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対話と通信 言葉と記号

どんな文脈においても変わらぬ意味を持つものとして言葉というものを扱う時に、言葉は人の生きた心情を表現するものではなくなって、単なる記号と化すことでしょう。 言葉を交わすことは記号を交換することではなく(これを私は「通信」と言いたいです。)、感情や意志を互いに伝え合って拾い合うことと思うゆえに、言葉の交換としての対話というのは知性の営みである前に、まず情意のそれだと思うのです。
言葉 知性 文字 孤独 他者 対話 情意 通信 話を聴く 記号
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大角 康(宗純) @koukaku0811
一見すると対話は、言葉という記号の交換を軸として成立するように見えますが、実際には、相手の表情や仕草や様子といった、非言語的な表現によって伝えられてくるものを、お互いに受け取り合う姿勢を作ることで初めて成立するのだと思います。対話は知性の営みである前に、情意のそれであるでしょう twitter.com/Indianteaching…
大角 康(宗純) @koukaku0811
対話がうまく成り立たない時は、感情や意思が受け取られることのないままに、言葉がそれらを表現するものとしてではなく、文脈にかかわらない固定的な意味を担う記号として扱われているように思います。記号の交換は対話ではなく通信であり、通信によっては人は永遠に孤独から脱し得ないでしょう。

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