国策によって何度も住む場所を追われた人々

敗戦から73年。被災地・福島には引き揚げや原発事故など度重なる国策によって何度も住む場所を追われた人々がいる。8月15日。この国の過去と現在に思いを寄せたい。せめてこの日ぐらいは
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三浦英之 「南三陸日記」文庫化 @miura_hideyuki
①敗戦から73年。被災地・福島には引き揚げや原発事故など度重なる国策によって何度も住む場所を追われた人々がいる。8月15日。この国の過去と現在に思いを寄せたい。せめてこの日ぐらいは pic.twitter.com/YWtHfUJYM1
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②福島県浪江町の主婦岸チヨさん(88歳)は、あの日聞いた母の最期の言葉が忘れられない。終戦直後の旧満州(現・中国東北部)。母は消え入るような声で言ったのだ。「親不孝者……」と pic.twitter.com/bKJKKbLs2c
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③福島県上川崎村で生まれた。国策で推し進められた満蒙開拓団に加わり、1942年、一家9人で旧満州の下学田へと渡った。当初は楽しく国民学校に通った。ところが戦況が悪化すると、小銃の撃ち方を教わったり、家に侵入してくる敵を出刃包丁で刺したりする訓練などをさせられるようになった pic.twitter.com/yrpJL3AVkr
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④敗戦を知ったのは8月18日。9月4日、集落にソ連が進軍してくるという話が広まると、翌朝、住民に集団自決用の手榴弾と劇薬が配られた。父は家族に劇薬を手渡して言った。「これを飲め。俺はお前たちの最期を見届けてから手投げ弾で自決する」(写真は父。岸さん提供) pic.twitter.com/3MqM9NhpAa
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⑤岸さんは最後の別れを告げようと、親友に会いに行った。すると集落のあちこちで「この劇薬では死ねないぞ。飲むな」と叫ぶ声が聞こえる。急いで家に戻ると、家族は劇薬を飲んで、もがき苦しんでいた。慌てて解毒剤を飲ませると、胃の中の物を吐き出し、しばらくして快復した pic.twitter.com/dFXhJA3LIB
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⑥ただ1人、解毒剤を拒んだ家族がいた。最愛の母だった。母は日本の勝利をかたくなに信じ、旧満州の土になろうと大陸に渡ってきた人だった。解毒剤を勧める手を振り払い、言ったのだ。「親不孝者」と(写真は当時の国民学校。S63年の再訪時に撮影。岸さん提供) pic.twitter.com/hukcoqxnhF
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⑦15日後、母は苦しみながら42歳で亡くなった。4歳年上の姉は隣家で睡眠薬を飲んだ後、家に火をつけて焼け死んだ。1歳のめいは「連れて行ってもいくらももつまい」と父が首を絞めて殺した(写真は右から焼死した姉、下が母、左がめいと義姉。岸さん提供) pic.twitter.com/ox1Vd8IjB9
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⑧その後、一家はドブネズミのようになって大陸を逃げ回り、1年後、引き揚げ船に乗った。落ち着いた先は福島県津島村(現浪江町)。山林を開墾するため、ササで屋根をふいただけの小屋で暮らし、炭などを作って生活をつないだ。岸さんは旧営林局の職員と結婚し、浪江町内で2人の娘を育てた pic.twitter.com/3sc6XD6V5x
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⑨2011年、東京電力福島第一原発事故により、浪江町全域に避難指示が出された。岸さんは約5年間、福島市内の仮設住宅で生活し、今も娘夫婦と一緒に福島市内で避難生活を続ける pic.twitter.com/zIm10UlJdc
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⑩今年4月、私と一緒にかつて暮らした旧津島村の家を訪ねた。今は帰還困難区域に指定され、草が伸び放題になっているその場所を見つめ、何度も頭を振った。満蒙開拓、引き揚げ、原発の事故。国策に翻弄された人生を振り返る時、胸にこみ上げるのは国に対する憎しみではない pic.twitter.com/DKxM88LaTO
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⑪岸さんは言った。「国が決めることはいつも大きすぎて、私にはよくわからない。私が悔やむのはあの時、無理にでも母に解毒剤を飲ませるべきではなかったか、という小さなこと」 pic.twitter.com/aGvKM0reG6
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⑫満蒙開拓平和記念館(長野県)によると、満蒙開拓団の総人員は約27万人。福島から参加した開拓団員と義勇軍隊員の数は約1万3千人で都道府県で4番目に多い。原発事故に伴う県内外の避難者はいまなお4万4千人以上にのぼる(終) pic.twitter.com/7nupE9hAzs
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コメント

LCO @f_lco 9月28日
国策の公共事業のプラスの恩恵全力で受けながら マイナス面には一方的に文句を言うだけ 流石朝日新聞、ゴミしかいねーなw
CD @cleardice 9月28日
運の悪い人というのは居るものだなあ
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