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『自己犠牲』から見る『魔法少女まどか☆マギカ』と『少女革命ウテナ』

『まどか☆マギカ』最終話視聴後の私の連投Tweetまとめです。 まどマギ関連まとめ:  堀井とき氏の『まどか☆マギカ』最終話感想Tweet   http://togetter.com/li/126631 続きを読む
魔法少女まどか☆マギカ まどか☆マギカ 少女革命ウテナ アニメ
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烏蛇 @crowserpent
えーと、うん、まどマギ全部観た。
烏蛇 @crowserpent
とりあえず、個人的には「筋はきちんと通ってて予想の範疇ではあったけど最も納得できないラスト」でした。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
今はまとめとRetweetだけしといて、26日にウテナと絡めて最終話について語ってみます。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
明日の予告してるTweetに備えて、まどマギ最終話についての質問をひとつ投げておこう。「鹿目まどかが、その存在を賭して守ろうとしたものとは何だったのか?」 #madoka_magica
切り取り線 @kiri_tori
✄------------ 4/26(火) -----------✄
烏蛇 @crowserpent
.@hokusyu82 さんのまどマギ論の新エントリhttp://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20110425/p1は、前回のものよりはるかに分かりやすく説得力があった。これに対抗しなきゃいけないとなるとなかなか骨だなぁ。
烏蛇 @crowserpent
しかし、どこから話したものかなぁ… まずは「マギカ」における自己犠牲の意味みたいな話から入っていくべきか。うーん。
烏蛇 @crowserpent
そういえば、ウテナの最終回を以って「自己犠牲の尊さ」みたいに解釈してる評論は相当多いんだよなぁ。
烏蛇 @crowserpent
3月9日時点でのマギカTweetを再掲しよう。
烏蛇 @crowserpent
【再掲】 「ウテナ」と「マギカ」に共通するのは、「献身」に対するシニカルな描写だと思う。「○○のために」行動する登場人物は、その自己犠牲のゆえに裏切られ、あるいは自己欺瞞に陥って自分を見失う。「マギカ」のさやか、「ウテナ」のアンシーが典型だ。 #madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
【再掲】 特に「ウテナ」では、アンシーに限らず「献身して裏切られる」モチーフが何度も繰り返されている。ウテナの親友・篠原若葉と西園寺莢一のエピソードは、さやかと上條君の関係性にそっくりだ。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru (再掲Tweetに続き)献身が裏目に出続けるという描写は、明確に「献身的態度への皮肉」を意図して描かれる。自己犠牲がしばしば自己陶酔や傲慢さとイコールであることを示すことで。美樹さやかの描写が単なる失恋と異なるのはこの点だ。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru 美樹さやかは上條君に受け入れられなかったことや、魔法少女の運命に絶望したのではなく、己の「献身」の矛盾と傲慢さに気付いて絶望した。単に「献身」が届かなかった、というのとは訳が違う。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru まどか☆マギカは当初から演出が「ウテナ」っぽいと思っていたけど、テーマが明確に「ウテナ」と結び付くと気付いたのは、この美樹さやかのエピソードに入ってからだった。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru 回が進むほどに「自己犠牲」にまつわるテーマが明確に打ち出されてきた(佐倉杏子や暁美ほむら)まどか☆マギカだけど、最後の最後に最大の「自己犠牲」を以ってクライマックスを迎える。ところが、この最後の自己犠牲が問題になるのね。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru さやかの自己犠牲は自ら矛盾に陥って絶望し、杏子のさやかのための自己犠牲も、(さやかのそれよりははるかに良かったけれど)結果としてさやかを救うことは出来ず、ほむらを追い詰めることになる。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru ほむらのまどかのための時間ループもまた、まどかという友達をほむら自身は喪うという高い代償を払いながら、「徒らにまどかの力を高めただけ」とQBに宣告される。