松井和翠=責任編集『推理小説批評大全総解説』を読んでの感想

2
シン@本 @naosarakyaa

松井和翠さん @WasuiMatui2014 の『推理小説批評大全 総解説』(以下『推批大解』)を読みました。名著!今後の推理評論の里程標となるであろう記念碑的な同人誌です。黒岩涙香から有栖川有栖まで七十編の日本の推理小説批評を選び解説をつけてゆくことで「推理小説とは何か」を探る試み。

2018-11-08 00:51:55
シン@本 @naosarakyaa

本書を通読すると日本の推理評論の流れが一望できます。推理評論は推理小説と共に歩んできたわけですから『推批大解』は形を変えた日本推理小説史としても読めます。推理小説批評のアンソロジーは今までもありましたがこれほど広範囲で大規模な本は初めてといっていいのではないでしょうか。

2018-11-08 00:52:18
シン@本 @naosarakyaa

先導者・翻訳者として推理小説の概念を懸命に伝えた黒岩涙香の時代。 確固たるジャンル意識の下で優雅に遊ぶ佐藤春夫の時代。 日本の推理小説の運命を一身に背負った江戸川乱歩の時代。 専門誌が次々誕生しブームに沸いた小林信彦の時代。 新本格までの伝言ゲームの如き歴史を見つめる千街晶之の時代。

2018-11-08 00:52:43
シン@本 @naosarakyaa

日本ミステリのこの百数十年を概観でき、推理小説批評の多様性に唸り、推理小説とは何かを考え、おのれの認識を改める契機になる、またとない本。それが『推批大解』です。松井さんの選考文も様々なスタイルで書かれていて驚かされます。

2018-11-08 00:53:05
シン@本 @naosarakyaa

本書はもちろん松井さんの博識と批評眼によって成り立っているわけですが、その背後には二つの時代精神があります。ひとつは全集ばやり。文学全集というメディアはこの数十年衰退の一途をたどっていましたが、再興を望む声も絶えませんでした。そしてまた新たな形で復活しつつあります。

2018-11-08 00:53:24
シン@本 @naosarakyaa

近年の全集再興のあらわれとしてまず挙げておきたいのが丸谷才一・三浦雅士・鹿島茂『文学全集を立ち上げる』(2006)。何度読み返しても刺激がある楽しい討議で、全集作りは批評行為かつ権力闘争なのだとよく分る一冊。宇野千代は1巻で安部公房・花田清輝は1/2巻ずつセット、これ即批評なのです。

2018-11-08 00:53:43
シン@本 @naosarakyaa

この流れはミステリにも波及しミステリマガジン2008年1~5月号には北上次郎・新保博久・池上冬樹・羽田詩津子「『新・世界ミステリ全集』を立ち上げる」が連載、大森望はSFマガジン2008年2月号で「新・世界SF全集を立ち上げる」を執筆(『現代SF観光局』収録)。

2018-11-08 00:54:07
シン@本 @naosarakyaa

さらにミステリマガジン2015年1月号には北上次郎・霜月蒼・関口苑生・古山裕樹・吉野仁「架空の冒険・スパイ小説全集全二十巻をつくる」が載り『冒険・スパイ小説ハンドブック』に収録。また岡崎武志・山本善行『新・文學入門』(2008、隠れた名著!)はマイナーポエットな文学全集を編んでいます。

2018-11-08 00:54:25
シン@本 @naosarakyaa

それらに先立つのが日下三蔵『日本SF全集・総解説』(2007、連載は1999-2006)。これは書誌学の偉大な結晶ともいうべき労作です。日下三蔵はその後、実践編ともいうべき『日本SF全集』(第1期6巻、2017-2018)を刊行。日下三蔵の仕事全体が文学全集的と言えるかもしれません。

2018-11-08 00:54:53
シン@本 @naosarakyaa

この流れはマンガ評論にも波及。「フリースタイル」11号・12号(2010)で呉智英・いしかわじゅん・村上知彦が「「日本マンガ全集」編集会議」を企画しました(単行本化希望!)。『推批大解』への直接的な影響が最も大きかったのが渡部直己編『日本批評大全』(2017)。日本の批評を七十編集めたもの。

2018-11-08 00:55:08
シン@本 @naosarakyaa

そして決定的なのが『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』(全30巻、2007-2011)及び『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』(2011-2019)。これは説明不要でしょう。『推批大解』はこのような時代の流れの中で生れました。文学を体系的に理解したいという思いが根底にあります。

2018-11-08 00:55:24
シン@本 @naosarakyaa

『推批大解』の背後にあるもうひとつの時代精神、それは網羅性への志向です。私はこれを栗原テーゼと呼んでいます。評論家の栗原裕一郎が自分が関わった本を「網羅的であることが、今、もっとも批評的なのだ」と自賛したのにちなんで命名。twitter.com/y_kurihara/sta…

2018-11-08 00:55:44
栗原裕一郎 @y_kurihara

『アイドル楽曲ディスクガイド』はシングル850枚+アルバム100枚のディスクレビューを核に構成されている。ちょっと前に出たハロプロの全シングルを網羅した『HELLO! PROJECT COMPLETE SINGLE BOOK』と同様、網羅的であることが、今、もっとも批評的なのだ。

