QB( @QB0 )のまどか☆マギカの考察とセカイ系について [※ネタバレ注意]

@QB0 さんが、魔法少女まどか☆マギカの考察を語ってくれました。 そして話はだんだん『セカイ系』というジャンルの話に…
アニメ 魔法少女 エヴァ 考察 まどかマギカ セカイ系 QB
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キュゥべえ @QB0
そういえば、そろそろまどか☆マギカの感想とか書いてもいい頃じゃないかな?
幸葉 稲穂🌾新人Vtuber @inahotoutuho
もういいよね...? RT @QB0 そういえば、そろそろまどか☆マギカの感想とか書いてもいい頃じゃないかな?
キュゥべえ @QB0
実は、ボクは最終話を見たときにすぐ劇場版ラーゼフォンを思い出したんだよ。これにはちょっとした事情があるんだ。まどかは「鏡の国」のアリスは知っているかい?
キュゥべえ @QB0
鏡の国のアリスは、最後にある詩が書いてあるんだ。どんなものかというと「不思議なる 国をさまよい 長き日を 夢見て暮らす つかのまの 夏は果てるまで 金色の 夕映えのなか どこまでも たゆたいゆかん 人の世は 夢にあらずや?」っていうんだ。これは岩波少年文庫の訳らしいけれどね。
キュゥべえ @QB0
これを劇場版ラーゼフォンではヒロインの美嶋玲香(遥)が冒頭と、最後の場面でつぶやいているんだけれど、劇場版ではちょっとした演出があってね。玲香がこれを読み終えた後、孫娘からこう聞かれるんだ。「お婆ちゃん、アリスは本当に現実の世界に戻ってきたの?」って。
キュゥべえ @QB0
さっきの詩の最後に「人の世は夢にあらずや?」は、人間が生きてる世界も夢じゃないのか? という意味なんだ。これは劇場版本編を見るとわかるようになっているんだけれど、大きな伏線になっている。なぜかというと、この最後に出てくる美嶋玲香は現実のものではないからね。
キュゥべえ @QB0
どうしてかというと、世界を調律するラーゼフォンというシステムでも劇場版には大きな制約があって「時間を戻すことはできない」ということをはっきりいっているんだよ。にも関わらず、美嶋玲香は中学の頃からの主人公綾人と過ごした記憶を与えられていたために、そちらの記憶もあるんだ。
キュゥべえ @QB0
これは何かに似ていると思わないかい? さやかとまどかの最後の会話で「さやかが魔法少女にならない未来もあった」とまどかはいっていた。それはつまり、まどかはそれ以外の未来も知っている、ということなんだ。
キュゥべえ @QB0
これは最後のボクと暁美ほむらの会話にも同じことがいえるね。ほむらはまどかと過ごした記憶を持っているけれど、ボクやマミ、杏子にはない。つまり、見方によってはまどかの物語のすべてが暁美ほむらの夢であったともいえるんじゃないかな。
幸葉 稲穂🌾新人Vtuber @inahotoutuho
@QB0 実際にほむらが繰り返してきた時間軸の様子も全て知っているようですし
キュゥべえ @QB0
今のはあくまでも、こういう視点で見ることもできる、という話しだから必ずしもそれが正しいとはいえないけれどね。大事なのはまどか☆マギカという作品は「こういう解釈もできる」というのを、色々な視点で楽しめるってことなんだ。
脱人@ よーかい @Dat_S
@QB0 シュレディンガーの猫のような解釈ですね
キュゥべえ @QB0
作品そのものの評価に関していえば、これは魔法少女アニメの王道を外さないようにしながら、最終的にそこへ結びつけた作品、とはいえるんじゃないかな。
キュゥべえ @QB0
最初の頃のまどかは、魔法少女というものにかなり夢を見ていたのがわかるだろう? けれど、ボクと契約してできる魔法少女というのが、実はどれだけ様々なデメリットも含んでいるかというのがわかるに従って、彼女はそれを否定するようになっていった。
タカユキ @nezumimusume
まどかは全ての魔法少女ものの始まりの物語だ RT @QB0 作品そのものの評価に関していえば、これは魔法少女アニメの王道を外さないようにしながら、最終的にそこへ結びつけた作品、とはいえるんじゃないかな。
キュゥべえ @QB0
これは今までの魔法少女アニメだとあまりなかった発想なんだ。なぜなら、普通の魔法少女はどんなに困難なできごとがあっても、次第に自分が魔法少女だということを受けいれていくものだからね。これに関してはストライクウィッチーズでも、なのはさんでも、CCさくらでも同じじゃないかな。
タチバナ @tatibana556_kar
@QB0 そうですね、一見しただけだとアンチ魔法少女だと思われてしまうかもしれません。でも、実際には王道から大きく外れていはいませんし、魔法少女として戦い続けるというラストは魔法少女に対する愛が溢れていますね。もしも日常に戻るというラストだったら、今までの戦いを否定することに…。
キュゥべえ @QB0
まどか☆マギカの場合、それをどう受け入れたとしても最後に待っているのは絶望だと決まっているからね。どんな魔法少女がいくら終わることのない戦いを続けても、行き着く先は決まっている。これがまどか☆マギカの大きな特徴じゃないかな。
キュゥべえ @QB0
最後にまどかいったのは必ずしも魔法少女そのものの否定じゃなかっただろう? 実は、彼女が壊したかったのはこのシステムなんだよ。まどかがほむらにいった言葉は「魔法少女は希望」だったんじゃないかな。つまり、ここではじめてまどか☆マギカの魔法少女たちは王道の魔法少女に近づいたんだ。
キュゥべえ @QB0
だから、まどかがやっている魔法少女への救済も、基本的には彼女たちの運命を変えることじゃなく、その魔法少女が一番見たかった未来を見せてあげることで、絶望を昇華していることなんだ。それは結果的にそれぞれの少女が魔法少女になった運命も含めて肯定させてあげるっていうことじゃないかな。
キュゥべえ @QB0
その結果、まどかはすべての時間、すべての宇宙に干渉できる存在になってしまったんだけれど、ラーゼフォンでも主人公が最終的になるのは「時の調律者」なんだ。これは本来あるべき運命を時間の集約している場所から管理する存在ともいえる。このあたりもかなり似ているんじゃないかな。
キュゥべえ @QB0
大体、ボクのまどか☆マギカの作品の内容、感想はこんなところだね。アニメ作品のできとしてはかなりのものだと思うよ。
キュゥべえ @QB0
ところで、ここからもう少し話しを展開させることもできるんだけれど、いいかい?
のりぺー @cc_maker_noripe
@QB0 なかなか面白い考察なので、続きをお願いします。
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コメント

がんまさん @gamma37564 2011年4月28日
簡単にですがデコレーションしました。
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