「おい!これは一体どういうことだ!?」 「信じる」ということは、どんなにかけがえのない事か。改めて思い知らされた。記憶喪失、という果てしの無い闇の中。名前だけが唯一の記憶として残るシドーにとって、ビルドからの信頼は彼の心の拠り所だった。1
2019-01-14 00:37:21得体の知れない「何か」の存在にうなされ、自分を見失いそうになる時もあった。そんな殺伐とした闘いの最中でさえ、彼に背中を預けると妙に安心した。はいたっち、とやらにも心躍ったし、共に笑い合う時間はいつだってかけがえのないものだった。 それなのに。それなのに―――。2
2019-01-14 00:38:26「彼が悪いわけじゃない」。そう頭では理解しているのに、心がその理解を拒否する。いつだって隣で見ていたヘラヘラしたその表情が、今は牢屋の格子越しにシドーを見つめていた。苦しそうに眉をひそめ、何か言いたげに歪めた唇を開けては閉めるビルドの姿は、ただただ腹立たしさを彼に植え付ける。3
2019-01-14 00:39:23「言い訳は聞きたくない。……オマエのこと、見損なったぜ」。 シドーの口からこぼれ落ちる拒絶の言葉。それを聞いたビルドの瞳に、絶望の色が浮かんだような気がした。4
2019-01-14 00:40:17何かを聞きたかった。いつものようにその声で、名前を呼んで、ただ笑いかけてほしかった。 何も聞きたくない。隔てた冷たい壁の向こう側に居るお前の言葉なんて、もう何も要らない。 シドーの中で膨らむ怒りは彼の冷静さを奪い、思考に生じた矛盾に気付くことが出来ない。5
2019-01-14 00:40:31「ビルド…。オマエが作った魔法兵器は確かにすごい…。だが、戦うのはオレの役目だろ?魔法兵器があるから、オレは要らないなんて言うんじゃないぞ」。 ビルドと交わした、デーモン兵団と戦う直前の会話が脳裏によみがえる。 あの時、彼は笑って頷いた。"もちろんだ"と。6
2019-01-14 00:41:34いつものようにヘラヘラとした頼りなさこそあったが、シドーに向けられた視線は迷いのないものだった。よく覚えている。今もまだ鮮明に記憶に残っている。 "自分にとって、シドーは何にも代えられない…大切な仲間だから"。7
2019-01-14 00:41:54髪に幾つもの白い結晶を乗せたビルドとの会話を思い出す度に、胸が締め付けられたように苦しくなる。 嬉しかった、と、自分の素直な感情を思い出す度に、喉が押し潰されたように息が吸えなくなった。8
2019-01-14 00:43:56彼らに背を向けたシドーの耳に、リックの声が微かに聞こえてきた。そして遠ざかる気配と、静けさの中に響き渡る足音が続く。そういえば、と、ここが地下であるという事を思い出す。太陽の光もなく、人の話し声もない。薄暗く、少し肌寒いこの場所が、自分でもおかしいと思うくらいに心地よく感じた。9
2019-01-14 00:44:28―――ビルダーの事はてんでよくわからなかったが、物を作るビルドのことが好きだった。何かを閃いた時は心底楽しそうで、見ているこちらもワクワクとさせられた。自分には出来ない事をやってのけるその姿が、周りを巻き込んで正しい道を切り開くその勇気が、誇らしくもあり、眩しくもあった。11
2019-01-14 00:45:08魔物を倒すにも一苦労する事の多かったその細い腕で、よくもあんな大きなハンマーを扱えるものかと、時に恐ろしく思う事もあったが―――長い時間を経て、お互いを「一番の相棒」だと思っていたのは、果たして自分だけだったのだろうか。12
2019-01-14 00:45:52今はもう知る術もない。彼の言葉を拒絶したのは、紛れもなく自分なのだから。 思えば、言い訳だと突っぱねてしまったが、先程ビルドが必死に話そうとしていたのは一体何だったのだろうか―――。14
2019-01-14 00:46:39(…アイツは、今でも俺を信じてくれているのかもしれない。) 今感じている不安や絶望も、全てが杞憂であってくれたのなら。―――なんてムシのいい話しだ、ありえない。15
2019-01-14 00:46:52自分に都合よく解釈するのは実に簡単だ。しかしこの現状で、シドーには「もしかしたら」と期待をする、ということがどうしてもできなかった。希望が手の届くところにあるのかもしれない、と上を向くことが、何よりも恐ろしかった。16
2019-01-14 00:47:39「お前のためにならないのなら、俺は"何の為に"壊せばいい…」 誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。一層低く落ちた声のトーンは、冷えた空気を伝って消えていく。17
2019-01-14 00:48:05"歩み寄る"という選択肢を、彼の中に眠る"なにか"がかき消していく。何を信じればいいのか、その答えすらも食い荒らす。「信じたい」と縋りたい相手が、段々と塗り潰されて見えなくなっていく。黒く澱んだ魂は、少しずつ―――だが確実にシドーの心すらも引きずり込んでいくようだった。18
2019-01-14 00:48:30ビルドが"そんな奴じゃない"ことくらい、自分が一番よく知っていると思っていた。今、シドーが閉じ込められているこの牢の設計図だって、作ることに同意したからだとか自発的に描いたのでは決してなく、例えば誰かにそそのかされたとかで―――。20
2019-01-14 00:50:43そう頭を考えがよぎった刹那、"裏切り者"という文字が瞼の奥で弾けるように浮かび上がった。反射的に見開かれた瞳、その視界に入り込んだ、目線の少し上にたったひとつ揺らめく松明。それはそこで動けぬまま、孤独を寂しいと訴えているかのようにか細く、眩しさは感じられなかった。22
2019-01-14 00:51:28まるで、今の自分のように―――胸が張り裂けそうで、無意識に舌打ちをしていた。乾いた音は虚空に飲み込まれ、辺りは再び静寂に包まれた。23
2019-01-14 00:51:39