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ヤブ蚊のエサ 連載三日目

どうにか地下鉄に避難した幸山は、構内の冷水器できわめて異質な代物を手にしました。  連載初日から読みたい方は https://togetter.com/id/hm1d6 をどうぞ。 続きを読む
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ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
ヘルメットは脱いだままズボンのうしろを手で払っていると、救急車から担架が出され、二人の救急隊員がそれを手に走り出した。そのころには野次馬も集まり始めていた。 「あなたが通報した方ですか?」  先頭の救急隊員が、後ろ手に担架を持ったまま尋ねてきた。 「さあ? なんのことだか」
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
ゴミ袋は大半がそのままだ。それに、死体と自分を結びつけるものはなにもない。 「この辺にいき倒れがいると通報があったんですが、見かけませんでしたか?」  もう一人からの質問に、幸山は首をひねった。 「いや、失礼しました。どうぞお通り下さい」  先頭の救急隊員が礼儀正しく道をゆずった。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
「どうも」  幸山はそのまま路地裏をぬけた。 「おいっ、ゴミ袋の中に誰か倒れているぞ!」 「なに!?」  そんな隊員達の会話を背後にタクシーを呼び止めた。少し離れた地下鉄……都営地下鉄一田線沼包(ぬまつつみ)駅……の出入口を運転手に伝えようやく一息ついた。原付はあとで回収するほかない。
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2、感知  命からがら地下鉄に逃げた幸山は、のどが渇いてしようがなかった。切符を買って構内に入ると、待合客は彼以外一人もいない。それでようやく、さっきの顛末を思い返し、不安で手足が震えてもきた。 おあつらえむきに冷水器があったのは、まさに砂漠で湧き水の心境といえる。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
ここ最近、地下鉄では冷水器の撤去が進んでおり、残している路線はそう多くない。いちいちそこまで意識していなかったがうれしい偶然だ。自動販売機でジュースを買っても良いがゴミが出る。あまり世間なみのモラルを重視する方ではない幸山にしても、ポイ捨てはしない主義だった。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
それで、冷水器に近寄ってペダルを踏んだ。うんともすんともいわない。手で揺すってみても結果は同じだった。もう我慢の限界だ。彼は腹だちまぎれに冷水器を蹴とばした。そんな姿は防犯カメラで撮影されているのだろう。いいや、こわれているのが悪い。そこで、全くあさっての事実に気づいた。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
冷水器のすぐ背後に、駅の天井を支えるレンガ張りの柱がある。その中に一つだけ色が微妙に異なるレンガがあった。ふだんなら誰も気づかないか、気づいてもわざわざ注意を払わない。神経のささくれだっているさなかの幸山だからこそ関心を持つに至った。たちまち好奇心が彼を支配した。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
その命ずるままに、まず防犯カメラの角度を把握する。冷水器はその気になればテロリストの工作対象になりかねないから、どの駅でも必ず神経をとがらせて見張っているはずだ。その一方で、いつくるかわからないテロリストを限られた人間で見張り続けるのは不可能だった。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
まして日本のような国では防犯カメラをつけても録画をいちいち吟味しない。  冷水器を見下ろす防犯カメラはひとつだけだった。冷水器の具合を確かめるふりをして違和感のあるレンガに両手をかけると、指をかけるためのくぼみがあった。なにかにみちびかれるように指をかけて引きぬくと、
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
胸の半分ぐらいほどのサイズのアタッシュケースが……縦向きに……あらわれた。相当古く、あちこちシミがついており、カビも生えている。アタッシュケースの取っ手にはダミーのレンガがついたままなので、それを元通りにはめ直すとどうにか体裁がついた。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
こうなった以上、へたに動揺して駅を出るのもよくない。結論として、なに食わぬ顔をしながら電車を待つのが上策だった。  じりじりするうちに、天井のスピーカーから駅員のアナウンスがひびき、数秒遅れてごーっという音と生臭い風が吹きぬけ始めた。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
車輪をきしませながら電車が到着し、彼は車内に入った。乗客はまばらで、全員が椅子に座り下を向いたり眠ったりしている。幸山は、椅子に座ってアタッシュケースを膝の上に乗せ両手で抱えた。そうすれば汚れが目だたない。電車のドアが閉じられ、発車の軽いショックが体をゆらした。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
自分が得をしたのか損をしたのかはまだ判断できなかった。  ともかく、自宅の最寄り駅で地下鉄を降り、そのまま帰宅した。ここまで自分をつけ回すような相手なら少しくらいの偽装工作をしても簡単に自宅をつきとめられてしまうだろう。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
それくらいなら時間を無駄にせずアタッシュケースの中身を調べたほうがましだ。それでも、玄関をくぐってから、いつもは一つしかかけない鍵をドアチェーンまでかけた。窓にも鍵をかけカーテンを閉めた。そこまでしておいて食卓用のテーブルにアタッシュケースを置きロックに手をかけた。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
錆びついてなかなかに抵抗したが、台所からナイフと食用油を用意した。ロックの錆をこそぎ落しながら油を垂らし、辛抱強く動かしていくと、ついに開いた。外側が懸命に湿気やカビを食い止めていたおかげで、中身は無傷に等しい。それは録音機にセットされたままの磁気テープだった。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
丁寧に油紙にくるんだ乾電池もある。乾電池は、現在でもコンビニで入手できるものだった。  これは川島のネタよりもはるかに大きいヤマかもしれない。録音機をアタッシュケースから取り出すときには、それが四方八方に揺れるのを抑えきられなかった。
ぞろ目の八ことマスケッター(旧 1d6) @hm1d6
録音機の裏面には、電池をはめるための穴をおおう蓋がある。昔のラジカセによく使われていたタイプだ。椅子に座ってから指でカバーを外し、電池を油紙から出してセットした。何度も再生ボタンを確かめ、間違っても上書き録音でないと納得してから押すと、なめらかにテープが回転し始めた。 続く
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