2014-02-25 20:11:30
シン@本 @naosarakyaa

ミステリ評論では浅木原忍『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド』や霜月蒼『アガサ・クリスティー完全攻略』が該当します。直井明『87分署グラフィティ』はその先祖にあたるでしょうか。(余談ですが私は霜月著が大嫌いです。こちらで批判を書きました。booklog.jp/users/naosarak…

2018-11-08 00:55:59
シン@本 @naosarakyaa

この傾向は『推批大解』では全面展開こそしていませんが、『推理日記』のリスト作成、「一人の芭蕉の問題」の選考文を乱歩論のサンプリングで書くという趣向、各編への参考文献表記などにあらわれています。 では本論に移ります。距離をとるため以下敬称略します。松井さん、ご容赦下さい。

2018-11-08 00:56:14
シン@本 @naosarakyaa

『推批大解』を一読して感じるのは文学原論・ジャンル論が多いということです。文学と推理小説はどう違うか、どのような関係にあるかを問う評論を優先的に採っている。私は文学原論はあまり好まず作家論・作品論が好きなのでかったるく感じもしたのですが、そうはいっても愚直な文学原論は大事です。

2018-11-08 00:56:37
シン@本 @naosarakyaa

どうしても博覧強記と文体模写に目がいきますが松井の評論の長所は愚直と公正、そして感傷です。文学原論の多さ、『パパイラスの舟』評で小鷹信光のハードボイルド理解に寄り添う姿、「『樽』私見」評の鮎川哲也のユーモアの発見、「挑発する皮膚」評の法月綸太郎の憑依元探し等に愚直さを感じます。

2018-11-08 00:56:51
シン@本 @naosarakyaa

その愚直さの最良の結晶が「アーチャーが私をつくった」評でしょう。各務三郎のロス・マクドナルド論に寄せて評論が陥りがちなおごりをたしなめる文章は静かな感慨を呼びます。その一方で、もっと愚直に徹するべきだったのではないかと思える選考文もあります。

2018-11-08 00:57:07
シン@本 @naosarakyaa

「探偵小説の真使命」評、『北米探偵小説論』評、「明るい館の秘密」評、「緋色と赤の距離」評はもっと愚直に内容紹介と評価をすべきでした。同人誌の強みで紙数制限はあまりないのだから、内容紹介をした上で連想ゲームや愚痴に遊んでも問題はなかったはずです。

2018-11-08 00:57:21
シン@本 @naosarakyaa

公正さという点では『推理日記Ⅰ』評を挙げたい。あの有名な『推理日記』を論争編・技法編・考察編・絶賛編・追悼編に分類し各分野のベストセレクションを編むこの文章は本書の白眉です。松井は新本格中心史観の持ち主なのだな、そして自分の偏りを是正しようと努力しているのだな、と思いました。

2018-11-08 00:57:40
シン@本 @naosarakyaa

苦手な佐野洋の代表的評論を全て読みこむ誠実な姿勢togetter.com/li/1147225は豊崎由美・栗原裕一郎『石原慎太郎を読んでみた』にも通じるものがあります。視点理論の達成や名探偵論争の総括、即物的考察の限界や新人作家への絶賛等を公正に評価したこの佐野洋論はすばらしい。

2018-11-08 00:57:58
シン@本 @naosarakyaa

ただそれでも新本格史観の人だなと思ってしまうのは島田荘司「本格ミステリー論」評の甘さです。ここで松井は「日本の推理小説界は、島田の理論を花開かせるためには、あまりにも整備がなされ過ぎていた」「島田の理論は、この複雑な土壌で花を咲かせるにはあまりに原初的でありすぎた」と書く。

2018-11-08 00:58:13
シン@本 @naosarakyaa

ずいぶんもって回った言い方だなと思います。「定義がひとりよがりで歴史認識がデタラメな暴論なので相手にされなかった」とはっきり言うべきではないでしょうか。「昭和三十年代から五十年代にかけ、日本で推理小説を名乗るには、すべて清張流の作風を採らなければならない」なんて事実はなかった。

2018-11-08 00:58:29
シン@本 @naosarakyaa

仁木悦子佐野洋都筑道夫戸川昌子天藤真等々……。そもそも清張は社会派ばかり書いていたわけではないのだし。神話の系譜にある探偵小説を「ミステリー」と呼ぼう、リアリズムの系譜から分派した犯罪探偵小説を「推理小説」と呼ぼう、もいうのも無理のある提唱。あまりにも雑すぎます。

2018-11-08 00:58:49
シン@本 @naosarakyaa

島田荘司は小説家・プロデューサーとしては超一流の偉人ですが評論家としては三流です。しかしその三流の評論に基づいて新人作家をプロデュースしたら超一流の成果を上げてしまった。ここが評論家島田荘司をどう評価すべきか悩むところなのです。贅沢な注文ですが松井にはそこに向き合ってほしかった。

2018-11-08 00:59:05
シン@本 @naosarakyaa

松井は日本の推理小説批評の流れを江戸川乱歩→佐野洋・都筑道夫→島田荘司・笠井潔と見ていますが、これも新本格偏重に思えました。私の中では江戸川乱歩・中島河太郎→佐野洋・都筑道夫→瀬戸川猛資・北上次郎です。三つ目の流れは面白主義。「本の雑誌」「BOOKMAN」の価値観が主流になった。

2018-11-08 00:59:23
1 ・・ 6 次へ