時計屋シリーズ11~刀を届けた速人の話~

結局…ショタを…我慢…できなかった…
2

前の話

まとめ 時計屋シリーズ10~霧の都の話~ タロはウルトラマンシリーズが結構好きです。 1135 pv 5

本編

帽子男 @alkali_acid

速人(はやと)は駆けていた。地狗(ちぐ)の如く、天猿(てんえん)の如く。二振りの大刀を背負ったまま、子供がかほどに長く、かほどに軽やかに走れるとは、日頃の鍛錬を知らぬ村の女衆であれば目を剥いたに違いない。

2019-01-12 21:32:17
帽子男 @alkali_acid

不吉な霧があたりに濃く立ち込めていて、腕に巻いた骨石の勾玉飾りが震えている。 どこかでおも常世主鐘神が鳴いているのだ。子等を目覚めさせ、餌食を摂るよう呼ばっているのだ。速人の一族には決して聞こえぬ声で。

2019-01-12 21:36:40
帽子男 @alkali_acid

息が上がる。肩にぶつかる鞘に痛みを覚える。 あたりを覆う細かな水の粒が衣に張り付くだけでなく、冷汗が肌に浮かんでいる。どこからか主鐘の子等が喚きながら掴みかかって来るかしれない。霧のすべてが連中の住処だった。大人の、弓と刀の扱いに慣れた丈夫(ますらお)であれば戦えたろう。

2019-01-12 21:40:05
帽子男 @alkali_acid

だが速人は子供だ。同い年の中でも腕っ節は弱い。とても叶わない。二振りの刀を担いで疾風のように馳せる、跳羊のような肢だけがとりえ。 朧な三つの幻日の光を頼りに、お告げにあった「みよしさま」を探し出し、重代の宝剣と、数え四つの頃から覚え込んだ言伝を渡すためにただ急ぐ。

2019-01-12 21:47:04
帽子男 @alkali_acid

主鐘の縄張りである霧の奥深くへ。 もし速人がしくじれば、主鐘の子等は数限りなく湧き出でて村を食らいつくし、おばばもおじじも、弟の佑(たすく)もみな生きながら腸を貪られる。 主鐘の子等が、引き際を誤った丈夫を囲んで引きずり倒し、そうするのを見た覚えがあった。誰も助け出せなかった。

2019-01-12 21:50:30
帽子男 @alkali_acid

あれは二つ幻日の明けて月七つ後だった。血の匂いが鼻の裏にへばりつき、ひしり泣くような子等の叫びが耳に残って、折々夢に見るのだ。うなされて起きると、いつも脇腹に跡になって残る角牙の抉れがいや疼きをさせる。

2019-01-12 21:53:46
帽子男 @alkali_acid

もう菊たくない喚きが、すぐそばで聞こえる。一つでなく二つ、三つ、四つ、五つ。沢山。 少年は歯を鳴らしながら、刀帯をつかんでさらに足を飛ばした。 泥土に岩まじりだったでこぼこの地面は、いつしか固く平らな石のような道に変わっている。 常世に入ったのだ。主鐘の子等の巣に。

2019-01-12 21:56:20
帽子男 @alkali_acid

霧がわずかに薄れ、呪わしい景色をあらわにした。十間もない先、鉄(かね)の柱の根元に、数匹の異形が集まって屍を貪り食っていた。 寄り添う大小のなきがらは親子だろうか。一匹が頭を上げ、渦巻くようなあぎとを開いて、ぞっとするような慟哭を発した。

2019-01-12 21:59:33
帽子男 @alkali_acid

見回すと、はじめ断崖と見えたのは石でできたとほうもなく大きな櫓で、くぼみにはまっている玻璃(はり)の板を破って、煌めくかけらを散らしながら、けばだつ鱗を備えた化物や、ねばつく糸をそよがす化物などが飛び降りてくる。

2019-01-12 22:01:44
帽子男 @alkali_acid

どれも血の匂いをさせていて、おまけにどこか人に似た姿かたちをしていた。 「ひっ…」 速人は息を呑みつつ、刀の鯉口をまさぐった。だが抜き方すら知らない。 古(いにしえ)に一族の鍛冶が打った宝剣は、しかるべき丈夫の手に渡らねばならない。 使い走りの童の身を守る役には立たない。

2019-01-12 22:04:11
帽子男 @alkali_acid

子供の腸とおぼしきものを口からたらしながら、主鐘の子等が四つ足でにじりよってくる。色鮮やかな奇しき衣をまとっているのが、なおさらおぞましかった。 餌食を囲む輪を狭める異形の群は、しかし飛び掛かる寸前で止まった。 遠くで何かがきしみ、唸りとともに地面をこする音が近づいてくる。