ここまでの「自己犠牲」は全て、「ただ犠牲を払っただけ」に終わっている。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru ところが、まどかの「自己犠牲」は全てをひっくり返し、世界のルールを書き換え、そしてほむらの「自己犠牲」をただの犠牲で終わらせなかった。ここで素朴な疑問が生じないだろうか。まどかと、他の魔法少女たちの、何が違ってこうなったのか?#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru さやかが「自己犠牲」に対して抱えてしまった矛盾は、物語として何一つ解決されたわけではない。ほむらのまどかへの自己犠牲だって、同じような矛盾を抱えているといえる。なのに、その矛盾が解かれないまま、まどかの自己犠牲が全てを解決してしまう。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru これは、「ウテナ」の最終回をウテナの自己犠牲と捉えると、「ウテナ」にも同じことが言える。アンシーを自己犠牲によって救おうとしたのはウテナだけではなかったけれど、他の彼らはその「矛盾」に突き当たってしまった。ウテナだけが、なぜ?#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru そもそも「自己犠牲」とは何か。何らかの行動に自分の存在を賭すことは、必ずしも自己犠牲ではない。アカギ・鷲頭戦でアカギは自分の生命を賭けているけれど、彼を自己犠牲的とは誰も言わない。彼の目的が「誰かのため」ではないからだ。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru あるいは、何らかの行動が結果的にその者の不幸や死を導いたというのも「自己犠牲」とは違う。少なくとも、自ら確信して犠牲になった場合とは明確に区別されよう。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru 自己犠牲的・献身的な行動によって「何をしようとしたのか」「何を守ろうとしたのか」によって、その意味は全く変わってくる。さやかの献身は上條君のためだったけれど、そこには彼への恋心が潜んでいながら、それとの矛盾を孕んでいた。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru ほむらの時間ループは「まどかを魔女にさせない」ためだったけれど、それによってまどかという友達を、自分を救ってくれた「魔法少女のまどか」を喪うという矛盾を孕んでいた。この矛盾はさやかのそれと同じ構造を持つ。「ウテナ」の多くの「献身」も同じ。#madoka_magica
烏蛇 @crowserpent
@3zaru では、「ウテナ」最終回のウテナは、何を守ろうとしたのだろうか? その答えは彼女がアンシーに刺され、倒れながらも呟いたセリフに集約されている。「姫宮、君は知らないんだ。君と一緒にいて、ぼくがどれだけ幸せだったか#madoka_magica
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コメント

バイレン @nomalplayer 2011-04-29 13:39:15
ウテナは少女という過剰な意味付けを超えて生きる力を得たがまどマギはあくまで魔法少女であった。という結論に違いがある。その一方で少女という意味付けを論じている点では一緒という意味合いでしょうかね
uerin @wailynx 2011-05-28 15:51:20
一ヶ月前のまとめか…。この意味で、「ウテナ」のメッセージの正当な継承者は「けいおん!」だったのだろう。その極致として。で、「マドカ」はウテナ時代終焉の狼煙。マドカ終了前に期待され、マドカ後にウケない「日常」の意味。
zetumu @zetumu 2011-06-12 06:05:04
最初に亡くなった川上とも子さんにお礼を申し上げます。 またウテナとマギカについて考察を加える機会を与えて下さり感謝致します。 これをきっかけに私なりの考えを述べることにします。 長くなりすぎてツイッターへの投稿は躊躇われたのでこういう為用のブログに投稿しました。 http://bit.ly/kT4R2i
真田 光 @ksanada 2012-10-12 04:09:59
発言者が引いた論にあるように、「少女はいずれ母になる」のだろうか? 「少女」の発展型は「大人の女」であって、「母」は数ある属性の一つにすぎない。「大人の女」=「母」ではない。生殖可能だが生殖から解放されている(役割を期待されない)年少の女が「少女」と名付けられ、当概念が許容されたのは、人類史上ごく最近のことである…と考える身にとっては、なかなか興味深い発言。