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shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
昔から、そしてここ最近まで、「偉い」って言葉に違和感があった。でもこの違和感こそがやはり大事で、「偉い」って言葉が必要であることを押さえるには十分なほどの証左を与えるものだった。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
単刀直入に言うと、「偉い」に対する違和感は、「なんで上から目線なの?」である。つまりその疑問に横たわっているのは、カーストへの嫌味だ。 「偉い」というコトバで、違和感があったとしても誰もかれもが頭を下げて、対応するわけだ。そのカーストに対して嫌味の疑問、そこから来る違和感が、
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
俺の感じたものだ。あと一つ違和感があるとしたら、「偉い」ってのは感情なのかどうかだ。 小さいお子さんに対する「偉いねぇ」「良い子だねぇ」は似てるようで違う。「良い子だねぇ」には「都合が良い」という意味も聞き取れなくもない。誰かの「都合の良い」が入っている可能性がある。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
しかし偉いには、みんなが納得するという公益性が含まれている。ある種の「徳を積んだ」みたいなニュアンスがあるのだ。故に、「偉い」ってことは公益性のあるような、徳を積んだような人に充てられる言葉と言えよう。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
故に、徳を積んだ坊さんにあったら、こりゃ偉い人だと頭を下げてしまうのは、感情なのかどうかを問うてしまう。もし感情でなければ形式という事であるが、私は私自身の感覚でしか語れない為に言うと、「偉い」という感情はあるのだと思う。それに近いのは敬意や畏敬ではなかろうかと思う。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
それはカーストに対して現れる感情とも言える。そもそも感情は作用なので、何かの現象や事象に対して作用されるものだから、当たり前なのだが。 そしてそれはどちらが良い悪いではなく、「偉い」っての事に違和感を感じる人間と、感じない人間ではスタンスが違うことがわかる。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
偉いってことに違和感を感じる人間は、カーストに敏感であり、それはつまり勝気な人間なんだと思う。こういう人間は、論破!だったり交通事故が起こっても謝らなきゃいいんだ!みたいな思考に入りやすいと思う。そもそもの目的を冷静に見れてますかと言いたい(自分に)。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
偉いって事に違和感を感じない人間は、形式的な通例と考えているか、偉いと感じている人間かという事だ。偉いを強く感じている人はもしかしたら偉いと思う誰かが何を行っても善と考えてしまう可能性があるかもしれないなぁとか勝手に思っております。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
しかし俺が言いたいのは、それではなく「偉い」って事だけで礼を尽くそうとする(形式であっても)、それに迎合する数(人間の)があるわけだ。それは力(ちから)に見える。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
力(ちから)は抑止力となる。立てつこうとする力を、物理的力を使わず治める力(ちから)だ。人間が持つカーストに対する感情「偉い」が力(ちから)を実現する。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
カーストに現れる「偉い」という感情は立場でも利用される、役割(ロール)でも利用される。父親、母親、先生、上司、上官、カーストに利用されるわけだ。集団には必要な感情とも言える。例えば国家でとらえた場合、顕著となる。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
王国といえばわかりやすい、その血筋は神からの系譜などいろいろあるだろう、神、これだけで偉いってのは勝手に付いてくる。また偉いってのが、集団の統率には如何なく発揮され、その集団組織の運動の駆動力となる。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
特にこの力(ちから)は「勢い」とも捉えられる、つまり役割の勢いのある力(ちから)だ。勢いは色々なものを動かす、それを情熱やら執念やら色々な言い方があるが、「勢い」といったほうがより抽象的で当てはまりやすいと思う。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
この「勢い」を社長が駆使したら、仕事上の上司が駆使したら、「事は運ぶ」のだ。まさに「動かす」。そして一度動いた「勢い」は勢いをそのままに広がりを持ち、より力(ちから)を蓄えて肥大化し、より力(ちから)を求めていく。もはやこれは人間社会の作用とも思える。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
かつての国家はこの力(ちから)の増幅と共に領土を広げていこうとした。「勢い」は「癌」へと変貌する。その肥大化した「癌」は周りの細胞を癌化させカラダ全体に蔓延り、後にカラダ自体を殺す。それが国家の場合は、勝てない戦争に出兵したり、会社だった場合は、一個人の誰かの意見を反映させ、
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
巨額の負債を負ったりなどだ、この現象は、集団組織であればどこにでも作用として現れる。何故なら肥大化すれば悪だが、「勢い」のままであれば駆動力は必ず必要なのだから。故にその勢いを殺す「ブレーキ」が重要となってくるわけだ。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
また脱線するが、資本主義とはこの勢いを利用したカタチである。そして資本主義のブレーキとなっているのが、法律であり、その法律は人間のセンスの基、是正されていく(※togetter.com/li/1160749)。 故に、資本主義はコントロールできる。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
だからこそ、どんなに「偉い」としている人間でさえ、万が一にも肥大化し「癌」と化し、周りが道連れに殺されているならば、我々は敬意を持って、「癌」に引導(※手術)を渡さなければならない(切腹と介錯と敬意 - Togetter togetter.com/li/1236837 @togetter_jpさんから)。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
なので、毛沢東、ポルポトの様な、偉い学者さんをただただ自らの価値観だけで「大虐殺」をする連中とでは、その「在り方」が違う。 基本的人権、自由、民主主義、法の支配という体制がバランスよくある国家が目指すものは、まさしく「人間」だ。(※togetter.com/li/1153994
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
「偉い」というだけで、立てつこうとする人は、一旦落ち着いて公益性があるか見てみましょう。そして共産主義者(毛沢東やポルポト、日本共産党、今の中国などの連中)のように、ただただ覇権主義でしかモノの見方をしない連中とは付き合わない。それが「人間道」。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
ああ言う覇権主義の連中とは渡り合えるための対応方法など色々ある、それはプロに任せよう。中途半端に関わったら、抜け出せなくなるような罠を張られるぞ!(togetter.com/li/773373
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
「偉い」って考えだけで、ここまで来ました youtube.com/watch?v=t-1LKt…
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shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
そしてやっぱり偉いってのはこういう事かな 平沢 進 - 庭師King(歌詞付き) youtu.be/4097OVHGKbU @YouTubeさんから
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コメント

臼沢沙英 @Sae_anime 2018年12月12日
つかれる話ですね。本当にえらい
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