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福留麻里×村社祐太朗「塒出」ご感想まとめ

福留麻里×村社祐太朗「塒出」にご来場いただいた皆様のご感想をまとめました。
コンテンポラリー・ダンス アート 舞台芸術 演劇 ダンス
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石倉康司 @koji_ishikura
福留麻里さんと村社祐太朗さんの新作公演『塒出(とやで)』を観てきました。提示された余白に心地よく自己を埋める事が出来て、楽しかった。内容と、その受け取り方を含めての作品なのかな。ダンスもさることながら頭に残る名詞が飛び交うテキストが良かった。刺激をもらいました。
小坂 圭司(代理人of小曽根章造) @crosstalk20
それで昨日は横浜で福留麻里&村社祐太朗の「塒出(とやで)」を観て、ストイックにいろいろなものをそぎおとし、「リピートする所作」と「ことば」のみを提示するような舞台には強く共感し、そこで「初期シェーカー聖歌」を思い出したのだった。わたしは照明ももっとシンプルでもよかったと思ったが。
桜井圭介 @sakuraikeisuke
福留麻里×村社祐太朗 『塒出』、やっぱよくわかんなかった。けど、後半、こっちの体が馴染んで来たからか、じんわりと「味わい」のようなものも感じられた。
桜井圭介 @sakuraikeisuke
(コントロバーシャルなアイテムである)「盆踊り」の「誤用」「悪用」としては比類ないものだった。フォーマリズム万歳!もちろん、「盆踊り会場」というシーンの「表象」としても、きわめて「ディーセント」に、機能していたわけだが。発話(されるテクスト)との関係/効果についてはわからない。
桜井圭介 @sakuraikeisuke
あ、関係/効果に関してはわからない、というのは関係/効果がないわけではないが、どういうことになっているのか?がわからない、という意味。
yohei kono @yhey0711
福留麻里×村社祐太朗 『塒出』観てきた。4〜5種類の盆踊り的なダンスとテキストの組み合わせによる作品。音楽は一切鳴らないにも関わらず、繰り返される動きや服の擦れる音や地面を踏む音によりリズムが聴こえてくるのがとても良かった。ただ、これが心地良すぎてテキストが全然頭に入らなかった笑。
yohei kono @yhey0711
何の話をしてるのかは開始3分くらいからわかってないけど、50分くらいダンスを観てるだけ良かった。8拍のものと10拍のものがあった気がしてその辺りも気になってしょうがなかった。特に2番目と最後のダンスはこれ繰り返し踊れるのマジで凄いなーという感じだった。
yohei kono @yhey0711
あとはライディングが凄かった。このライティングの美しさも繰り返されるダンスにかなりプラスになっていた。呪術的な感じがかなり出ていたと思う。別にダンスでなくてもいいのだけれど、こういう系統の作品なら次の作品も見たいなぁと思った。
綾門優季 @ayatoyuuki
STスポットで、福留麻里×村社祐太朗『塒出』。何がどうしてそうなるのかメカニズムがよくわかっていないのだけど、新聞家『SABR』(初新聞家だったということもあって一語も理解出来ずに陥落したといって良い)に続いて意味をとれなかった。公演が終わった後の余韻自体は素晴らしかった。理解度とは。
綾門優季 @ayatoyuuki
思い出そうとすると福留さんの手のフリと照明がビシッと決まったシーンばかり浮かんで、結局何の話をしていたのかまるで記憶していない。
綾門優季 @ayatoyuuki
村社さんのテクストとアピチャッポンの映画と関かおりさんのダンスは「好き嫌いでは好きの部類に入るのに腑には落ちてこない」という謎のフォルダに入る。
イトウモa.k.a.LOCUST @gomzo__i
福留麻里×村社祐太朗「塒出」。福留さんの回転運動には走馬灯のようなものを僕も想起しました。原始的なフィルムの機能を
渋革まろん @z_z__z
福留麻里×村社祐太朗「塒出」。福留さんが5種くらいの盆踊りの振付けを踊りながら発話していく。内容は掴みにくいが、盆踊りが円になって踊ることで死者を召喚する儀礼であるように、死者≒記憶への新たなアプローチを村社は試みていると思う。イメージから現実が現れる回路そのものに触れること。
