時計屋シリーズ10~霧の都の話~

タロはウルトラマンシリーズが結構好きです。
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まとめ 時計屋シリーズ9~時計屋と三好の娘の話~ 未成年略取未遂… 1045 pv 3

本編

帽子男 @alkali_acid

刑事。いゆる刑事捜査官は銃撃戦にさほど長けている訳ではない。 職務中に発砲する機会はあまりない。 被疑者が武装して襲いかかってくるという事態を想定した訓練を十分に積んでいるとはいいがたい。 まして、異形の怪物と命がけで戦ったりはしないものだ。

2018-12-02 21:50:08
帽子男 @alkali_acid

東京の警視庁から、わざわざ地元の新聞が“霧の都”と気取って書く土地までやってきた二人も、もちろんそうだった。 もともと追っていたのは過激派の可能性がある人物だったが、管轄外の場所に拳銃を持ち込むのは憚りがあった。

2018-12-02 21:52:37
帽子男 @alkali_acid

だが、やはり携行しているべきだったろう。 訪れた先で目にしたのは、煉瓦の洋風建築と、路面電車の停車場と、古めかしい街灯とそこかしこに立つ塔時計。無数の鐘が狂ったように響き渡り、地元のものにだけ聞こえる音と、よそものにも聞こえる音があいまってこだまとなる、灰色にけぶった街角。

2018-12-02 21:58:08
帽子男 @alkali_acid

幣原と犬養は横転した路面電車からほうほうの態で逃げ出し、信じがたい光景を目にした。 ねじれのたうち、いびつな姿へ変じていく市民。おめきを上げて隣人を襲う、主婦や会社員の慣れの果て。一切を踏み潰し、地鳴りをさせながら歩む巨大な怪物。すべてに拳銃と洋刀で立ち向かう騎馬警官隊。

2018-12-02 22:00:31
帽子男 @alkali_acid

鱗のあるアリクイに似た怪獣が崩れ落ちる。 頭部を十何発もの銃弾が撃ち抜いたのだ。鞍上で火器を操る地元警察の技量は驚くべき水準にあった。 戦闘が終息したのを確認し、犬養は腕を振って叫んだ。 「おおおい!おおおい!」 振り向いた騎馬警官は即座に銃を向け、すぐ下した。

2018-12-02 22:04:06
帽子男 @alkali_acid

「あなた達は…」 質問をしようとしたのか、注意しようとしたのか。 刹那、アリクイもどきの屍が爆ぜて、のたうつ蛇のようなものが数十匹もあらわれ、驚くべき速さで虚空をよぎり、正確に警官の頭を射貫いた。 銃撃を食らった宿主への意趣返しのように。

2018-12-02 22:05:58
帽子男 @alkali_acid

「あぎゃ…あぎゃぎゃぎゃ!!」 警官は死にはせず、じたばたと痙攣してから、いいなり洋刀で忠実な馬の首を切り落とした。驚くべき怪力だった。 「うっ…」 犬養は後ずさった。 「逃げよう」 幣原が袖をひっぱる。

2018-12-02 22:07:03
帽子男 @alkali_acid

そろって蛇のようなものを頭にはやした警官の群は、愛馬を襲ったり、逆にふりおとされたりしながら、ぎくしゃくとあたりを徘徊し、一人は拳銃を握ったまま、東京から来た刑事に突進してきた。 「うわ!!」

2018-12-02 22:08:39
帽子男 @alkali_acid

とっさに幣原が迎え撃ち、襟をつかんで投げ飛ばす。 「銃!!銃を!」 締めあげて押さえつけながら、相棒に叫ぶ。犬養は騎馬警官のなれのはてから武器をもぎとろうとあせる。指がしっかりとつかんでいて離そうとしないのを捩じりあげてどうにか奪う。

2018-12-02 22:10:28
帽子男 @alkali_acid

「おい、ほかのも来るぞ!」 「待った…こいつ…く」 いきなり騎馬警官の頭に食い込んでいた蛇もどきが暴れ、頭蓋から飛び出すと、幣原の顔面に突っ込んだ。 「ぎいやあああ!!が…ぁ…」

