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Tamejirou @Tamejirou
さて、1584シナリオの伊達政宗終わったから次は何するかな。いい加減、難易度初級を卒業するかな
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今度は斯波家再興プレイに挑戦。9人登場する斯波姓の武将のうち、東北を除くと一番マトモな能力値の彼。1560年スタート。桶狭間って起きるんだっけ。 pic.twitter.com/4d0c5jvD2J
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商人町やたたら場の建設がギリギリ30日で済む能力値が政治40。先が思いやられる
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まあ偉くなれば内政は部下にやらせるからな
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とりあえず斯波氏の伝統的領国である尾張・越前を確保しつつ、できれば足利家を温存するプレイ
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織田家一門かつ信長以外で一番政治の高い信清さんちからお嫁さんをもらう。いずれ嫁さんには政治面で役立ってもらいたい pic.twitter.com/1Nw6gRsTkX
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うむ、実にお似合いのカップル pic.twitter.com/Kzj5ied9wI
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シナリオによって違うのだけど、1560年の桶狭間シナリオでは美濃北部の郡上八幡から越前に抜ける道が開通しています。これを活かす。 pic.twitter.com/TkKSEnfv7G
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1561年に早くも稲葉山城が落ちて岐阜城になったために、史実(1565)より早く足利義輝が死んでしまい、義昭が還俗して光秀が使いに来た。光秀が使者に来たのは史実だと68年か。
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岩村城の城代になった。対武田の最前線で立地はいまいちだけど人材がパない。嫁もいるやったー pic.twitter.com/MnhI95wQFH
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お兄ちゃんいつの間にか本願寺に引き抜かれてんですけどーw pic.twitter.com/o0DrzYfi7k
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とりあえず斯波家再興プレイ、岐阜城主になって斎藤家の最後の城、郡上八幡を単独で陥とすことに成功。発言力目一杯使って竹中半兵衛を与力にもらい、2部隊に別れて侵攻。後ろから来る前田利家の部隊が到着する前に落とすのが大変だった。これで前田玄以はじめ十数名の武将が配下に。
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2部隊に別れるのは、1部隊だと自動で斯波くんが大将になってしまい部隊が弱くなるからです……
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ここからが難しい。歴史イベント的には織田家は上洛に向けてガンガン進むんだけど、適当な所で朝倉家に寝返るとかもありかも。で、越前を掌握する。 或いは、三河・遠江の継承権を主張して徳川家と手切れを進言するか。発言力そうとう要るけど。
Tamejirou @Tamejirou
やはり当初の方針通り、岐阜-郡上八幡-越前勝山のルートを活かして朝倉家攻略を進言し、転封・独立のコンボで越前斯波氏再興、と行くかな。
Tamejirou @Tamejirou
織田家、朝倉家は所詮守護代やその分家に過ぎないのだということを分からせてやる!(唐突なわからせおじさん)
Tamejirou @Tamejirou
いっつも忘れちゃうんだけど斯波家の斯波義銀、長秀(毛利秀頼)、(津川)義冬って三兄弟なんですよね……
Tamejirou @Tamejirou
烈風伝あたりまでだと、マイナー武将の改名がないので彼ら最初から毛利秀頼、津川義冬を名乗ってるから早い年代の初名で登場すると誰だかわかんないのよね
Tamejirou @Tamejirou
1560年斯波家再興プレイ、昨晩ちょっとだけ進めたんだけど初めての難易度中級に苦戦してる感じ。美濃斎藤家滅亡後、伊勢長島が攻略目標になったので矛先を朝倉に変えてもらい、郡上八幡から勝山(大野)への山道を3ヶ月かけて行軍する織田家の面々。
Tamejirou @Tamejirou
1560年開始という年代のせいもあるけど、1563年頃には既に「上杉政虎」が加賀の本願寺領を攻略済みで、勝山城を落とした途端、北陸の上杉軍が攻めてくる始末。結局半年近く攻略部隊を駐留させる羽目に。
Tamejirou @Tamejirou
しかしなんで勝山を陥とした次の目標が一乗谷なんですか信長さん(岳父の従弟なので馴れ馴れしい)。仕方ないので主命をゆっくりこなしつつ、岐阜城の兵数回復に努める。7000を超えたくらいになったところで攻略を発動。
Tamejirou @Tamejirou
例によって2部隊。斯波くんが自分で勝山まで行かねばならないので約1/3をもたせ、残りの2/3を竹中半兵衛が率いる。 方法メモ: まず適当な留守武将が1/4の兵数で出陣。次に斯波くんが残りから半数(全体の3/8相当)で出陣し、留守武将を帰城させて、精鋭が全軍(5/8相当)で出撃。
Tamejirou @Tamejirou
目論見は「他の織田家武将が出撃して朝倉本軍と戦ってる間に支城を全部もらう」。結果的には上手く行ったんだけど、最初に陥とした朝倉山城は案の定上杉に横取りされた。せいぜい守護代の分家の次男から養子で入った程度の奴のくせに!許さねえからな!
Tamejirou @Tamejirou
それでも、この段階では浅井との同盟関係が継続しているので北近江経由でも織田軍が杣山-一乗谷のラインに攻め込んでくる。朝倉山から杣山へ転進して挟撃。これで朝倉の城は一乗谷と金ヶ崎の2つに。
Tamejirou @Tamejirou
加増おねだりで勝山城をもらっておいたので、一乗谷は織田本軍の最後の残り1部隊と斯波くん&勝山城の軍勢で挟撃し、金ヶ崎へ竹中軍を差し向ける。陥とす順を調整して、金ヶ崎で朝倉家の武将全員捕縛に成功。岐阜城を一乗谷に転封してもらい、越前の2城持ち軍団長としての斯波長秀がようやく成立した。
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