こちらの作品と世界観を同じくするショートショート、始まるぞーい。 togetter.com/li/1297918
2018-12-16 16:20:24#私はセイカ 私こと京町セイカは疲れていた。いや、草臥れていたとも言えるかも知れない。他の『私達』はお酒に強かったり、スチャラカな世界にも喜んで首を突っ込んでいったけれども、大人しい私はどうにも賑やかな世界が苦手だった。オマケにアルコールにも弱いときた。飲めない訳ではないが。
2018-12-16 16:20:42#私はセイカ そこで私はダメ元で結月ゆかりさんに休暇の申請をお願いした。すると意外な事に快諾された。「何がしたいのですか?」と問われ、私は思いついた事を口にする。「北海道ツーリングがしたいです」バイク乗りの夢とも言える北海道ツーリング。広大な大地を、私は走りたかった。
2018-12-16 16:20:53#私はセイカ すると彼女は「構いませんよ」と言ってくれた。「その代わり、コレを持って行って下さい」私はキョトンとした「コレは…?」「分かりませんか? カメラですよ。カメラ。最近は旅をする世界の需要が高まっていますからね。休暇半分、仕事半分と言う事で」こうして私達の交渉が成立した。
2018-12-16 16:21:02#私はセイカ 斯くして、私の旅は始まった。旅のお供は、BMWのR75、随分とクラシックだったが私は嫌いじゃなかった。水平対向エンジンの独特の振動を感じながら、トコトコと北海道を走り回る。ご当地の美味しい物を食べてみたり、市場を回ったりと、本当に見て回るだけでとても楽しかった。
2018-12-16 16:21:12#私はセイカ 私は他にも温泉に浸かったり、観光名所を回っていた。そんなある日の事、BMWの親戚こと、ウラルに乗っている青年に出会った。ウラルはBMWのコピーモデル。私達はあっという間に意気投合して二人でツーリングを行う事にした。これがまた楽しかった。きゃいきゃいと笑いあった。
2018-12-16 16:21:43#私はセイカ ある日の事、私は1日キャンプを提案した。そして彼も了承してくれた。本格的なキャンプ道具は持ち合わせて居なかったけれど、小さなバンガローのあるキャンプ場を見つけて其処にお邪魔した。滅多に出来ないキャンプに私達はまるで子供の様にはしゃいだし、純粋にキャンプを楽しんでいた
2018-12-16 16:22:02#私はセイカ その時のお酒はとても美味しかった。私も、彼も、アルコールは得意では無かったが、ほろ酔い気分で美味しく飲む事が出来た。私達は今までの北海道ツーリングで撮ってきた写真や動画を見せ合った。これがまたとても楽しかった。お互いに違う場所を巡ったり、偶然にも同じ場所を巡ったり。
2018-12-16 16:22:12#私はセイカ そして、互いに就寝に就いた。その翌朝の事である…天気は晴れ。今日もよいツーリング日和になるだろうと思いながら、青年の借りたバンガローの扉を優しくノックする。朝食に誘う為に。そしてバンガローから眠たそうに出て青年の姿に私は酷く驚いた。彼は『東北ずん子』に成りかけていた
2018-12-16 16:22:26#私はセイカ 私は眠たげな青年にちょっと待ってね。と断りを入れてから飾り気の無い真っ黒な携帯電話を取り出してボタンを押す。『ふぁーい…何ですかぁ…?』眠たげに変事をする彼女に私は出来るだけ小声で彼女に質問した「結月ゆかりさん!? ちょっと調べて欲しい事があるのだけれども!」
2018-12-16 16:23:11#私はセイカ 調べて欲しいと言うのは、彼に『素質』が在るのか無いのかと言う事。私は意図的にボイスロイドのポスターが貼られている場所を避けてツーリングしていた。何故そうしたかと言うと、不本意なボイスロイド化を防ぎたかったからだ。悲しい事だが、不本意にも変化してしまった人も居る。
2018-12-16 16:23:36#私はセイカ 『えーっと、どれどれ?』ワザとらしく眼鏡をかけて、分厚い帳簿をパラパラと捲る結月ゆかりさんにハラハラした。そして…『嗚呼、彼、素質がありますねぇ。故に成ってしまった』「そんな馬鹿な…」私は狼狽えた。本当に気をつけていた筈なのに。何故、彼は変化してしまったのだろうか?
