実はTwitterっぽい『枕草子』は「自分のため」よりも「誰かのため」に書いたからこそ世界の美しさや愛嬌が映えた説

読んでみるか枕草子
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リンク ほぼ日刊イトイ新聞 人生の窮地に立たされてなお、この世界を祝福するものがたり。 - ほぼ日刊イトイ新聞 10月29日に行われる特別講義『たらればさん、SNSと枕草子を語る。』枕草子ってどんな物語なの?どんなところが魅力的なの?いま読むとどうしておもしろいの?そんな疑問に、たらればさんが枕草子への愛をたっぷり込めておこたえします。 2 users 43
たられば @tarareba722

何度も見れば気づいたかもしれない、事前に「何かある」と知っていればわかったかもしれない、でも普通そんなの気づかないよ、ということに、なぜか気づく人がいる。いってしまえば「経験の密度が高い人」、たくさんの人が「言われてみればなるほど!」と膝を叩くことに、気づく人がいる。

2018-09-07 19:05:33
たられば @tarareba722

わたくしの考える『枕草子』の特徴、清少納言という作家の最大の長所は、そんな「世界を見つめる解像度が高いところ」です。だからこそ、現代で「何かを伝える仕事」に就く人にこそ、『枕草子』を知ってほしいとおもいます。 では作者である清少納言は、どういう素養があってあの作品を書けたのか。

2018-09-07 19:07:49
たられば @tarareba722

「九月ごろ(新暦で10月下旬頃か)、夜どおし降った雨がやんで窓から朝日が差し込む日、外を見るとまだ草木が濡れそぼって雨露がこぼれるような様子は、趣き深い。軒先に破れた蜘蛛の巣が引っかかっていて、昨夜の雨露がまるで白い玉に糸を通したように見えるのも、切ないけれど趣深さがとてもある」

2018-09-07 19:09:15
たられば @tarareba722

「少し日が高くなってくると、植えてある萩の葉の上露が重くなって枝がしなって、その露が地面に落ちて(誰も触ってないのに)枝がぴょんと跳ね上がるのを見ると、なんだかおかしみがある。…なんてことも、他人からすればまったく面白くないだろうところもまた、面白い」枕草子(三巻本)百二十六段

2018-09-07 19:10:18
たられば @tarareba722

これは『枕草子』の中でも特に有名な部分で、「(読解力や解像度の種類が違う)他人には面白くないことも作者は面白がっている」という、作品全体のトーンを象徴する「段」と言われています。気づかない人には「あーいい天気」で終わる秋晴れの朝も、「趣深さ(をかし)」に溢れたワンシーンになる。

2018-09-07 19:11:14

ワンシーンを切り取るために必要な3つの力「その1:知る力」

たられば @tarareba722

この「(誰かにとっての)何気ない朝」を「(自分にとっての)特別なワンシーン」に切り取って描写するためには、3種類の力が必要なんだとおもうのです。 ひとつめは「知る力」。 前述の『枕草子』引用部分に出てくる「萩の上露」は、万葉集や古今和歌集などで数多く使われるモチーフです。

2018-09-07 19:12:32
たられば @tarareba722

たとえば「萩の露 玉にぬかむと取れば消ぬ よし見む人は 枝ながら見よ(詠人知らず 古今集)」や、「白露に 風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける(文屋康秀 後撰集)」。こうした名歌を、清少納言は知悉していました(当時中宮の女房は千首以上ある古今集などを全部暗記していた)。

2018-09-07 19:13:05
たられば @tarareba722

まず絶対的な知識量がなければ「気づき」に到達しません。「中宮付き女房」という当時の文化的エリートのなかでも、清少納言は万葉集や古今和歌集、後撰集といった日本の和歌から白氏文集などの漢詩まで、オールラウンドで詳しいインテリでした。だからこそ応用問題に進む能力があったわけです。

2018-09-07 19:14:02

ワンシーンを切り取るために必要な3つの力「その2:紐付けて使う力」

たられば @tarareba722

ふたつめは「紐付けて使う力」。 情報はバラバラに覚えているだけでは意味がありません。タグ付けをして、それぞれの情報の関連性を知り、使えるようにする。その上で、「どこでどう使えば評価が高まるか」を繰り返し試すしかない。清少納言はそれを、中宮定子との掛け合いで磨いてゆきました。