2018-12-02 22:11:36
帽子男 @alkali_acid

一秒前まで刑事だったものは振り返り、同僚ににじりより始めた。 足元の騎馬警官はもう動かない。 「おい…おいよせ幣原…おい」 犬養は拳銃を構えながら、うめくように告げた。 「おい…来るな馬鹿…撃つぞ…撃つぞ!!」 「あぐ…ぁ…ああああああああ!!!!」 幣原は両腕を上げて走った。

2018-12-02 22:13:12
帽子男 @alkali_acid

銃声が響き、もんどり打って蛇をはやした男は倒れ伏す。 歯をきつく食いしばって、刑事は残弾を確かめ、すべて撃ち尽くしているのを知ってあえぐ。一発放てただけで僥倖だったのだ。 相棒の骸から蛇が離れ、うねりながら這ってくると、いきなり跳躍した。

2018-12-02 22:15:54
帽子男 @alkali_acid

ぎりぎりのところでかわした犬養は、蛇とよろめき歩く騎馬警官達に背を向けると一目散に駆け出した。いつも冷静沈着に罪人を追う司直にもあらず、甲高い声で絶叫しながら。

2018-12-02 22:17:11
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 「参ったよなあ…まさかこんなに怪獣だらけなんてなあ」 「特撮みたいじゃん」 「自由の国のホラーだよ」 悪の秘密結社、腹黒百貨店の二人は、血まみれのまま強奪した路面電車を運転していた。ほとんどが返り血だが、すべてという訳ではない。

2018-12-02 22:22:12
帽子男 @alkali_acid

「せっかく肥料倉庫と石油備蓄所基地見つけたのに」 「いやまずは治療だよ。どんな感染症持ってるか分からないだろ」 「この前打った狂犬病ワクチンじゃだめ?」 「だめだめ」 「あーあ」

2018-12-02 22:23:45
帽子男 @alkali_acid

腹黒百貨店の仕入係と配達係、タロとジロは立ちふさがる市民のなれのはてを躊躇なく轢き殺しながら前進する。 「ここから近い医療機関はどこかな。大型のがいいよ」 「ち…ちいん…知音会病院だね」 「市立病院の方がよくない?」 「規模はこっちが大きいみたいだよ」 「ふーん」

2018-12-02 22:25:37
帽子男 @alkali_acid

不意に目の前を甲高い絶叫を発しながら背広の男が駆け抜けていく。 「なんだ今の」 「さあね。鐘の音でおかしくなったんじゃないの」 「この鐘の音。なんだか不気味だよね」 「悪かな?」 「正義かなあ…」 やがて見えてきたのは、敷地を高い塀で囲んだ要塞のような施設だった。

2018-12-02 22:28:07
帽子男 @alkali_acid

「悪って感じだな」 「居心地はよさそう」 「ちゃんと外科医がいるといいけど、外科医って拷問しても自分で自分を治せると思うかい?」 「どうかな。拷問はしない方がいいんじゃない?肋をちょっと折るぐらいで」 「それを拷問て言うんだよ」

2018-12-02 22:29:35
帽子男 @alkali_acid

路面電車を停めると、正門にしがみついていた異形の群が大挙して押し寄せてくる。タロは回し蹴りで先頭の一匹を薙ぎ倒すと、ジロが後ろから消防斧で二匹目の頭をたたき割った。 「きりがないよ」 「めんどうだね」 地響きがする。 「でかぶつもいっぱいるみたいだ」 「さっさと治療を済ませよう」

2018-12-02 22:31:52
帽子男 @alkali_acid

二人はうなずきあってから、あたりを取り囲む異形の輪をやすやすと破ると、封鎖中の病院へ侵入を始めた。お手のものだった。

2018-12-02 22:34:19
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 特別病棟の薄暗い室内に咳がこぼれ、かすれた声が続く。 「あ…和尚様!和尚様!…だめか…」 通じぬ電話を置いて、耳鼻科医の佐野は口元を掌で拭った。 知音会病院は運営母体である鐘守寺と特別に引いた直通回線でつながっている。何か異常事態が起きても連絡は途絶えない、はずだった。

2018-12-02 22:40:37
帽子男 @alkali_acid

頭上で電灯が明滅する。送電が切れている。院内は自家発電機が動いているようだが、どれくらいで復旧するだろう。テレビもラジオのノイズ交じりで外のようすが分からない。 特別病棟から出るべきかもしれなかったが、勇気がなかった。 ここは安全だがほかはどうかはっきりしない。

2018-12-02 22:42:20