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経験し得ないものとの関係性は、信頼によってしか成り立たない

他者も未来も死も私が深く関係するものでありながら、しかもそれらはいずれも永遠に私が自ら経験し得ないものであるゆえに、私とそれらとの関係性は私がそれらを知ることによって結ばれるべきものではなく、私がそれらを信じることによって結ばれるべきものと思うのです。
浄土 信頼 経験 平和 未来 信じる 来世 他者
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大角 康(宗純) @koukaku0811
自分の死を私は経験できません。経験できればその時私は生きています。死は自分が関係するものでありつつ、しかも絶対にそれを経験し得ないものですが、未来と他者ともまたそのようなものと言えましょう。死との関係性は未来との、他者とのそれと同じであると思います。 twitter.com/borges_bot/sta…
大角 康(宗純) @koukaku0811
そのゆえに、信じることを強調する浄土系仏教が、経験し得ない「来世」を強調するのは至極自然だと思うのです。というのも来世もまた未来と同じように、それを経験した瞬間にはもはや現生となるのであるからして、
大角 康(宗純) @koukaku0811
来世との関係性はいつか経験し得るものとのそれではなく、永遠に経験し得ないものとのそれであるからです。したがって、来世があるかどうかということは、経験によって知られないものであるゆえに、知るべきことではなく信じるべきことと言えるでしょう。
大角 康(宗純) @koukaku0811
経験し得ないものとの関係性は信じるべきものとのそれであるからして、信頼のないところには、未来も他者もないと言わねばならないでしょう。他者との関係性の基礎はどこまでも信頼でなければならず、平和とは信頼がそこにあることと思うのです。#浄土 #死 #来世 #信頼 #平和 #他者

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