2018-12-16 16:23:45#私はセイカ その時、結月ゆかりさんが思いついた。とばかりに私に質問を投げ掛けてきた。『若しかして、私達の写った写真でも見せませんでしたか?』私はゾッとした。うろ覚えの記憶が蘇った。私はつい、「これ、私の同僚達と皆で撮った写真なんですよ~」と彼に見せてしまった事を。
2018-12-16 16:23:53#私はセイカ 「私の…所為だ…」私は自分を責めた。私があんなミスを犯さなければ、彼はボイスロイドに成らずに済んだのに。しかし結月ゆかりさんは言った『遅かれ早かれ、彼もまたボイスロイドになっていたでしょう』「でも…!」私は自分自身を許せなかった。そこで結月ゆかりさんは言った。
2018-12-16 16:24:02#私はセイカ 『ならばせめて彼に楽しい思い出を作ってあげなさい。それが貴女に出来る事です』そう言い切ると、結月ゆかりさんは一方的に電話を切った。鏡を見た青年はぼんやりと首を傾げた。「あれ? こんなに髪伸びてたっけ? まぁいっか。セイカさん。ご飯にしましょうか」「えぇ…」
2018-12-16 16:24:30#私はセイカ 今、彼の身近に居る存在で、彼の変化に気付ける存在は私だけになってしまった。そして日に日に、『彼』は『彼女』に成っていった。「不思議ですね。声が高くなったんです」「胸が膨らんできて、ちょっと服がキツイかも。どうしてかな?」
2018-12-16 16:24:44#私はセイカ 「ねぇセイカさん。私、女の子になっちゃった。不思議ですね。あ、でもセイカさんと一緒に温泉に入れるのは嬉しいかも」彼…いや『彼女』は自分の変化に対して酷く無頓着であった。それが何処か哀しくもあり、懐かしくもあった。私自身もああやって、ボイスロイドへと変化した事を。
2018-12-16 16:24:56#私はセイカ やがて、ツーリングも最後の1日を迎えた。私達は静かに珈琲を飲む。最後の晩餐ならぬ、最後の一杯と言う奴だった。楽しかったが、反面私は悲しみに溢れていた。不意に、彼女が言う「私、セイカさんにまた会える気がするんです」突拍子も無い事を言い出して私は少し吃驚した。
2018-12-16 16:25:11#私はセイカ 「何を根拠に?」私は苦笑しながら問いかけた。「根拠なんてありません。強いて言えば…直感です。私の心が、そう告げているんです」そう言うと彼女は少し照れ臭そうに、珈琲を飲み干した。彼女はウラルのエンジンをかける「さよならは、言わないわよ」「えぇ。また会いましょう」
2018-12-16 16:25:22#私はセイカ そう言って彼女…『東北ずん子』は去って行った。私と共に過した思い出と共に。私は味気の無い黒いタブレットPCを取り出した。そしてソレの画面に静かに手を触れさせる。まるで魔法の様に私は北海道の大地から消え去った。『あちらの世界』から『こちらの世界』へと帰還する。
2018-12-16 16:26:00#私はセイカ 結月ゆかりさんが出迎えに現れた。「お帰りなさい。旅行は楽しかったですか?」「えぇ…まぁ…これ、お土産です」「あらまぁ。随分と気前の良い。カメラのデータ。提出して下さいね」「はい…」私は力なく答えた。重い足取りで自分の部屋へと歩いていく。只々気分が重くて仕方が無かった
2018-12-16 16:26:17#私はセイカ 「せーちゃーん! 北海道旅行してきたんだってー? 羨ましいなー。私も行きたかったなぁ。地酒にお鍋にー…ウェヘヘヘヘ♪ …? どうしたの? 浮かない顔して」もう一人の『私』が私に話しかけてきた。私は『私』に対して「何でもない。ちょっと旅行で疲れただけだから」と答えた。
2018-12-16 16:26:31#私はセイカ 『私の見てきた外の世界』は人気を博した。誰もが楽しげにその『世界』を見つめていた。だけども私は、独り部屋に閉じこもって毛布に包まりながら旅の記録を見返していた。其処には居るべきはずの青年の姿は無く、『東北ずん子』の姿があった。まるで最初からそうであったかの様に。
2018-12-16 16:26:45#私はセイカ 私は自責の念に駆られた。きっと今『彼』は苦労している筈だ。『あちらの世界』の苦しみを味わってしまっている筈だと。ボイスロイドは『あちらの世界』で生きていくのは余りにも辛い事だと感じている筈だ。私は瞬く間に『こちら側の世界』に来たから、そんな苦労は一切無かったけれど…
2018-12-16 16:27:07#私はセイカ 数日後、私は結月ゆかりさんから仕事を言い渡された。「貴女の以前の『作品』がですね。思った以上にウケが良かったんですよ。それに貴女、自分で言っていたでしょう? お酒は苦手。騒がしい場所も苦手って。だから旅行をしてきなさいな。カメラを持って」私はまたカメラを渡された。
2018-12-16 16:27:20