渋革まろん @z_z__z
新聞家の演劇に対する関心の所在が強く表出されていて、これが僕にはとても重要に思える。一方で「塒出」の言葉、身体、セノグラフィが調和的に作用していたように、盆踊りという伝統的な意匠を持ち出すと、経験の具体性を欠落させたまま、実質の不在を隠蔽する美的な様式に回収される危険も感じる。
ひい @shiroooll
新聞家の「塒出」をみました。新聞家の作る劇は消化不良を起こした時に何を食べたか、どれが不良なのかを探し出すみたいな感覚に。快調と乱調の所在を探すみたいな作業に似てると思う。他でもなく自分の中のエラーに向き合うような場面に遭遇している感覚になりますね。
岡田智代 @odorumum
『塒出』普段セリフは入ってくるに任せ自ら追うことはしない。けれど毎回言葉の更新を試みながら発話されるテキストは、知らず知らず追いかけてしまう。鮮度の高い言葉を発しながら、乖離した身体で踊り続ける集中力。照明も発話の如く景色を成し、全てがくっきりと残る。麻里ちゃん、刺激的!
野村崇明 @mihailnomrish
福留麻里×村社祐太朗『塒出』を観てきた。反復される動き(その動き一つ一つには、どうやら名前が付けられ意味を持っているらしい)とともに発話される、イントネーションも区切りもおかしなテクストは、ベタに読むとある一人の女性の至極個人的な体験を語っているのだが、
野村崇明 @mihailnomrish
平板なイントネーションによって、その出来事を語る主体にとっても他者となる。語られる言葉たちは、それを語る一人称の意図や文脈に奉仕し、個人的な固定された意味の支配下にあるのではなく、他なるものかつ中性的で匿名的なものとなる。ダンスの異様な繰り返しも、動きに似た効果を与えているだろう
野村崇明 @mihailnomrish
最も感動的なのは、ふと動きが止まり、テクストだけが語られる瞬間、あるいはテクストが終わりアウトロのような動きが始まる瞬間、そして舞台に豊かなリズムを与える照明の切り替えの瞬間だ。これらは全て、意図や個人に帰属しない他なるものであり、互いを注釈しあったりもしないある意味無関係なもの
野村崇明 @mihailnomrish
ある意味無関係なものでもあるが、そうであるにもかかわらず(あるいはそうであるがゆえに)他者同士の出会いは、ハーモニーを形作る。その旋律は、むしろ何かがストップし、転調する瞬間にこそ顕在化しているのだ。
きたしまたくや @kitajoy
石倉くんとひかるちゃんに声をかけてもらって、福留麻里さんと村社祐太朗さんの新作公演 『塒出(とやで)』を見て来ました。カニエ・ナハさんとのアフタートークも含め、今まで使われていなかった脳のスイッチを押された感じがします。不思議な体験でした。
桜井圭介 @sakuraikeisuke
トシキオカダin盆踊りレクチャー。 pic.twitter.com/2osdFFzgn8
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にこく/ぢる @seimeikatsudou
塒出、堂々巡りのただなかで静止することが「出る」一歩前の逡巡としてドラマチックな頂点を形成する、ジュネの判決のような複数のラインが緊張関係をつくるものとして場を磁化し電流すること、物語がその瞬間瞬間で消失していくのはつまり言語としての「詩」ではなく消えものの詩学がたたかわれている
にこく/ぢる @seimeikatsudou
塒出の興奮覚めやらぬままプリキュア展にきました。なにも見えない pic.twitter.com/8WTPPEjA5b
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ah @meteologist2016
福留麻里×村社祐太朗 新作公演『塒出(とやで)』@stspot:物語(?)があるような感じで、なんかある日ある時のことを話していたようなのと、5種類くらいの異なる盆踊り(どれもかわいい)と素晴らしい照明で、かなり見やすい新聞家でした。ある日ある時の情景は浮かぶけど、それはあまり深まらない。
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「#演劇」
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