【ドルフロSS】ステン・イズ・ホームガード

ドルフロ妄想怪文書 英国戦術人形がホームガードパイクを振るって無双する話がみたいけど見当たらないので書いた
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アグラ @Agura_DC

「右手の土嚢に新手!」イングラムの鋭い声が響く。「了解!」ステンは素早く反応し、手榴弾を投げ込んだ。 「3、2、1……いま!」ステンの合図と共に爆発が鉄血の防御といくらかの四肢を吹き飛ばし、イングラムとステンの掃射が残った鉄血人形に苦悶の舞踏を強いた。

2019-01-21 23:42:09
アグラ @Agura_DC

薬莢が立てる耳障りな金属音が止み、焦げ臭い風が爆発の煙を流すと、そこに立っている鉄血の人形はいなくなっていた。 「ふぅ、いまのが最後です」固い表情のまま、ステンが息をつく。その目は油断なく周囲を行き来している。

2019-01-21 23:42:36
アグラ @Agura_DC

「そのようですね、さっさと味方と合流しましょう」イングラムは相槌を打って身を隠している廃棄された倉庫から出ようとし、腕を掴まれた。 「待って」ステンは目線を外に向けたまま、イングラムを引き止めた。 「どうしました?」異常を感じたイングラムは身を屈め、ステンの近くに寄った。

2019-01-21 23:44:24
アグラ @Agura_DC

「最後なのは手榴弾と弾です」「は?」 「手榴弾も弾も、使い切りました」ステンは静かに事実を伝えた。イングラムはその意味を理解すると、全ての神経が張り詰め鼓動が早くなるのを感じた。幸いなことに鋭敏な五感は増援の気配を察知していない、今はまだ。ステンも同じように感じているらしかった。

2019-01-21 23:45:32
アグラ @Agura_DC

「私は――」イングラムは腰に提げたポーチを探り「――これが最後のマガジン」それを慎重に差し込んだ。僅かでも音を立てれば、それが呼び水となって増援の襲来を早めてしまう、そんな非現実的な悲観がイングラムの胸の内を渦巻いた。

2019-01-21 23:46:26
アグラ @Agura_DC

「うーん、厳しい状況ですね」変わらない調子でステンは続けた。 「はあ、そうですね。孤立して、ダミーリンクは全滅。通信機はお釈迦。いまは運良くこの倉庫に籠城出来てますけど、弾もない、手榴弾もない、救援が来る見込みもない。本当、絶望的に厳しいですね」苛立ち、イングラムはまくしたてた。

2019-01-21 23:47:37
アグラ @Agura_DC

「落ち着いてくださいよ、こちらに追加の戦力が……どちらの戦力にせよ、来ないということは本隊がうまくやってるということです。それに望みがまったくないというわけでもないですから」イングラムの焦燥をよそに、ステンは普段通りの穏やかな口調で語った。

2019-01-21 23:48:32
アグラ @Agura_DC

「じゃあ武器もなしにどうやって生きて帰るっていうんですか?」思わず銃を握る手に力が籠る、自分たちに残されたのはこのたった三十発の弾丸だけなのだ。 「ナイフがあるじゃないですか」ステンの目がイングラムの腰へと移った。 「マシンガンもってる相手にチャンバラやれと?」

2019-01-21 23:49:19
アグラ @Agura_DC

「そうですよ」イングラムがステンの目を見ると、ステンの視線とぶつかった。彼女の表情には焦りも怯懦も見受けられなかった。冷静で、現実的な考えを巡らせている者の目だった。

2019-01-21 23:50:56
アグラ @Agura_DC

「ナイフを一本お借りしても?」ステンはまるでペンでも借りるような軽い調子で訊ねた。いや、ステンにとっては本当にそのくらいのことなのだ。 「ええ、どうぞ」イングラムは恭しく礼をして、まるで宝剣を献上するかのように大仰な身振りで自身の持つナイフを差し出した。

2019-01-21 23:51:41
アグラ @Agura_DC

「どうも」受け取るとステンはしっかりとした足取りで倉庫の奥に向けて歩き出し、数歩のところで振り返った。「すぐ戻りますから、見張りを頼みます」そして今度こそ廃材の山の中へと進んでいった。

2019-01-21 23:52:16
アグラ @Agura_DC

「はあ、仰せのままに」イングラムは扉に体重を預け、外を見やる。乾いた風が薬莢や鉄血の残骸を転がして弄んでいた。先ほど自分に向けられていたライフルが目に留まった。あれを使えればもしかして……逡巡の後、彼女はその案を完全に放棄し、絶対思い出さないことにした。

