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哲学者とは誰か

哲学者とは、哲学と呼ばれる学問分野にかかわる事柄に携わる者を指す言葉ではなく、「自分のなかのどうしても答えねばならない問へと答えるべく、必死で物を考える姿勢を持つ者」を指す言葉であると思うのです。
人文 思索 哲学 知識 哲学者
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大角 康(宗純) @koukaku0811
本当に一生ものとして身に付くものは、自分で考え自分で習得したことだけだと思いますし、そういった形で身に付けた知識だけが、いざという咄嗟の場面で活きて出てくるのだと思います。 鈴木大拙も「単に考えられただけの哲学は、人生のいざという場面で役に立たん」という旨のことを twitter.com/ShinShinohara/…
大角 康(宗純) @koukaku0811
言っていますが、哲学を本当に人生において活きて働かせようとするならば、哲学者はもっと自由に自分の言葉で自分の論理を構築してゆく必要があると思うのです。 私もまた文献に計り知れない恩恵を受ける者であり、それは私が問を持ち続ける限り終生変わることのない事実であると思いますが、しかし
大角 康(宗純) @koukaku0811
文献を読むのはあくまでも、自分のなかにどうしても応えなければならない要求または、考えなければならない問があるからで、そのような内面的切迫を抜きにして、もしくは強く感じぬままに、いくら読書をして先人の論理を吸収しても、その論理は自らの人生や生き方に強く結び付けられていないゆえに、
大角 康(宗純) @koukaku0811
いざという場面において何の働きをも為してくれない机上の空論と化してしまうと思われます。 哲学をするということは、自らのなかに切迫してくる問に対し自分でそれに答えてゆく姿勢を持つことであると思いますし、「あの人には哲学がある」などと私たちが言う際には、私たちはその人がその人特有の
大角 康(宗純) @koukaku0811
物の見方や考え方を持っていることだけを感じ取っているのみならず、その人が自分で必死になって考えてゆく姿勢を持っていることをも感じているのであると思います。 私などは上記の意味における哲学者になりたいのであって、哲学者という肩書というのは社会的身分のことではなく、生き様のことだと
大角 康(宗純) @koukaku0811
思うゆえに、八百屋さんや市役所職員さんのなかにも間違いなく哲学者はいらっしゃるのであり、逆に哲学科の教授であるからといって、哲学の本をたくさん読み込んでいるからといって、必ずしもその方が哲学者であるとは限らないと思っています。

コメント

nob_asahi @nob_asahi 2018年12月24日
某教授は授業で学生に言いました「哲学とは考えることです。君たちが『今日の夕飯はなにかなぁ』と考えたらそれが君たちの哲学なのです」 ...ただ、彼はこうも続けたのです「まあ、君らの哲学はその程度でしょうけどね」
さどはらめぐる @M__Sadohara 2018年12月26日
哲学者って自殺して己の言説を全否定するお仕事だと思ってました。
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