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三国志演義には登場しないけど、三国志正史では大活躍している男達。

三国志演義には登場しないけど、正史には乗っていて大活躍している人物を纏めてみました。
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鮮于輔伝

ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

三国志雑談 鮮于輔という将軍がいます。この人を知っているのは相当なマニアですが、それぐたい知名度が低いことに定評がある人物で演義にも出てきません。 ですが、彼は曹操をも一目置くほどの名将でした。

2018-10-31 23:47:08
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

彼は元々幽州牧の劉虞という皇族に仕えていたのですが、彼が公孫瓚と対立し、最終的に殺害されたことで幽州は公孫瓚が支配し、彼は屈強な兵力を有していました。

2018-10-31 23:48:17
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

あの袁紹も冀州を手に入れた頃は公孫瓚相手に劣勢でありましたが、名将麹義の指揮による界橋の戦いで彼に勝利し、次第に勢力を拡大していく中で公孫瓚を追い詰めていきます。その戦いの中で頭角を現していたのが鮮于輔でした。

2018-10-31 23:49:34
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

鮮于輔は慕っていた劉虞の敵討ちに燃えており、同僚らと共に閻柔という人を担ぎ上げて、劉虞を慕う異民族達を糾合して数万の兵を率いて公孫瓚相手に戦い、これに勝利します。その後、袁紹の元に逃れていた劉虞の息子と共に袁紹に協力し、公孫瓚を追い詰め最終的には易京に追い詰め、打ち破ります。

2018-10-31 23:53:31
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

という具合に彼は袁紹が河北を平定する上でかなり重要な役を担っており、麹義や張郃ら袁紹陣営の名将達に引けを取らないぐらい有能な男でした。公孫瓚は屈強な騎馬隊を有するなど軍事面ではかなりの名将だったのですが、それが易京に追い詰められたのは鮮于輔の活躍がかなり大きいです。

2018-10-31 23:55:11
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

そんな鮮于輔でしたが、彼は公孫瓚に属していた奴も許さないという偏狭な人物ではなく、公孫瓚に仕えながらも彼に有能とは思われても少しも活躍出来なかったある人物を長史として招きます。 それが、後に魏の北壁と言ってもいい若き日の田豫でした。

2018-10-31 23:56:53
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

田豫は元々劉備の配下でしたが老いた母親が心配になり劉備の元を離れ、劉備からそれを惜しまれるほどに有能な男であり、公孫瓚は彼を出世させなかったのですが、有能であることだけは認めるほどの人物です。

2018-10-31 23:58:18
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

そんな男であるだけに、鮮于輔は彼を自分の部下として招き入れたのですが、これは鮮于輔にとっては行幸になります。というのも、この後袁紹が曹操と派を争った官渡の戦いで敗北し、袁家が二つに分裂し、曹操が河北へと侵攻する際に、鮮于輔は一体誰に付くべきなのか迷っていました

2018-10-31 23:59:44
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

そこで田豫は恩人である鮮于輔に対して「最後に天下を平定できるのは、きっと曹操でしょう。速やかに帰命して後禍を期す事の無いようにするのが宜しいですね」と曹操に付くことをアドバイスし、鮮于輔は曹操に付くことを決めます。

2018-11-01 00:01:20
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

後に田豫は丞相軍謀掾として曹操の丞相府に招かれますが、これは鮮于輔ほどの名将を自陣営に招き入れたことに対する恩賞のようなもので、以後田豫は魏の名将、行政官として大活躍します。 そして、鮮于輔は曹操配下となった後は烏丸討伐にも参加し、曹操の河北平定に大きく貢献します。

2018-11-01 00:04:00
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

そして鮮于輔は異民族達との縁があることから彼らの窓口となり北の守りと交易を担当し、あの鮮卑の王である軻比能とも交渉を担当。後に曹丕が皇帝になった後は補国将軍になっています。

2018-11-01 00:05:40
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

補国将軍とは雑号将軍という名誉将軍みたいなものですが、その中でも文字通り「国を補ける将軍」ですので単なる雑号将軍ではありません。なお、魏では補国将軍になったのが確認出来るのは鮮于輔ぐらいで、曹丕も彼を深く信頼していました。

2018-11-01 00:09:01
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

という形で、彼は正史に立伝はされていませんが、あの酔っぱらいとして有名になり、諸葛亮の北伐を頓挫させた徐邈を助けるなど要所要所で活躍しています。 彼が正直立伝されていないのは不思議なくらいなのですが、それだけ彼のちゃんとした活躍が陳寿の頃には残っていなかった可能性があります。

2018-11-01 00:10:48

牽招伝

ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

#三国志雑談 題して演義に登場しない男達「牽招伝」 三国志演義には貂蝉や周倉という架空の人物が出演し、関羽の息子である関平も何故か演義では養子になっているなど独特な作りになっていますが、一方で正史には記載されても演義には登場しない人物もいます。 それが牽招です。

2018-11-01 21:22:00
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

牽招は演義は全く登場しない人物ですが、彼は正史にて満寵、田豫、郭淮らと同じ伝に纏められており、彼らは魏の西方、南方、北方、東方を守った名将として評価されています。 その中でも牽招は田豫と共に北を守った忠義に厚い男でした。

2018-11-01 21:24:08
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

牽招は十代に同県の楽隠という人物の元で学問を学んでいましたが、都で乱が起きると師である楽隠が殺されてしまうという悲劇に直面します。牽招は自分と同じ教え子達で師を弔おうとします。そこで生まれ故郷の冀州に戻ろうとしますが、そこで運悪く賊に出くわしてしまいます。