2019-01-21 23:53:14
アグラ @Agura_DC

以前、戯れでグリフィンの同僚が扱う別の銃を使ったときに、イングラムは死にかけた。少なくともそう思えるほどひどい経験をした。吐き気、目眩、動悸……自己同一性の危機。私が私でなくなる感覚。あれをもう一度味わうくらいなら死んだほうがマシだ。

2019-01-21 23:54:17
アグラ @Agura_DC

ナイフはまだ自分の手元にもある、どうしようもなくなったらこれで自決しよう。いざとなったら死ねる。そう思うと気分がいくらか晴れやかになるのを感じた。厳しいけど、絶望的ではない。ステンの言葉通りだけど……なんだ簡単じゃないか。

2019-01-21 23:55:43
アグラ @Agura_DC

イングラムは外の監視を続けながら左手でしっかりとナイフを握りしめた。 「戻りましたー」暇を持て余したイングラムが転がっている鉄血の死体を三度数え終えた頃、ステンの声がイングラムの耳に届いた。振り返ると、ステンは戻ってきていた、槍を抱えて。

2019-01-21 23:56:32
アグラ @Agura_DC

「な、なんですかそれは」それは誰がどう見ても槍だった。それでもイングラムは聞かざるをえなかった。 「槍です」「でしょうね」穂先は先ほど彼女に渡したナイフ。柄はそこらで調達した鉄パイプらしい。

2019-01-21 23:57:13
アグラ @Agura_DC

「ホームガードパイクです」「はい」イングラムは混乱していた。返事をするのがやっとだ。ステンは冷静だと思っていたが、やはり死の危険が彼女を狂わせたのだろうか。

2019-01-21 23:57:51
アグラ @Agura_DC

「あなたの分も作ります、ナイフを」「はい」言われるがままナイフを渡した。もう、わけが分からなかった。ステンは倉庫のどこかから見つけてきたらしいバーナーでナイフと鉄パイプを溶接し、あっという間にもう一本の槍をこしらえた。イングラムは外の監視も忘れて作業を見守った。

2019-01-21 23:58:35
アグラ @Agura_DC

「長さはどうしますか?」ステンが目を狭めて、溶接部の具合を確かめながら聞いた。 「えっと、六フィートで」「メートルでお願いできますか」穏やかなステンにしては珍しい断固とした口調。

2019-01-21 23:59:04
アグラ @Agura_DC

「……一・八メートル」「わかりました」ステンはヤード・ポンド法に対する呪詛を唱えながら鉄パイプを言われた通りの長さで切り、作業を終えた。 幸い、この作業の間も敵が来ることはなかった。時折、まばらな銃声が遠くから響いて、二人の耳朶を打った。主戦場は自分たちから遠ざかっているらしい。

2019-01-22 00:00:11
アグラ @Agura_DC

「最後の仕上げです」おもむろにステンはジャケットを脱ぐとそれを穂先で二つに裂いた。そして鉄パイプの――槍の柄の――中ほどに巻きつけ、きつく縛った。 「あなたもやったほうがいいですよ」ジャケットの切れ端を渡され、イングラムは当惑したまま同じように巻きつけた。

2019-01-22 00:00:41
アグラ @Agura_DC

「よし」ステンが槍を中腰に構え、外を見る。扉の隙間から夕日が差し込み、彼女を赤々と照らしていた。チェックのスカート、赤いベレー帽、スリングで背中に回してある短機関銃、そして槍。

2019-01-22 00:01:34
アグラ @Agura_DC

「まるでハイランダーですね」イングラムもまた槍を構え、ステンの隣に立った。巻きつけた布が手汗を吸い、いくらかこの即席兵器を扱いやすくしていた。これと銃を同時には使えない、彼女もまた自分の銃を背中にやった。

2019-01-22 00:02:39
アグラ @Agura_DC

「いいえ、私たちはホームガードですよ」 「謙虚、というべきですか?」イングラムは皮肉な笑みを投げかけた。 「いえ、私たちはいつだって誰かの郷土を守るために使われているんですから、あえて例えるとしたら、それはホームガードでしょう」

2019-01-22 00:03:13
アグラ @Agura_DC

「少なくともグレナディアーズは名乗れませんね」 「そうですね――」ステンが口の端を吊り上げた。それはステンが時折見せる(主にグレネードを投げるときの)攻撃的な笑みだった。「――日が暮れたら、始めましょうか」 ステンは狂ってなどいなかった。冷静で、現実的だった。ただし、英国的だった。

2019-01-22 00:04:40
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