2018-09-07 19:14:51

ワンシーンを切り取るために必要な3つの力「その1:祝福する力」

たられば @tarareba722

みっつめが、個人的にはこれが一番重要だとおもうのですが、「祝福する力」。 わたくしの好きなマンガに『阿・吽』(おかざき真里著)という作品があります。空海と最澄という天才宗教家の生涯を描いていて、全方面に絶賛お薦め中なのですが、その5巻でですね、とても印象的なシーンがあります。

2018-09-07 19:15:28
たられば @tarareba722

旅(遣唐使)に出る直前、空海が最澄に「花」という字を書いた紙を渡すんですね。それを見た最澄は「美しい……」と呟きます。そりゃそうだ。空海といえば弘法大師、「三筆」ですよ。書道界の神です。でもそういう意味じゃないんですね。空海レベルの「書」は、単に「字が美しい」という意味ではない。

2018-09-07 19:15:52
たられば @tarareba722

「我は、ただ書くだけだ」「花を咲かせるのは、見た者の心の内だ」と空海は語ります。これ、「この世界を見る視線」も同じだとおもうんです。 春の夜明けと流れる雲を見て、それを美しいと感じるのは、その人の心が美しいからだと。世界の解像度が上がったときに何が見えるか。自分の心なんですね。

2018-09-07 19:17:26

まとめ

たられば @tarareba722

えらい長くなってしまったのでまとめます。 昨日、北海道で大きな地震があって全戸停電になった夜でも、ツイッターでは「星がすごくきれいだ」というツイートがたくさんありました。大変な状況でも夜空を見上げて「星がきれいだ」と呟いて、それを誰かに見せること。これぞ人間の底力だとおもいます。

2018-09-07 19:18:30
たられば @tarareba722

「天の海に 雲の波たち月の船 星の林に漕ぎ隠る見ゆ(柿本人麻呂)」。 大変なときでも空を見上げて、誰かに美しさを伝えよう。そういう祝福の力、人間の強さを言祝ぐ力が潜むことを知ることが、『枕草子』を学ぶ意義のひとつだとおもうのです。「ほぼ日」ではそういう話をできればとおもいます。(了

2018-09-07 19:20:04

枕草子は約320段のなかで第一段の完成度が高い

たられば @tarareba722

これは講演では少ししか話さなかったことですけども、『枕草子』約320段の中でも第一段の完成度はずば抜けていて、情景描写としての美しさや構成・演出・テンポ・背景にある物語・仕込まれた表現技術などを総合的に考えると、あらゆる日本語作品のなかでも間違いなくトップランクの名文で、

2018-10-31 13:42:11
たられば @tarareba722

それを味わうのに特に効果的なのは「目をつぶって音読すること」だったりします。400字程度でリズムがしっかりしてるので(もちろん作者はそこまで計算している)、何度か黙読すると覚えられるのではないでしょうか。千年前の京都盆地のど真ん中に立った気分で、風景を想像しながら読んでみましょう。

2018-10-31 13:46:21
たられば @tarareba722

新しいスマホを買うと人生が少し変わるかもしれませんが、『枕草子』の第一段を暗唱できるようになっても、その先の人生はきっと(少しだけかもしれませんが)変わりますよ。季節の移ろいや天候、気象に対する感性が、少しだけ豊かになります。わたしたちのほとんどは「言葉」で出来ているんですし。

2018-10-31 13:54:27

清少納言の『紫式部日記』はボロクソで面白い

たられば @tarareba722

よく「紫式部は清少納言のことをボロクソに書いていた」なんていう人がいるけど、そういう人はぜひ自分の目で『紫式部日記』を読んでみてほしい。現代語訳にも目を通して、あの日本文学を代表する作家がライバルのことをどう書いたか、ちゃんと確かめたほうがいい。わりと引くくらいのガチ悪口だから。

2018-11-15 16:10:53