2018-11-01 21:26:47
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

牽招の仲間達はそのまま全員逃げだそうとしますが、賊が師である楽隠の棺を無理矢理開けようとした時、牽招は泣いて止めるように懇願します。 唯一師の為に逃げ出さず、師を辱めないようにした牽招の姿勢に賊も思わず義侠心に駆られてそのまま手を出さずに逃げ出してしまいました。

2018-11-01 21:29:08
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

その後、故郷の冀州に戻った時には袁紹が冀州牧として冀州を韓馥より奪い、統治していましたが、牽招は袁紹にそのまま仕え、袁紹は彼を督軍従事にし、烏丸特騎という精鋭を任せるなど厚遇していました。 なお、烏丸特騎というのは文字通り北方の騎馬民族である烏丸賊で構成された精鋭の騎兵です。

2018-11-01 21:32:20
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

牽招は北方の異民族達とも独自の交流を行っており、袁紹より彼らとの交渉などを任されていくようになります。あの袁紹も彼のことはお気に入りであったのか、かなり厚遇していましたが、袁紹が官渡の戦いで負けたことから牽招は河北の大乱に巻き込まれていきます。

2018-11-01 21:34:49
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

袁家は袁紹死後、長男の袁譚と三男の袁尚との内輪もめに巻き込まれるようになり、劣勢であった袁譚はなんと曹操と同盟することで袁尚を追い込んでいきます。 ちなみに牽招は袁尚の部下として仕えており、兵糧の輸送を担当していましたが、これがある意味行幸となります。

2018-11-01 21:38:10
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

その後曹操が鄴を包囲した際に、牽招は并州を治めていた高幹を頼り曹操との徹底抗戦を主張し、高幹の元に向かいましたが肝心の高幹は曹操に懐柔されていた為に逆に牽招を殺そうとします。牽招はそこで逃げ出しましたが、道が険阻であり袁尚の元に戻れなくなったことから曹操に投降しました。

2018-11-01 21:40:44
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

の後、袁譚と仲違いした曹操は彼を攻めることを決断しますが、袁譚は烏丸族と連携しようとしますが、ここで袁紹の元で烏丸突騎を率いていた牽招が烏丸族の懐柔に動き出します。

2018-11-01 21:44:15
ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ

なお遼東太守公孫康も部下の韓忠を派遣するなど烏丸の峭王に印綬を与えようとしているところに遭遇しますが、峭王は牽招にある質問をしました。 「「昔、袁公は天子の命を受けていると言って、今曹公も天子に建白して私に印綬を与え、遼東(公孫康)も印綬を与えようとしている。誰が正しいのか?と。

2018-11-01 21:47:20
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コメント

やまだ @sakusakutoux 2018年11月2日
面白かった 三国志のこの手の話を聞く度に奥が深いなって感心する
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ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ 2018年11月2日
sakusakutoux ありがとうございます。なお、牽招ですが一説によると彼は劉備と若い頃に刎頸の交わりだったという逸話があるぐらいですから、そうすると関羽や張飛の立場が微妙になるので意図的に演義では出なかった感じがしますね。
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yasubei @11ca10773 2018年11月2日
演義に出るか出ないかの基準はどの目線でこの時代を見るのかという話でもあるのかな 劉備勢力からしたら田豫はともかく鮮于舗は絡む機会が少ない
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gaheki @gaheki 2018年11月2日
牽招の方は割とKOEI三國志では前々から出てるなぁ 調べてみたら13では統率武力知力政治全部70越えだった
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ヤン・ヒューリック @1xuVLqH3kQ 2018年11月2日
まとめを更新しました。徐邈伝更新しました。
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denev @_denev_ 2018年11月2日
三国志なんて手垢が付きまくって消費し尽くされた(フロンティアの残ってない)コンテンツかと思ってたけど、そうでもないのかな。日本の戦国時代にも、こういう未だ陽の当たらない隠れた英雄的な人物がいたりするんだろうか。
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やし○ @kkr8612 2018年11月2日
閻柔も典型的なそのパターンですかね。
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(あ)@お気持ちヤクザ @MutsuniNaruBeam 2018年11月2日
三國志13PKで結構武将追加されてたけど、鮮于輔は入ってなかったのでエディットで入れた思い出。
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本当にあったこわい名なし @ScreamIcecream7 2018年11月2日
演義は補正かけにくいと存在がオミットされてしまうという悲しみがあるしね
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極月 砌 @Gokugetu_migiri 2018年11月2日
そのうちセガが拾って三国志大戦に出してきそう
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甘党猫が通りますよ @Future_Men 2018年11月2日
良いセルフまとめの一例ですね。いずれも最後の方は諸葛亮の北伐阻止に関係しているのが面白い。『演義』では、諸葛亮の強大な敵として司馬懿を持ち上げることにした結果、ここに紹介された武将たちの功績が司馬懿に集約されたのではないかと推測。
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ソフトヒッター99@ナードな4つ目 @softhitter99 2018年11月2日
ツイート全部は追いきれなかったので、ありがたいまとめw
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ソフトヒッター99@ナードな4つ目 @softhitter99 2018年11月2日
Future_Men 正史にせよ、演義にせよ、赤壁以後で亮さんの北伐阻止はやっぱり巨大なターニングポイントだったということでしょう。
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(あ)@お気持ちヤクザ @MutsuniNaruBeam 2018年11月2日
Future_Men 出番があるだけ曹真がマシに…やっぱ思えないわ
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みま @mimarisu 2018年11月3日
田豫だけは三国志大戦で知ってたけどワイもまだまだ知識不足だなぁ
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