの?」「……どうしよう?」混乱と、何故か怯えを見せたアサヒは、戻って来た遊飛のTシャツの裾を掴んだまま、動けない様子だった。21

2018-09-22 21:41:53