時計屋シリーズ6~あの世のものを討つ騎馬警官隊の話~

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まとめ 時計屋シリーズ5~三好の娘の話~ ルビは肇(はじめ)、都築(つづき)、夕花(ゆうか)。 1470 pv 5

本編

帽子男 @alkali_acid

霧の中にいななきが響く。蹄鉄が煉瓦敷きの道を踏む音もする。 だが、大気にただよう細かな水の粒はすべてを吸い込み、こだまを封じるかのようだ。 薄灰の帳の下、わずかに濡れた路上をぎくしゃくと歩く人影が一つ。かなたから近づいてくる騒鳴をまるで意に介さぬ風。

2018-10-20 13:52:37
帽子男 @alkali_acid

青い警官の制服をまとって、片手に洋刀を引きずっている。切先が舗装にあたって火花を散らす。すぐになまくらになってしまうだろう。 「ああああああ!!!!!」 血に汚れた襟から伸びた、痣だらけのふくれた頭から、おかしな叫びが発する。その声だけは、なぜか霧を貫いて殷々と街並を渡ってゆく。

2018-10-20 13:58:03
帽子男 @alkali_acid

わめきに合わせ、肌のそこかしこから牙のように伸びた骨の突起が肉の中に出たり入ったりし、ふちから赤黒い血をこぼす。 「ああああ!!!!!」 異形のゆくてには人が群れている。背広やロングスカートの、市井にごくありふれたみなりの男女。なぜかあさっての方を向いている。

2018-10-20 14:02:17
帽子男 @alkali_acid

司直もどきの腕が上がり、剣を掲げ、勢いよく下ろす。 背広の中年男を袈裟に斬り、血煙を撒き散らせながら倒す。 さらに刃をふりかぶったところで、手首を銃弾が貫く。轟きが響く。 馬蹄が近づき、霧の中からいまひとふりの洋刀が閃いて、今度は異形の頭を半分に断ち落とす。だが相手は止まらない。

2018-10-20 14:04:52
帽子男 @alkali_acid

いつのまにか隊をなしてあらわれた濃紺のおしきせをまとった騎馬警官の群は、同じいでたちをした怪物を取り囲み、鞍上から幾度も得物を振るってようやく標的を動かなくさせる。

2018-10-20 14:06:34
帽子男 @alkali_acid

警官もどきが崩れ落ちたあと、長と思しき人物が馬を降り、死んだ男とともどもに死体をあらためる。腰の無線機をとってまだ不通なのに舌打ちする。 「…霧はいつ晴れる」 つぶやいた横顔には火傷の跡があるが、とても整った造作をしている。ひげも剃り跡もなく、男か女かは判じ難い。

2018-10-20 14:09:13
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 「警視庁の方ですか。どうしてここに」 「県警本部に連絡は行っていると思うのですが」 東京の刑事、犬養と幣原は二人して路面電車の座席に腰かけ、不機嫌そうに応じた。白黒に塗り分け、赤い警告灯をつけた胴長の車両はパトカーのパロディのようだが、まぎれもなく地元警察の移動手段だ。

2018-10-20 14:12:08
帽子男 @alkali_acid

「こちらは何も。で…すいませんもう一度確認しますと、目の前に座っていた相手が突然叫びながら逃げ出した。そうしたらテーブルがまっぷたつになった」 地元の警官はかなりつきはなした態度だ。よそもの達もむっつりしている。まるで別の敵国同士でもあるかのよう。 「過激派の疑いがある人物です」

2018-10-20 14:16:49
帽子男 @alkali_acid

「市外の方なんですよね。ええと、次藤健作。自称自営業者」 「以前ここに住んでいたという話ですが」 「なるほど…腕に時計ははめていましたか」 奇妙な質問だった。腕時計をはめていない人間などいるだろうか。 「ええ」 「モデルは分かりますか?」 「それが重要なんですか?」

2018-10-20 14:17:35
帽子男 @alkali_acid

ぎこちない沈黙がある。 「参考までにお尋ねしただけですよ」 「こちらも少し協力をお願いしたいんですがね、次藤の事務所と自宅を見張る人手を借りたい」 「そういうのは署についてからお願いします。うちでは何ともね」 「おたくらは…何だね?」 「地域課ですよ」 「…地域課…騎馬警官隊のある」

2018-10-20 14:23:45
帽子男 @alkali_acid

「そうそう。警視庁さんまで知られてるんですね」 地元の警官がやっと和らいだ態度を見せる。だが東京の刑事はどちらもにこりともしなかった。 「それで、次藤のことだが」 「無駄だと思いますがね」 初老の制服警官はごきげんをとるような話し方をして損をしたとばかり苦笑する。