2019-01-12 22:06:41
帽子男 @alkali_acid

せつな、霧のかなたからとほうもなく大きな三つ指の手が伸びて、いびつな獣のひとつをさらい、頭上高くに運んで行った。 咀嚼するような響きのあと、ぐずぐずの肉と骨が雨の如く飛び散り、速人にもかかった。 凝然として仰ぎ見ると、たなびくかたちなき帳のむこうに山のごとき巨躯がある。

2019-01-12 22:09:49
帽子男 @alkali_acid

丘鯨さえ上回る図体だった。 童はへたりこみ、尿(いばり)を漏らした。 すると小さな異形の群は気を取り直したのか、仲間が食われたのも構わず、たやすい獲物にかじりつこうとする。

2019-01-12 22:11:48
帽子男 @alkali_acid

時を同じくして、地面をこする音はすぐそばまで来て、正体をあらわした。さらに新手の化生。四つの輪で走る鉄(かね)の小屋だ。 速人に襲い掛かってきた一匹を跳ね飛ばすと急に止まり、左の鰓(えら)のようなものを開いて、中から影があらわれた。

2019-01-12 22:14:34
帽子男 @alkali_acid

影は黒い針金のような髪をし、きつい目つきをした丈夫で、片手から火を放ち、もう片手に持つ玻璃の瓶に移すと、怪力を発して振り回し、長い弧を描くようにして、主鐘の子等に投げつけた。 まばゆい炎が異形を押しつつみ、焼き尽した。

2019-01-12 22:16:41
帽子男 @alkali_acid

鉄の小屋の逆の鰓が開き、別の影があらわれた。首に骨勾玉を巻いた若女(おとめ)で、何か言いながら走り寄って来る。 速人ははっとして若女を見つめた。 「みよしさま」 顔かたちは、確かに村の社にある土器(かわらけ)の面(おもて)に写し取ったみよしさまに似ていた。

2019-01-12 22:20:50
帽子男 @alkali_acid

目つきのきつい丈夫がまた一つ瓶を放る。また異形が焼け死ぬ。 炎をしもべとして操るかのようだった。 主鐘の子等は魅せられたように、男の方を向いている。一匹をまた頭上から巨大な三つ指の手が掴みとり、運んで噛み砕く。

2019-01-12 22:22:54
帽子男 @alkali_acid

若女が速人の手を掴んでひっぱった。うながされるまま、立ち上がり、賢明に場を離れる。 絶叫が上がり、思わず省みようとすると、みよしさまに似た娘が何事か叱る。手首に巻いた骨石の勾玉が震え、相手の喉首に巻いた勾玉と響き合うようだった。 「ふりかえらず逃げよ」 そう言っているのが分かる。

2019-01-12 22:25:28
帽子男 @alkali_acid

しかし速人は後ろを確かめずにはいられなかった。 丈夫は、頭上から掴みかかってくる巨大な手に対し、鉈を振るって丸太のような指を傷つけ、すばやく転がると、逃げるかわりに、例の鉄の小屋に近づいて、身を入れ、全体を震わせると、輪を回して前へ進ませた。 そうして反対の鰓を通じて飛び出す。

2019-01-12 22:27:44
帽子男 @alkali_acid

そうして、まっすぐにまた立って、両手の中指を立てる仕草で霧のかなたに腕を突き付けてから、若女の方を振り返って一声かけ、地面に張り付くように身を低くした。 「伏せよ」 娘が命じるのがまた骨石の勾玉を通じて伝わる。 速人は言われた通り、男をまねてつっぷした。

2019-01-12 22:29:42
帽子男 @alkali_acid

光が閃き、轟きが霧を引き裂くように鳴り渡って、熱を含んだ烈風が吹きすぎて言った。 骨石の勾玉が激しく震える。そばで若女が苦しげに身をよじる。 しばらくして速人がたまらず身を起こし、何があったのかをうかがうと、燃え盛る炎を背に、男が傷ひとつなく歩いてくるところだった。鉈を肩にかけ。

2019-01-12 22:31:49
帽子男 @alkali_acid

はたしてうわべ通りの人なのか、常世に住まう火の荒神なのか、にわかには分かりかねた。 丈夫はぐあいの悪そうな若女のようすに目をとめると、すばやく近づいて、気遣うようだった。速人はほっとした。 「みよしさま」 そう呼びかると、男女はそろって少年を見やった。

2019-01-12 22:33:49