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KUMI_Kaoru @KaoruKumi
今朝、ふっと悟りを得た。私がずっとずっと続けてきたこの努力は、ワクチンの開発ではなく、衛生の研究だったのだなって。 出産後に急死する「産褥熱」の原因が、医者の不衛生にあることを突き止めた医者が医学界から袋叩きにされて病死したことがあるという。 今度の本で私もそうなるかな。
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org-chem.org/yuuki/world/ph… >史上初めて手洗い・消毒の重要性に気づいた人物は、ハンガリー出身の医師イグナーツ・ゼンメルワイスであった。彼は産褥熱(出産の際の傷から細菌が侵入して起こる感染症)の発生率が、同じ病院の2つの棟で10倍も異なることに気づいた。
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>調べた結果、両者の違いは出産を担当するのが医師か助産婦かだけであった。当時、医師たちは死体を解剖した後でも手を洗うことなどせず、そのまま出産に立ち会っていた。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>ゼンメルワイスは死体からの何らかの病毒が医師の手を経て妊婦に移り、産褥熱を発生させているのではと推測した。まだ病原菌という考え方がなかった時代、彼の発想は画期的だった。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>彼は早速学生たちに、手を塩素で消毒して爪の間までブラシで洗うことを命じた。入浴の習慣さえなかった当時の学生たちはこれに抵抗したが、ゼンメルワイスは彼らを怒鳴りつけてこの習慣を徹底させた。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>効果はてきめんだった。手洗いを始めてから数ヶ月のうちに、産褥熱は10分の1に激減した。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>1861年、彼はこの結果を論文にまとめて発表したが、学界からは猛反発を受けた。ゼンメルワイスの説を認めるということは、今まで彼ら医師自身が妊婦を死に追いやっていたことを認めることであり、これは何が何でも避けねばならない事態であった。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>しかしゼンメルワイスの言う通りに消毒をしたところ産褥熱が激減したのを知り、責任を感じて自殺する医師も出るなど、実際には彼の正しさは揺るがぬものであった。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>ゼンメルワイスはウィルヒョーの圧迫によってウィーンを追われ、故郷のハンガリーに戻る。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>しかし自説を認められなかった悲しみから彼はやがて精神を病み、入院することになる。ここで彼は傷口から細菌が入り、皮肉にも産褥熱と同じような症状を発して死亡した。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>医学の発展に貢献し、多くの命を救った医師の、あまりにも悲劇的な死であった。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>細菌が人体に入り込んで病気を引き起こすことが判明するのは、ゼンメルワイスの死後になってからのことである。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>この説を提唱したのは、フランスのルイ・パスツールである。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>初めて実用的な消毒法を発表したのはイギリスの医師ジョセフ・リスターで、1865年のことであった。彼はパスツールの病原菌説を論文で知り、何か細菌を殺す物質はないかと考えていた。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>ある日彼は、石炭産業の副産物であるフェノールをドブ川に流すと、悪臭が消えるという新聞記事を発見した。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>「これだ」と直感した彼は、早速傷口を包む包帯や医療器具をフェノールで殺菌することを試み、劇的な効果を挙げた。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
>ようやく人類は化膿と敗血症の恐怖から解放されたのだった。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
このところずっと小学校の国語教科書を分析していて、中学英語教科書と突き合わせていくと、いわゆる「ニホンジンの英語」の感染源が小1国語だってことがよくわかるんですよ
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
「です・ます」しゃべりを小学一年生に促すわけです。それは別に害はないのですよ。「話しことば」から「書きことば」へ子どもたちを入門させるための足掛かりとして「です・ます」脳を育むわけです。 pic.twitter.com/WzRgu7ygu4
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KUMI_Kaoru @KaoruKumi
これもそうですね。「です・ます」で、おとなりの席の子について皆にスピーチ。 pic.twitter.com/h8V0d2rxmk
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KUMI_Kaoru @KaoruKumi
こうやって「です・ます」脳を育むなか、作文に挑ませるわけです。モルモットの観察日記とか。「です・ます」で書かれてますよね。「です・ます」脳を媒介に、「話しことば」がそのまま「書きことば」に置きかえられているわけです。 pic.twitter.com/xqeVWSc2kW
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KUMI_Kaoru @KaoruKumi
まんが文法が併用されています。ふきだしですよふきだし。これもまた「話しことば」と「書きことば」の境目に漂う、不思議なアジール。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
同じ技は中一英語でも使われているのですが、この場合は「書きことば」→「話しことば」。つまり小一国語とは逆ベクトルなんですね。 pic.twitter.com/pOKuxIc4xr
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KUMI_Kaoru @KaoruKumi
小学校に上がる時点で、私たちはすでに「話しことば」を楽々使いこなしています。だから、文字の読み書きを覚えるのと並走して「話しことば」→「書きことば」への移行を、国語の授業で促される。 しかし英語の授業はそうはいかない。教科書を使って、つまり「書きことば」から「話しことば」に進む。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
ここでちょっとことわっておくと、「書きことば」というのは目で理解することばのことです。スマホでラインを確認するとかもそう。くだけたことばづかいでやり取りしていても、文字を介しているわけだから「書きことば」です。(「打ちことば」という新ジャンルだとする論者もいますが)
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