2018-10-20 14:27:14
帽子男 @alkali_acid

「どうせもう…」 言いさしたところでいきなりあらぬ方向を見やる。 「どうしたんだ?」 白黒塗装の路面電車がいきなり激しく揺れる。 「なんっ…」 車両が横転し、火花を散らす。霧の中を巨大な鱗のあるアリクイに似た生きものがのっそりと動き、赤い警告灯を舌で興味ありげに舐めだした。

2018-10-20 14:29:27
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 悪の秘密犯罪結社、腹黒百貨店は時計卸業者である次藤健作の事務所に不法侵入していた。あざやかな手際。ちなみにすでに自宅も物色済み。 「見ろよ配達係。家は荷ほどきもまだなのに、事務所の電話と郵便は開通済みだ。あとこいつはファクシミリ」 「ほんとだね仕入係。仕事魔だ時計屋は」

2018-10-20 14:33:48
帽子男 @alkali_acid

特徴のない少年あるいは若者、青年ひょっとすると中年。とにかく二人組の犯罪者は手袋をはめた指で興奮気味に、宿敵、と勝手に見込んだ獲物の私物を漁り回る。指で机をなぞり、埃がないのを確かめる。 「清潔好きで、整理整頓魔」 「だけど神経質じゃない。技術者かたぎなんだ」 「ハンサムだったろ」

2018-10-20 14:35:47
帽子男 @alkali_acid

「まあブサイクとは言えないな。ただ若作りだ」 「というか動物っぽいよ。野良犬」 「違うねあれは野良猫」 「犬だよ」 「猫だね」 ぺちゃくちゃ喋りながらも何一つ見落とさず調べ上げていく。 「あいつは記録を残さない」 「領収書ぐらいはあるけどね」 「ほかは全部頭の中だ」

2018-10-20 14:38:19
帽子男 @alkali_acid

「これじゃ何も分からない。ただの用心深いまっとうな問屋じゃないか」 「本当に足を洗ったのかな」 「警察の見込み違いってことは?」 「ないよ。見ただけで分かっただろ。あいつが時計屋で間違いない。あの目つき…鼻筋の通った顔」 「君のは個人的な感情だな」 「そっちこそそうだ」

2018-10-20 14:39:46
帽子男 @alkali_acid

いきなりファクシミリが動き出す。機械が何枚もの資料を次々に吐き出す。 「こいつは何だ」 「待てよ…重要そうだぜ」 「どこが?音叉時計の顧客リストだって。ばかばかしい」 「でも数は限られる…おそらく高級品だけだ…この型番がきっと…それだけじゃないぜ」

2018-10-20 14:41:52
帽子男 @alkali_acid

仕入係と配達係は奪い合うようにして一覧表を眺めやる。 「こいつは…なんだろう」 「ううん…住所…公共施設ばかりだな。警察署とか消防署とか…市役所に市立病院…時計と関係あるのかな」 「あとで確かめてみよう…とりあえず記録を残さない時計屋がわざわざ取り寄せたんだ。意味がある」

2018-10-20 14:44:06
帽子男 @alkali_acid

電話が鳴る。とらない。留守電に切り替わる。 「先輩。ご注文のリストを送りました。この僕をもってしても大変でしたよ腕時計以外にも、例の軍規格の耐衝撃構造を採用した時計を網羅しろってことで、ちょっと個人的に手を回して弊社でとれる情報以外も調べたんですよ」

2018-10-20 14:46:46
帽子男 @alkali_acid

人懐っこい青年の声だ。 「まあ僕の実家が太いからできることですけど。先輩も感謝して下さいね。今度久しぶりに飲みましょうよ。なんなら僕がそっち行きますから。あ、それで、今先輩のいる、"霧の都"は公共建築ブームなんですってね?空襲がなくても得なかったレトロモダンな街並を観光に…」

2018-10-20 14:48:49
帽子男 @alkali_acid

長距離電話料金をものともせずだらだらと続く駄弁。 悪の秘密犯罪結社、腹黒百貨店の二人はうんざりして電話線を引っこ抜こうかと目配せしたが、続く台詞で思いとどまった。 「…で、時計塔を建てようっていうのが流行ってるらしいです。かなり旧ピッチに西ドイツ製の鐘時計をあちこちに設置してる」

2018-10-20 14:51:24
帽子男 @alkali_acid

「おかしいですよ。そいつが皆、米国の軍規格の耐衝撃構造を採用してる。腕時計なら分かるけど、何だって鐘時計にそんなもの付けるんですかね。予算だってばか高くなる。ほら希土類の…あれ、なんだっけ、使ってるでしょ?あ、そろそろおやっさん戻ってくるんで切ります。飲みの話お返事下さいね先輩」

2018-10-20 14:55:12